六
それはあまりにも突然だった。写真誌に雅博の姿が載った。それも「熱愛デート発覚」などという見出しをでかでかつけられて……。
相手は牧子ではなく、舞台で共演したことのあるベテランの女優だった。初秋の深夜の街を二人で並んで歩く姿が見開きで載っていた。記事の主役は雅博ではなく、むしろ相手の女優だ。芸能界では駆け出しの雅博なんか比べモノにならないような格上の存在で、恋多き女として有名でもある。その次のターゲットに雅博が選ばれたという訳だ。
こんな記事が世間に出るなんて夢にも思わなかった。自分の恋人が『芸能人』という事を初めて突き付けられたような気がした。そして、最初あっけにとられたが、次の瞬間には今までに感じたこともないほどの怒りを覚えた。
仕事から帰ってきた雅博の前に無言で雑誌を突きつけた。雅博はマネージャーから前もって聞かされていたようで、動揺した様子はなかった。
「やましい事はなにもない」
雅博はきっぱりと言い切った。
「打ち上げの二次会に移動する途中だよ、これ。離れたところに他のスタッフもいたんだって。絶対二人きりとかじゃないし」
牧子は唇を噛みしめながら雅博を睨みつけている。
「……怒るだろうなぁ、とは思ったけど。本当になにもない。マネージャーに聞いてもいいよ。……こんな言い方もどうかとは思うけど、彼女の方の話題作りっていう事情もあるみたいだし。色々あるんだよね、この業界って」
他人事のようにあっさりと言いながらソファーに勢いよく座る。牧子は手にした雑誌を叩きつけるように食卓に置いた。思った以上に派手な音がして、雅博は思わず振り返った。
牧子は露骨に不機嫌な表情でエプロンを外し、寝室に向かった。雅博が困ったような表情を浮かべて、部屋を覗きに来た。
「なんでそんなに怒ってるの。本当に何も無いんだって。写ってないけど、後ろにマネージャーもいたんだよ」
「もういい! わかった!」
とげとげしい口調だった。雅博の言う事は本当だとはわかっている。わかってはいるが、怒りは収まりそうになかった。そもそも、雅博の他人事のような口ぶりが気に入らない。こんな記事を載せられて、どうして平然としているのか。本当のところはまんざらでもないのではないのか。本当なら、もっと慌てるとか、怒るとか、反応するはずではないのか。私というモノがありながら……。
私というモノ……。一体、私は、彼にとって、なんなのか。
牧子はベッドに身体を投げ出し、枕に顔を埋めた。
「ほっといてよ」
くぐもった声で叫ぶ。
雅博はベッドの端に腰をおろした。困惑した表情で牧子を見つめていたが、しばらくして溜め息混じりにつぶやいた。
「悪かったよ。もっと割り切って受け止めてくれるかと思ったんだけど」
「割り切って?」
牧子は顔を上げて雅博をにらみつけた。
「割り切って? 何を? 彼氏の浮気現場の写真を見せられて冷静にいられる女なんていないわよ!」
「だからぁ、浮気なんて」
「わかってるわよ! わかってるけど、『ああそうですか』ってすぐに言えないでしょうが!」
牧子は跳ね起きた。
「私はあなたみたいに単純じゃない! あなたが考えるほど出来た女でもないんだから!」
「ちょっと、牧ちゃ……」
「ちやほやされて、面白おかしく毎日くらしているあなたと違って、ストレス高いのよ!」
「なんだよ、それ」
さすがの雅博もむっとしたようだった。珍しく強い口調で言い返そうとする。
「僕にだってそれなりに」
「わかってるわよ!」
これ以上言ってはいけない、と判ってはいたが、一度爆発した感情は止まらなかった。
「そんな事わかってる! でもね、どんどん先に進んでいくあなたを見ていると、自分が情けないのよ。惨めなのよ。違う世界の人みたいに思えてくる。私の居場所がなくなってくる……」
いつの間にかぼろぼろに泣いていた。
こんな惨めな自分を雅博に見られたくない。牧子は猛然と寝室を出ると、床に転がしてあったハンドバックを拾い玄関へ向かう。慌てて雅博が追ってきた。腕をつかまれる。
「ちょっと、ちょっと!」
「離して!」
牧子はその手を振り払うとミュールをつっかけ、表に飛び出した。
「牧ちゃん!」
後ろで声が聞こえたが、振り返らず階段を駆け下りた。そのまま通りへ出ると、早足で歩き出した。
<続く>




