第16話 苦い思い出は甘いキスで上書きして
長く、すべてを凍らせるように厳しかった冬が終わり。
最果ての辺境の街、ルーンフェルドに、ついに遅い春がやって来た。
大通りを覆っていた分厚い雪は少しずつ解け、石畳の隙間からは、生命力に満ちた小さな緑の若葉が顔を出し始めている。
空気はまだひんやりと冷たいけれど、吹き抜ける風の中には、太陽の温もりと土の匂い、そして花々のやわらかな香りが確かに混じっていた。
ニーナの薬局の裏庭も、すっかり春の装いに衣替えしている。
雪の下で力を蓄えていたハーブや薬草たちが一斉に芽吹き、その庭の中心では、シロが咲かせたあの青白い『氷雪華』が、季節が変わっても溶けることなく、凛とした美しい姿で咲き誇っていた。
冬の魔力を宿す透き通った花弁が、春の暖かい日差しを浴びて、ダイヤモンドのようにきらきらと光を乱反射している。
その周囲には、ニーナが新しく種を蒔いた色とりどりの薬草たちが並び、庭全体が、見ているだけで元気になれるような『優しい命の色』に包まれていた。
「わあ……本当に、綺麗」
朝、裏口を開けたニーナは、淹れたての紅茶の入ったカップを両手で包みながら、思わずうっとりとそう呟いた。
朝の光をたっぷりと浴びた庭は、まるで童話の絵本を切り取ったかのように美しかった。
氷雪華の群生は相変わらず幻想的だし、春の薬草たちもすくすくと元気に育っている。数ヶ月前まで、ここが何もない一面の雪だらけの空き地だったとは、到底思えなかった。
「シロ、見て。春が来たわよ」
「きゅう!」
足元にいたシロが、「俺の庭だぞ」と誇らしげにふんすっ! と胸を張る。
どうやら、この美しい庭の立役者(功労者)として、盛大に褒められる準備は万端らしい。
「ふふ、えらいえらい。シロのおかげで、この冬は本当に助かったわ」
ニーナがしゃがみ込んで、ふわふわの顎の下をくしゅくしゅと撫でてやると、白いもふもふは「もっと撫でろ」とうっとり目を細め、ニーナの手に頬をすりすりと押し付けてきた。
『国を滅ぼせる伝説の神獣フェンリル』であることが判明しても、シロは相変わらず、ニーナにとっての可愛い『シロ』のままだった。
少し嫉妬深くて、ものすごく食いしん坊で、ニーナにだけはとことん甘えん坊な、世界で一番大事な、初めての家族。
その日、ニーナの薬局は、少しだけ早めにお店を閉める予定だった。
というのも、黒狼騎士団が主催する、街を挙げての『春季慰労会』に主賓として招かれているのだ。
領地専属の【特級錬金術師】として迎えられてからというもの、ニーナは以前にも増して忙しくなった。
だが、王都のブラック労働とは根本的に違う。騎士団の皆が「先生に無理をさせるな!」とローテーションを組んで手伝ってくれるし、素材の仕入れや力仕事はすべて彼らが喜んでやってくれる。
自分のペースで薬局の仕事をこなし、怪我をした騎士たちに甘い薬を飲ませ、街の人たちの小さな悩みにも耳を傾ける。
気づけば、そのすべてが、ニーナにとって愛おしくて、絶対に手放したくない『大事な日常』になっていた。
王都の暗い工房で、泣きながら徹夜で薬を煮詰めていた少し前の自分が見たら、信じられないと驚くくらい、今の毎日はどこまでも温かい。
「ニーナ先生ー、いるか?」
表の通りから聞こえてきた陽気な声に、ニーナはシロを抱いたまま店内へ戻った。
カランッ、と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、もちろん狐獣人のレオンだ。
赤茶色の狐耳をパタパタと揺らしながら、今日はやけにニヤニヤと、ものすごく機嫌がよさそうに見える。
「おはようございます、レオンさん」
「おう、おはよう! 今日の慰労会の準備は順調か?」
「はい。皆さん用のお酒の悪酔いを防ぐ薬草茶も人数分包みましたし、差し入れの甘い焼き菓子も、朝のうちにたくさん焼けましたよ」
「さすが特級薬師様! 完璧だな」
レオンは上機嫌で店内を見回し、それから、なぜか意味ありげに狐の目をスッと細めた。
「……で? うちの不器用な団長様は?」
「まだ来てませんけど……」
「そっかぁ」
その返事が、妙に含みがあって軽い。
ニーナは不思議に思って小首を傾げた。
「……何かあるんですか?」
「いやあ? 別に?」
レオンは、絶対に何か知っている顔で、ニヤリと極悪に笑う。
「何っっっも、ないよ。ただの平和な春の朝さ」
絶対に、何かとんでもないことがある顔だった。
けれど、ニーナが問い詰める前に。
カラン……と、今度は重々しく、静かに鈴が鳴った。
その音を聞いた瞬間。
ニーナの心臓が、なぜか一つ、トクンッと大きく跳ねた。
入ってきたのは、漆黒の外套をまとった、見上げるほどの長身の男。
黒狼騎士団総団長、ガルシアだった。
いつも通り、圧倒的な威圧感があって、彫りの深い精悍な顔立ちで、ただ黙って立っているだけで周囲の空気を支配してしまう男。
けれど今日は、いつもより少しだけ……いや、明らかに違って見えた。
どこが、とははっきり言えない。
ただ、普段の戦場で見せるような鋭さとは違う。ひどく静かで、ひどく真剣で、そして、隠しきれないほどの『緊張』と、熱を帯びた気配を全身にまとっているのだ。
「……ガルシア様、おはようございます」
「ああ」
短く答えたその低音の声も、いつもよりわずかに硬く、上ずっているように聞こえた。
ニーナが戸惑って首を傾げていると、レオンがわざとらしく、パンッ! と大きく手を叩いた。
「よぉーし! じゃあ俺は、先に広場に行って会場の設営確認をしてくるわ!」
「えっ、レオンさん? お茶、淹れましたよ?」
「いやいや、俺はお邪魔虫だから! ……おらシロ、お前も一緒に来るか?」
「きゅう?」
突然話を振られ、シロが不思議そうに狐を見た。
だが、ガルシアへの警戒心からか、ニーナの腕の中から離れようとしない。
「広場に行けば、今日の宴会用の、最高級の『霜降り肉の丸焼き』が山積みだぞ。俺と一緒に、先に見張っといてやるか?」
「きゅうぅーーッ!!」
あっさり、一秒で食欲に釣られた。
「ちょ、ちょっと待って、シロ!?」
レオンは、ニーナの腕から飛び降りたシロを素早く抱き上げると、ガルシアに向かってぐっと親指を立て、にっこり笑った。
「じゃ、団長。……『ごゆっくり』」
「え?」
そのまま、レオンはびっくりするほど軽快な足取りで、シロと共に店の外へ出て行ってしまった。
バタン、と扉が閉まる。
誰もいなくなった店内に、ニーナとガルシアだけが残された。
「…………」
「…………」
重たい沈黙が下りる。
なんだろう、この空気。
気まずいわけではないのに、妙に落ち着かない。ガルシアからの、射抜くような真っ直ぐな視線が熱すぎて、ニーナはつい、手元の薬瓶の位置を無意味に直したり、エプロンのシワを伸ばしたりしてしまう。
「あ、あの、慰労会までまだ少し時間がありますけど……公爵様も、お茶でも淹れますか?」
「いや」
ガルシアが、喉の奥から絞り出すように低く答えた。
そのまま、大きな足幅で数歩、こちらへ近づいてくる。
「少し、外へ来てくれ」
「外、ですか?」
「ああ」
短い返答。
けれど、その声音は、普段の騎士団長としての有無を言わせぬ絶対の命令ではなく、どこか祈るように、慎重で、切実なものだった。
ニーナは、胸の鼓動が早くなるのを感じながらも、素直に頷いた。
「はい」
二人で裏庭へ出ると、少し冷たい、けれど心地よい春風がふわりと頬を撫でた。
一面に咲き誇る氷雪華が、風に揺れてさわさわと音を立てている。
青白い花々の向こうで、新しく芽吹いた薬草の若葉が、朝露をはじいて宝石のように光っていた。
見上げる空は、吸い込まれそうなほど澄みきっていて、どこまでも高い。
そんな、春の光に満ちた庭の真ん中まで歩いたところで、ガルシアがピタリと立ち止まる。
ニーナも、一歩遅れてその後ろで足を止めた。
「ガルシア様……?」
呼びかけると、彼はゆっくりと、覚悟を決めたように振り向いた。
灰銀の瞳が、逃げ場のないほど真っ直ぐに、ニーナだけを見つめる。
その目には、魔獣を狩る時に見せる冷たい鋭さとは違う。もっと深く、もっと熱く、底知れないほどの『巨大な愛情と熱量』が、隠しきれずに溢れ出していた。
ニーナの胸が、どくどく、どくどくと、耳まで聞こえそうなほどうるさく鳴り始める。
「……ずっと、言わなければならないと、思っていた」
大人の男の、低く甘い声が、春の空気の中で静かに響いた。
「だが、お前は王都からひどく傷ついて逃げてきたばかりで、この街で、ようやく自分の居場所と笑顔を取り戻したところだった。……俺の重すぎる感情を一方的に押し付けて、お前の平穏を壊し、怯えさせるべきではないと……だから、急ぐべきではないと、自分に言い聞かせて我慢してきた」
ニーナは、息を止める。
彼が何を言おうとしているのか。
一言一言、一音たりとも逃さないように、耳を澄ます。
「だが、もう……俺の理性が、限界だ」
そこで。
ガルシアは、ゆっくりと、騎士の最上級の礼をもって、ニーナの目の前の雪解けの地面に『片膝』をついた。
「え……」
ニーナの目が、信じられないものを見るように見開かれる。
氷雪華の咲く美しい庭で。
辺境最強にして、この国で最も恐れられる【狂犬公爵】が、一介の薬師である自分の前に、傅くように片膝をついているのだ。
見上げるほど大きな身体。無数の魔獣を屠ってきた傷だらけの手。強くて、怖くて、圧倒的で……なのに、いつも不器用なくらい、私のことだけを真っ直ぐに見つめてくれた人。
その人が今、ニーナの小さな両手を、自分の大きくて温かい掌で、壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ。
熱い。
彼の体温と鼓動が、掌越しに伝わってきた瞬間、心臓が苦しいほど激しく跳ねる。
「不器用な俺だが」
ガルシアの声は低く、けれど、魂の底から震えるほど真剣だった。
「君への愛だけは、この世界の誰にも、絶対に負けない」
視界が、にじむ。
「嵐の夜、血の海の中で君のそのアメジストの瞳を見た瞬間から、俺の心と命は、ずっと君のものだ。獣の直感だと笑うかもしれないが、俺の魂が、君を唯一の『番』だと定めた」
灰銀の瞳が、ほんの少しだけ揺れる。
普段は魔王のように怖い顔のままなのに、その奥には、もし断られたらどうしようという、隠しようのない恐怖と緊張があった。
「王都の連中が君を傷つけた過去も、あの理不尽な記憶も、すべて忘れろとは言わない。……だが、これから先の未来、お前が少しでも多く、ただ安心して笑って生きられるように。俺の命と、権力と、持つすべての力を使って、お前を永遠に守り抜きたい」
「ニーナ」
愛おしむように、名前を呼ばれる。
「どうか、一生……俺の妻として、俺の隣で笑っていてくれ」
それは、貴族のような甘い飾り気や、気の利いた比喩など何一つない。
けれど、ガルシアという不器用な男の『すべて』が詰まった、どこまでも誠実で、重たくて、熱いプロポーズだった。
ニーナの喉が、熱い塊で詰まる。
胸が限界までいっぱいで、すぐには言葉が出ない。
あの日、王都の宮廷を理不尽に追い出された時、自分の未来は苦くて辛いものばかりだと思っていた。
けれど、自由を求めてこの最果ての辺境へ来て。小さな自分だけの薬局を持って、神獣のシロと出会って、レオンや騎士団の皆と笑い合って、街の人たちに必要とされて。
そして何より――この、不器用で、本当は誰よりも優しい人に、何度も何度も、大切に守られてきた。
恐ろしいはずの【狂犬公爵】は、私が寒くないように、私が傷つかないように、誰よりも真っ直ぐに、深い愛情で私を包み込んでくれた。
そのすべての優しさと愛が胸に溢れて、気づけば、大粒の涙がポロポロと頬を伝って零れ落ちていた。
「……はい」
ようやく絞り出した声は、涙で少し震えていた。
それでもニーナは、これまでで一番の、花がほころぶような最高の笑顔を作って、彼の手を握り返し、もう一度、力強く頷いた。
「はい。私も……ガルシア様の隣で、ずっと、ずっと笑っていたいです。あなたの、お嫁さんにしてください」
その瞬間。
ガルシアの張り詰めていた表情が、はっきりと、劇的に崩れた。
安堵と、爆発するような喜びと、抑えきれない愛しさが、一気に決壊して溢れ出したみたいに。
いつもの冷酷で怖い顔が、信じられないくらい、甘くやわらかく溶けていく。
「……よかった。本当に……」
心底ほっとしたような、かすれた声でそう言って、彼は立ち上がった。
そして、世界で一番尊い宝物を扱うように、そっと両手でニーナの涙濡れた頬を包み込む。
「泣くな」
「だ、だって……嬉しくて……っ」
「分かる。俺もだ」
大きな親指が、優しく涙を拭う。
その不器用な優しさだけで、また胸がいっぱいになって、涙が止まらなくなってしまう。
次の瞬間、ガルシアが、狂おしいほどの愛を込めて、ゆっくりと顔を寄せてきた。
逃げる理由なんて、もうどこにもない。
ニーナは背伸びをして、そっと目を閉じる。
重なった唇に落ちたキスは、彼の巨大な体躯からは想像もつかないほど、驚くほど優しかった。
ただ触れるだけの、そっと互いの体温と存在を確かめ合うような、甘い口づけ。
けれど、そこに込められた三十年分の重たい想いと熱量は、ニーナが作ってきたどんな特級ポーションよりも、どんな甘い蜂蜜よりも、ずっとずっと濃くて、甘くて、熱かった。
「――ひゅうううううっ!! おめでとーっ!!」
パーンッ! という破裂音と共に、盛大な指笛と歓声が響き渡った。
「!?」
ニーナが心臓を止めて飛び上がりそうになって振り向くと、裏庭の木柵の向こうから、レオンをはじめとする黒狼騎士団の面々が、束になって身を乗り出していた。
レオンは狐耳をピンピン立てて、嬉し泣きしながらものすごく楽しそうに笑っている。グラム副隊長に至っては号泣している。
「よっ、ついに成立! いやあ、長かった! 団長のヘタレ! じれったかったぜ!」
「バンザーイ! ニーナ先生が正式に俺たちの姉御になったぞー!」
「み、皆さん!? レオンさん! 広場に行ったんじゃ……!?」
「行くわけないだろ! 覗くつもり満々だったよ! 団長がモタモタしてるから、いいところで援護射撃してやろうと思ったら、ちょうどいいとこでさ!」
「ち、ちょうどよくありません!! 見ないでー!」
耳の先まで真っ赤に茹で上がって抗議するニーナの声に、今度は、さらに大きな別の鳴き声が重なった。
「ウォォォォォォォォ――ン!!」
シロだ。
いつの間にかレオンの腕を抜け出していたらしい白い神獣が、庭の一番高い石台の上で胸を張り、二人の門出を世界中に祝福して知らせるみたいに、高らかに、神々しい遠吠えを上げていた。
「シロまで!?」
「きゅうぅーん!」
遠吠えのあとは一転して、いつもの子犬のように嬉しそうに駆け寄ってくる。
そして当然のように「俺のママだぞ」とマウントをとるように、ニーナの足元へ飛びついた。
ニーナは涙を拭って笑いながらしゃがみ込み、シロを抱き上げた。
「もう、あなたたちは本当に……恥ずかしいじゃない」
「きゅう!」
「はいはい、お前も一番にお祝いしてくれてるのよな。いい子だ」
レオンが柵越しに笑いながら言う。
その横で、せっかくの甘い時間を邪魔されたガルシアが、妻を奪われた夫のように、少しだけ不機嫌そうにシロを睨んで目を細めた。
「……お前、またそこ(ニーナの胸元)か。今日は俺が主役だろうが。どけ」
「え?」
ニーナが首を傾げる。
「いや」
ガルシアはわざとらしく咳払いをして、視線を逸らした。
「何でもない。今日くらいは許してやる」
「団長、あんな感動的なプロポーズの直後に、犬相手に完全に嫉妬して張り合ってるな。大人げない」
「……レオン。お前は今日、広場の肉焼き係(徹夜)の刑だ」
「ええーっ!? 祝福したのに!」
最後まで騒がしくも温かいやり取りに、ニーナはとうとう、お腹を抱えて声を立てて笑った。
楽しい。
心の底から、幸せだ。
胸の奥にずっとこびりついていた『王都での苦い記憶』が、彼の甘いキスと、皆の温かい笑い声によって、完全にやわらかく溶けて、上書きされていくのが分かる。
王都での理不尽な扱いも、傷ついてボロボロになった日々も、過去として消えることはない。
けれど、私の人生は、あの暗い工房の中だけで終わらなかった。
ただ純粋に、患者のための甘くて優しい薬を作りたかった。
誰かが、痛みを我慢せず、苦しまずに飲めるものを届けたかった。
その私のささやかな願いは、遠く離れたこの雪の辺境で、ちゃんと綺麗な花を咲かせて実を結んだのだ。
自分の、本当の居場所ができた。
もふもふの、大切な家族ができた。
私を頼り、共に笑い合える温かい仲間たちがいる。
そして今、私の隣には、私よりも私の手を大切にしてくれる、生涯愛する人がいる。
春の風が、優しく吹き抜ける。
奇跡の氷雪華が、祝福するように青白く揺れる。
レオンたちの笑い声と、シロのはしゃいだ鳴き声が、どこまでも高く澄んだ青空へ溶けていく。
ガルシアは、改めてニーナの小さな手を取り、今度は決して離さないように、しっかりと指を絡めて繋いだ。
「行こうか、ニーナ」
「どこへですか?」
「皆が待つ、広場へだ。俺たちの新しい門出を、街じゅうで祝うと決めている」
春季慰労会、という名の、事実上の婚約発表パーティーだ。
きっと騎士団や街の皆は、もうとっくに何かを察して、宴会の準備をして待ってくれているのだろう。
レオンのあの極悪なニヤニヤ顔を見れば、すぐに分かる。
恥ずかしい。
でも、絶対に、悪くない。
ニーナは少しだけ照れながら、それでも、繋いだ彼の手をぎゅっと握り返して、力強く頷いた。
「はいっ!」
こうして。
王都の宮廷を理不尽にクビになった不遇の錬金術師ニーナは。
最果ての極寒の辺境で、自分だけの小さくて温かい薬局を手に入れた。
優しい獣人たちに囲まれ、可愛いもふもふの神獣と暮らし、そして……不器用で一途な最強の狼公爵に、世界中の誰よりも深く愛されて。
かつての苦い思い出は、これからの甘い幸せに、完全に上書きされていく。
今日もまた、辺境の薬局には、飲みやすくて優しい、いちごや蜂蜜の香りのする薬が満ちるだろう。
その傍らで、白い神獣がのんびりとへそ天で昼寝をし、狐獣人の副団長が茶化しに来て、狼公爵が真顔でとんでもない高級食材の差し入れを置いていくに違いない。
そんな、少し騒がしくて、最高に温かい毎日が、これからもずっとずっと続いていく。
辺境の小さな薬局から始まった、優しくて甘い、幸せなスローライフは――。
今日も、明日も、その先も。
きっと、どこまでも満ち足りた、温かいものになっていく。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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