夏の頃に思うことは
あつい ころの わたしの むかし ばなし
高2の夏は忘れられない。
多分、あまり性能のよろしくない俺の頭でも忘れないだろう。
その年の春頃。
じぃちゃんが「飯が引っ掛かる」って言って病院行って胃癌だったから入院して胃を取って……みたいなことが起きた。
その頃からあほんだらぁだった俺は「へぇ胃癌でヤンスか」みたいな感じで全く意に介していなかった。
今から戻って自分をはっ倒してやる。
飯を食えなくなると人間はすぐ死ぬ。
初夏。
固形物が食えずがりがりに痩せこけたじぃちゃんが何だか嫌で、俺は口を利かなくなった。
話しかけられたら返すけど、何を話していいのか分からなかったんだ。
だって、もう頭蓋骨の形が分かるぐらい痩せちゃってんのにさ、楽しい話なんてできるはずもないじゃないか。
部屋にもなるべく行かなくなった。
前は入り浸ってたのに。
「じぃちゃん大好き!」なんて、ガキの頃は無邪気に笑って言ってたじゃねえか。
何で大きくなると言えなくなんだよ。
分かんねえ。自分で自分が分かんねえ。
成績表に1が付いて、ママンに怒られてる最中にボロッと出た「死んでやる」。
ぼこぼこに怒られて泣き腫らした目が、じぃちゃんの悲しそうな目と合った。
日本語じゃない単語の羅列を叫んで、画材をぶちまけた。
ボロボロ泣きじゃくりながら、ずっと自分を呪っていた。
バカバカバカ、俺のバカ。
16歳にはつらかったんだ。
しっかりしなきゃいけない気がして。
8月28日。
最近会ってないなーとか、夜中に風呂から出て体を拭きながら考えた俺。
何故会いに行かなかった。
会いに行けばよかった。
どうして行かなかったんだよ。
翌朝にでも会いに行けばまだ間に合ったぜ。
昼でも間に合った。
口実はいくらでも有っただろ。
ふざけて「こづかいくれよ」でも、「地デジ見せろよ」でも。
ただ「会いたくなったから来たよ」でも。
DSのタッチペンを握らずにペンを握って手紙を書けばよかった。
誰かが言ってくれたら、
俺はひねくれてて可愛げの無い孫だったけど
じぃちゃん孝行する気満々だったよ。
どうして言ってくれなかったんだい。
どうして教えてくれなかったんだい。
気付かなかった俺が一番悪いのだけれど。
8月29日。
さよならじぃちゃん。
最期まで俺に会いたがっていたと聞いて、俺は壁に体当たりと頭突きを繰り返した。
自分なんて生きてる価値が無いとさえ思った。
とてもとても悲しかったけれど、涙は一粒も出なかった。
「あんたじぃちゃんに会いに行かなかったでしょう?」
「(ギクリ)……うん」
「じぃちゃんずっと心配してたのよ。『黒幕は元気か?最近会ってないな』って」
泣きながらそういう祖母の前で、俺は夕飯を作り続けた。
おにぎりを握り続けて、早い時間に眠った。
決して、つらくなかったわけでもない。
悲しくなかったわけでもない。
嬉しかったんだよ。思われてたって、気付けたから。
そして自分が嫌になったんだよ。
今も嫌なままなんだよ。
きっとずっと嫌なままなんだよ。
だから、あの日誰もが眠ってしまった家の中で
布団に潜り込んだまま
吼えるように泣き喚いたよ。
ごめんね、じぃちゃん。
誰かの前では泣きたくなかったんだよ。
これが最後のじぃちゃん孝行だよ。
許してくれなくて、いいからね。
今年も会いに行きます。
今年はスーツで会いに行きます。
貴方が買ってくれた制服はまだとってあります。
だから俺がそちらに行くまで
仏様のまま待っていてくれますか。
あついなつのなか、まっていてくれますか。
貴方が愛してくれた俺は、東京で生きています。
もうすぐ、二十歳になります。
そうしたら貴方が最後には吸えなかったマイルドセブンを吸い、
飲めなかったビールを飲みましょう。
大好きと言えなかったことを詫びながら。
今年三回忌です。
スーツで行ってきます。
文中の『俺』と『黒幕』は私のことです。