第一話
夜になると決まって東の森から不思議な音が聞こえた。
それは風の音でもなく鳥の鳴き声でもなく獣の唸りでもなかった。駿はいつもこの奇妙な音の正体について考えていた。
あるとき一緒になった同僚にそのことについて何気なく洩らした。
「必ず九時ごろになるとカッキュンカッキュンと響くように聞こえるんだ」
すると同僚の深尾は「キツネじゃねえのか?」と笑っただけだった。
それから二週間後、駿はいつものバイト先で主任の正宗さんが近頃夜になると笛吹き女が現われているらしいと言った。それはじゅうぶん駿の住んでいた方角に該当していた。
しかしそれは駿にとって笛の音には聞こえなかった。
次の日、深尾が三時限の授業が終わったあと駿のところへすっ飛んできていきなり言った。
「お前の言っていた謎の音が分かったよ。あの森で数週間前から世直し集団の連中が合宿をやっていて奇声をあげていたのさ」
「奇声?」
「そうさ。訳の分からない宗教団体さ」
得意そうに告げた深尾はその宗教団体のことを怪しい謎の集団だとも言った。
しかし駿にはどうしてもその音は奇声とは思えなかった。
やがて半月後、果たしてその音は今夜も聞こえてくるのだった。
カッキュンカッキュン…
時計を見ると九時四分…正確に記録すると四十四秒…方角はやはり東。
駿はノートに書き留めた。
そしてふと思いついた。このことを蘭に打ち明けてみようと決心したのである。
蘭とは数年来の付き合いであり彼女の先祖は確か有名な占い師だとか言っていた。