第〇十一話 忙しくなりそうです
「奈津子さん、篠田三雲先生ですよ」
「陽向さん、どういうこと!?」
「どういうことと言われましても」
「陽向ちゃん、ここは危ないから壁際に」
「う、うん」
速水君に腕を引かれて壁際に移動しました。
真琴と真由ちゃんもポカンとしていたところを風紀委員に壁際に連れてきてもらったようです。
風紀委員が壇上に上がろうとする生徒を押さえているのが見えました。
「速水君は行かなくてもいいの?」
「僕たちは、陽向ちゃんみたいにポカンとしている生徒を壁際に誘導するのが仕事」
何人かはついていけなくてポカンとしていたようです。
「奈津子さんが俳優の……って言ってたけれど。まさか……ね?」
「うん。違うんだけど、そっくりなものだから良く間違えられるんだって」
それでお面を取るのを躊躇したのですね。
「陽向ちゃんは松吹幸太知らない?」
「えーと名前だけは知ってるんだけど。顔がわからない」
「なっなななななっ、今、若手俳優でも一番の松吹幸太を知らないと!?」
奈津子さんが迫ってきますが、知らないものは知らないのです。
「ほらこれ」
携帯をこちらに見せてきます。
そこにはこちらを向いて笑っている男性の写真。
「これが松吹幸太!」
「あぁ、確かに似ているかも」
「でしょう」
「でも、違う人だよ?」
「似ているというだけで、ポイントは最大なのよ!」
壇上を見ますと、もう篠田先生はいませんでした。
ホールの裏には別に入り口がありますので、そちらから避難されたのかもしれません。
「教室に戻ったら、先生たちから説明は受けるだろうけど。しばらく大変だろうね」
速水君がため息をつきます。
それは先生だけでなく風紀委員も含まれるからでしょう。
「始業式はこれにて終わります、教室に戻るように! 落ち着いて戻って!!」
先生の悲鳴のような叫びにも生徒たちは動こうとしていませんでした。
「終わったようだし、教室に戻ってるね。奈津子さんは?」
「戻るわ。ここにいても仕方ないし」
真琴と真由ちゃんも一緒に二年生のフロアに戻ることにしました。
「真琴は知ってた?」
「俳優さん? んー何となく。真由はこういうの得意だよね」
「うん。ドラマ見てた」
「それじゃビックリした?」
「一瞬ビックリしたけど……本人じゃなかったし」
そうなんですよね。
似ているんですけど、やはり本人とは違うんです。
「松吹幸太って本名?」
「うん」
「だとしたら名字がすでに違うよね」
「そうだね」
やはり他人のそら似なんでしょう。
私は歩きながら少し考えました。
「この後、篠田先生が一組に来ると思う?」
「副担が来そうな予感」
奈津子さんが携帯を忙しなく使いながら言いました。
「そうだよね。だったら、一組は次の時間、自己紹介なんてしている暇はないわ。元一組の生徒のアドレスは良いとして、他の人のアドレス分かる?」
「ここは電話かけちゃおう、メールだとみないかも」
「一組らしき人に声をかけてもらおうっか。とにかく、早急に集合って」
「わかった」
奈津子さんがあちこちに電話を始めました。
私も数件かけて一組集合のお願いをします。
「速水君、風紀委員の顧問は蓮見先生だよね? 番号わかる?」
「うん。僕がかけるよ」
「お願い」
伝えることを速水君に教えて、私はまた別な生徒へと電話をかけます。
そして最後に芹先輩にかけました。
「もしもし?」
〔もしもし、陽向ちゃん?〕
「篠田先生は大丈夫ですか?」
〔うん、大丈夫っちゃー大丈夫だけど。結構落ち込んでる〕
「ということはそこにいるんですね?」
〔うん〕
そこ……とは生徒会室ですよ。もちろん。
「蓮見先生が後でそちらに行くと思うので、その時に一緒に教室に来るように伝えてください」
〔わかった〕
通話を切って、同じくかけ終わったらしい奈津子さんの両肩に手を乗せます。
「さぁ奈津子さん。やること分かってますよね?」
奈津子さんはニヤリと笑って頷きました。
「一組、いっちょ団結式でもやりますか」
「良いね」
私が即答すると、速水君が隣で笑います。
「少したてば落ち着くと思うの、何とか一週間だけでも」
「うんうん。風紀委員も忙しいものねぇ」
「さ、教室に戻って用意しよ」
「了解」
奈津子さんが敬礼したので思わず全員で笑いました。
「ぼくたちも、何かあったら手伝うよ」
「手伝う」
「ありがと、真琴、真由ちゃん」
しばらくは生徒会以外でも忙しくなりそうです。