第三話
駿が返事をしないので蘭は話を戻した。
「夜の九時に決まって聞こえてくるって不思議な話ねえ」
「…」
駿は外の風景を見続けた。
「やっぱり鳥の鳴き声よ」
蘭は駿の顔を覗き込んで笑った。
「しっ!」
いきなり駿の眼が光り喫茶店の扉の方に注がれていった。
喫茶店の扉がチンチンと静かに音を立てた。果たして黒い影が扉の前に立ち外の冷たい風を一瞬なかに入れたあと妖精のように這入り込んできた。
「いらっしゃいませ」
店員の軽く応対する声が響き渡った。
「明珍火箸の風鈴が止まった」
「消えたの?」
「たった今消えた」
駿は這入ってきたその男の様相を点検した。黒マントに山高帽、そして手にステッキを持っている。
駿は目配せをしながら小声でいった。
「音はあの紳士が発信もとのような気がするんだ」
「?」
蘭は店の片隅に座ったその紳士の風貌を確かめるように眺めた。
「音にもテレパシーがあるのかしら」
「謎のね」
「あなたにしか分からない音みたいね」
「そうだよ、きっと」
「で、どうなの。マントの紳士は何をしに訪れたのかしら」
いつのまにか店の片隅に置かれたクリスマスツリーのイルミネーションに明かりが灯っていた。
駿が店に這入ったときは確か消えていたはずだった。