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My Bird  作者: 高遠響
8/11

 その日は全く何をする気にもならなかった。静まり返った家の中で、何をするでもなくベランダに出てみたり、今は物置状態のかつての自分の部屋にはいってみたり、本棚の中の埃臭い小説を引っ張り出してみたり、まるで留守番中の猫のように意味もなく家の中をうろうろしていた。そのうちに眠たくなり、母親のベッド(自分の布団は押入れの中だった)にもぐりこんだ。そういえば、昨夜はほとんど寝ていない。牧子はスイッチが切れたように眠り込んだ。夢も見なかった。


 三時過ぎに母が帰宅したようだがそれすら気付かず、夜になって母にたたき起こされた。

「あんたね、泊まるのはいいけど人の布団で寝る気? 自分の布団くらい出しなさいよ、まったく」

 ずけずけと言われる。傷心の娘に向かって酷い母だと牧子はぶつぶつ文句をいいながら、ベッドからでた。居間には布団が既に出してあった。

「あんたの部屋、物置になってるからここで寝なさい。居座る気なら自分で部屋かたづけてね」

「はいはい」

「夕ご飯の支度もしないで、冬眠のクマじゃあるまいし、人の布団で寝こけて……。働かざるもの食うべからざる!」

「はいはい」

 そう言いながらも夕食は既に用意されていた。母なりに牧子を気遣ってくれているのだと思うと嬉しかった。

 家は居心地が良かった。一人で食べる食事の味気なさやテレビの音の寒々しさに自分の感覚が慣れてしまっていたことに改めて気付く。母と過ごす時間が少しずつ牧子の心をほぐしていくような気がした。


 翌日もまるまる一日ごろごろしながら過ごした。母が出かけた後はふらふらと近所を散歩した。もう何年も近所を散策するような機会はない。見慣れていたはずの景色が古ぼけていたり、あるべきものがなくなっていたり。この町を離れていた時間の長さを目に見える形で見せられたような気がする。

 一人暮らしの生活も、十年はゆうに超えている。それほど遠くない距離に住んでいるのに、母とは月に一度電話で話す程度だ。会おうと思えばいつでも会える。そんな気持ちが返って距離を生んでいるような気もする。それは物理的な距離の話だけではない。雅博との関係も同じだ。会おうと思えばいつでも会える……。なのに、そうではない。そんな事を考えると、無性に寂しい。

「一人暮らし、寂しい?」

 牧子は夕食の支度を手伝いながら母に聞いてみた。何を今さら、と母は笑った。そのまま受け流すのか思いきや、少し間を置いてから口を開いた。

「最初は……ちょっと寂しかったかな。話す相手もなし、ご飯を作ってもおいしいともまずいとも誰が言う訳でもなし。まずいって言われたら腹が立つけど、怒る事もなし」

「気楽でいいって言ってたじゃない」

「あら、そうだったかしら」

 母は笑いながらとぼけてみせた。

「気楽は気楽よ、勿論。でもま、私も人の子だからね。寂しいと思うこともあるわ。……でもさ、牧子がどこで何をしていようが、私の娘であることに変わりはないし。行方不明になったとか、死んでしまったっていうのは別だけど、住んでるところも働いてる会社もわかってるんだから。どこかで繋がってるってわかってれば、問題ないんじゃないの?」

「……あっさり言ってくれるじゃないですか」

「そ。私は大人だからね。そんな時代は既に乗り越えたの」

「大人って……。相当年季が入った大人だけどね」

「大きなお世話よ。熟成してるといいなさい」

 牧子は苦笑いしながら、母の言葉を心の中で反芻した。どこかで繋がってるってわかってれば、それで問題ないんじゃないですか。どこかで繋がってるって……。それは自分の探している答えそのもののような気がした。


<続く>

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