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My Bird  作者: 高遠響
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最終回・My bird

 母の足のギプスがとれ、鎖骨の二度目の手術が済んだのは暦が変わってしばらくした頃だった。

 最初の一ヶ月ほど牧子は実家に留まり、そこから出勤し、母の手伝いをするという生活をしていたが、しばらくすると母の方から「まだ介護なんていらないわ! 寝たきりじゃないんだから、大丈夫よ!」と言い出した。

「無理しない方がいいんじゃないの?」

 と、心配する牧子に、

「年寄り扱いするんじゃないわよぉ! 甘やかすと返ってボケるじゃない」

 と、頑固に言い張る。あまりの強気にあきれたが、そのうちの十%くらいは牧子と雅博に対する気遣いも含まれているのだろう。母の気持ちを無駄にするのも悪いので、それ以後は自宅に帰り、仕事の休みごとに帰省して母の様子を見ることにした。

 年末は少し早めに休みを取って実家に帰った。母と一緒に年末年始を過ごすのは本当に久しぶりだった。

 雅博は相変わらず忙しく、家にいない事が多かった。年末年始もほとんど顔を見ることなく、元旦の午前中に牧子の実家に顔を出して、すぐにまた仕事に行ってしまった。

 しかし、牧子は自分でも不思議なほど落ち着いていた。今までの混乱した気持ちはなんだったのかと首を傾げたくなるほどだ。憑き物がおちるとはこういう気持ちなのだろう……。


 新しい月も半分以上過ぎた頃、ようやく雅博のオフが取れたので二人で外出をした。久しぶりのデートらしいデートだ。雅博が出演した映画が封切られたのでそれを観に行った。

「招待券もあるのに」

 と、雅博は言ってくれたのだが牧子はちゃんとお金を払って観たかった。

「興行成績に貢献します。ま、微々たるものだけどね」

 牧子はそういって笑った。

 映画の間、牧子は食い入るようにスクリーンを見ていたが、雅博は落ち着かない様子で牧子の表情を伺ったり、周囲の観客の反応をちらちらと気にしているようだった。

 二人で映画を観てから食事をし、ぶらぶらと街を散策する。

「映画、ちゃんと見てた? な~んかきょろきょろしてたでしょ」

「だって、気になるんだもん。それに……牧ちゃんと一緒に自分の映画観るってのも、なんかこう、こっ恥ずかしいっていうかさ」

「そりゃそうだよね~。自分の出てる舞台を自分で観る事ないもんね」

 牧子がくすくす笑うと、雅博は子供のように唇を尖らせた。

 なんという事はない、普通のカップルだ。いつかの週刊誌の事もあったので少し不安もあったのだが、雅博は相変わらず街に出ると風景に溶け込んでしまい、普通の青年そのものでほとんど人目を引くことが無かった。時々、振り返る人がいないでもないが、それ以上の事はなかった。

「それっていいのか悪いのか……」

「いいんだよ、それで」

 首をかしげる牧子の手を取り、自分のコートのポケットに入れる。

「こんな事も出来るし」

 少し照れたような笑顔だった。

 宝飾店の前でふと牧子は足を止めた。有名なブランドの店などではなく、若い子が普段身につけるようなカジュアルな店だ。

「指輪? 買おうか?」

 雅博がいたずらっ子のような表情で覗き込む。牧子は笑いながら首を振った。

「そうじゃなくて、ピアス見たいの」

 二人は中に入った。雅博はピアスにはあまり興味が無いらしく、指輪やネックレスといった物を見ている。その光景があまりにも似合わないので思わず牧子は笑ってしまった。 

 牧子はピアスの陳列を見て回った。普段使うようなちょっとした石のついたピアスを二つほど手にした。

 ふと、一角に目が留まった。ピアスではなく、小さな銀色のイヤカフ。小さな羽根が彫りこまれている。上品なデザインだった。牧子はそのイヤカフに吸い寄せられるように手を伸ばした。

 店を出ると二人はカフェに入った。屋外のテラスにいくつかテーブルが有るお洒落な店だった。二人は外の席についた。

 冬の穏やかな陽の光は柔らかく世界を包み込み、思ったよりも暖かい。夕方までにはまだ時間が少しあった。

「何買ったの?」

 雅博が聞いたので、牧子はバッグから小さな紙袋を出し中身を出した。小さなピアスが二組とイヤカフが一つ出てきた。

「これは?」

 雅博がイヤカフを指差す。牧子はそれを摘むと、雅博の耳に手を伸ばした。

「僕の?」

「穴開いてないでしょ」

 耳の縁に銀色のイヤカフをつける。雅博はくすぐったそうに首をすくめた。

 髪に隠れて目立たないが、少し印象が変わった。

「う~ん、こんなの初めてつけた。似合ってるの? ほんとに?」

 雅博は笑いながらうなずく牧子からコンパクトの鏡を見せられ、半信半疑で覗き込む。

「どうなんだ、これって」

 悩む雅博の耳に光るイヤカフを牧子は目を細めながら見つめた。

 病院の窓から毎日のように眺めた池の風景を思い出す。

 水面から羽ばたきながら飛び立つ鳥の姿と目の前の愛しい青年の姿が重なった。

 渡り鳥の足には時々小さな足環がつけられている。研究者が調査をするためにつけたモノだそうだ。ここを飛び立った鳥がどこに飛んでいくのか見守るために。そしてちゃんと帰ってきたかを見届けるために。


 そう。このイヤカフは私の祈りであり、おまじない。

 貴方がちゃんと行きたい処に辿り着きますように。

 私の元に無事に帰ってきますように。

 そして

 いつも私とどこかで繋がっていますように。


 鳩がテラスの上をテコテコと歩いていた。それを見ながら二人で他愛のない話をし、微笑を交わす。やがて、優しい金色の陽だまりの中で二人の影が少しずつ長くなっていく……。


<了>

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