オタクというもの5
そんなわけで、次のデートも梶原のプランに付き合うことになった。コラボショップは池袋のデパートで開催されるようだ。JRに乗っている間、梶原がクロピーがメインのコラボショップが初めてなんだという事を聞かされた。そう言えばこの前由佳が、梶原からもらったキーホルダーが25周年のデザインだと言っていたか。記念周年ならば仕方がない、協力してやろう。だけど、この借りは大きいぞ。なにせ鳴海は二回も梶原に付き合ってるんだから。
かくして鳴海と梶原は聖地(その地)に降り立った。聖地へと吸い込まれる人ごみに紛れる梶原は、今、ピーロランドに興味のない中年のおじさんが見てもありありと分かるくらい、異彩を放っていた。そのくらい、女子率が高い。っていうか、男子なんて居なくない? そういう意味でも、梶原は推しに会えない辛さを味わってきたのだろうなあと思うと、同じオタクとして心が痛む。目を輝かせてコラボショップ正面入り口に居る王冠を被った巨大なクロピーのぬいぐるみを見ている梶原に、涙を禁じ得ない。しかし、情に流されてはいけない。これは契約だ。契約とはフィフティフィフティじゃなければいけない。
「ちゃんと借りは返してもらうからね」
「分かってるって!!」
そう言って梶原と一緒にコラボショップに入っていく。其処はこれまで経験してきたピンクと水色のゆめかわの世界とは打って変わった、細い三日月の浮かぶ暗い紫の夜の闇の中、黒い屋根の影伝いに走るクロピーの絵が壁一面に描かれた、クロピーの活躍を盛大に描いた黒の世界だった。
「おおお、流石大怪盗を父に持つキャラ……、とてもゆめかわワールドとは思えない……」
などと呟いた鳴海の横で、梶原はやはりバシャバシャとフィギュアや展示用のぬいぐるみが展示してあるブースの写真を撮っていた。
「すっげー……、流石クロッピだ。隙のない仕草、冷静なまなざし、風に翻るマントまで美しいよ。最高だ、クロッピ……!!」
実際はフィギュアなんて石膏粘土でマントは翻ったままの固定だし、ぬいぐるみのマントは肩から垂れたままで風になんて揺れてないけど、梶原の目には風が見えるようだ。凄いな、視力いくつだよ、お前。っていうか、幻視じゃないの、その風。
そして展示ブースを過ぎると、店内の籠を手にしたかと思うや否や、壁や売り場に積み上げられたクロピーのグッズを次々とその籠に放り込んでいく。おいおい、それ全部買うつもり? 予算幾らよ、あんた。
「梶原、ちょっと冷静になったら? クロピーにどんだけ積むつもりよ」
「何言ってんだよ、市原! クロッピが主役である今日この場で散財しないという選択肢はないだろ!? お前だって推しのあいつらが主役を張ったらどんだけでもつぎ込むんだろ!? 分かれよ、この気持ち!!」
その気持ちは凄く分かる。痛いほどわかる。鳴海もウイリアムやテリースが人気最底辺から一気に主役に躍り出たら、ご祝儀でいくらでも詰み増してしまう。でも予算あっての買い物だ。梶原に再度予算を尋ねると、なんと万札二枚足りない。
「だって、クロッピが主役だなんて、クロッピに出会ってこのかた、なかったことなんだ……。いっつもキッティやシナロールたちがいろんな衣装やグッズの展開があるのを指くわえてみてたんだよ、俺……」
そこまで推してもらえて、クロピーも幸せ者だな……。でも買い物はお金がないと出来ないし、此処のコーナーだけで売り場が終わるわけでもない。鳴海は提案をした。
「仕方ない……。こんなこともあろうかと、梶原の為のお金を持って来たのよ、私。何時か返してもらうけど、このショップに付き合ったからには貸してあげる。ただし、計画的に使う事。お客さんの流れを見ると、まだまだ奥に売り場や展示コーナーがあるでしょう? そこまで見て、厳選して」
我ながら出来る契約彼女だな。そんな風に思っていたところへ、梶原がわっしと手を握って来た。えっ、急になに。手を放してくれないかな。
「いちはらぁ……っ!! お前って良いやつだなあ!! 金はぜってー返す! 来週学校で返すから、この場で貸しといてくれ!!」
感涙むせび泣くとはこのことか。いや、実際泣いてはいないけど、梶原の心の涙が見えたような気がする。あれっ、私も幻視かな。
「いや、それより手を放して。こんなところで握手なんて恥ずかしいわ」
「あっ、ごめん」
梶原は何の感慨もなく手を離した。まあそうだろう。この場に一緒にいるのだって、契約がなかったらありえなかったわけだし。
うん、まあ、そうだ。リアル男子に興味のない鳴海の手を握るのは、この感情激しい梶原くらいしかいない。そうなんだけど。
……いやあ、梶原の手ぇ、あったかかったな。ちょっとびっくりした。クロピーを愛する心が手の温度にも表れてるのかと思った。
心臓がちょっとどきどきしてるのは、不意打ちの握手の所為以外の何物でもないが、梶原の所為で心臓が跳ねるのは気に食わない。自分の隣で買い物籠を腕にうきうきしている梶原を見ながら、鳴海はそう考える。
「さあ、あっちの売り場にも行きましょ。随分明るい売り場みたいだし」
黒々とした壁に囲まれたこの売り場は、目の前に居る梶原を、明るい学校で会う梶原と違って見せているのだ。梶原は学校での梶原どおり、鳴海に対して何一つ己に嘘を吐かない、自分を譲らない梶原であって、鳴海に何か思うところがあるわけでもない。梶原と鳴海の関係は簡潔明瞭な契約関係であり、契約内容を守り遂行するために、そのお互いに対して有益であることが求められている。その為の鳴海の対応であり、それに対する謝辞であるだけだ。
この思考その間一秒。すうっと深呼吸をして気持ちを入れ替える。既に隣にいた筈の梶原は次の売り場に行ってしまっている。鳴海もその後を追おうとしたその時、次の売り場から慌てて戻って来た梶原が、興奮気味に鳴海に叫んだ。
「い、市原! ちょ、こっち来てみ!! すっげ! すっげーことになってる!!」
なにが凄いことになっているのだろう。いっそクロピーが実は女だったとか言うオチかな。そんなことを思いながら梶原について行くと。
「うわ、これは想像してなかったわ……」
鳴海もそう呟いてしまうくらいの、クロピーの大変身だった。其処に居るクロピーは、鳴海が梶原にレクチャーを受けた大怪盗の父親の心に打たれた黒の衣装を身に纏ったクロピーではなく、……いや、黒の衣装と言えば黒なんだけど、泥棒とは大違いの、何処か貴族を思わせる、気品漂う黒の王子衣装に身を包んだクロピーだった。しかも隣にいるのは、めちゃくちゃかわいい王女風の衣装を着たキッティ。
「クロッピはこれまでずっと独りものだったんだ! 大怪盗である父親の手伝いをしてるうちにそうなっちまったんだけど、その状況を受け入れてても、決して心が寂しくなかったわけじゃないんだ! そのクロッピに、ピーロランド一のお姫様であるキッティを添わせたっていうのが、この限定コラボ企画の泣かせる趣向じゃねーか!!」
確か、キッティはランド一の人気者で、その座はランドのプリンセスだったはずだ。その設定どおり、キッティは鳴海が見る限り、いつもかわいい衣装を着せてもらって、そのお姫様振りを鳴海にも見せつけていた。そのキッティがフリフリのピンクの衣装を(いつも通り)着て(ティアラはいつも通りじゃないけど)、その手を貴公子然としたクロピーが取っている。その様子はまさに王女さまと王子さま。きらきら輝く王冠を被ったクロピーは、正面入り口の様相そのままだ。なんてこと、入り口の伏線が此処で回収されている!!
「すごーい、クロッピ、皇子ロリータだね。あの衣装デザイン、きっと考えに考え抜かれたデザインだわ~。だって、黒いペンギンのクロッピが着ててもおかしくない皇子ロリータを選ぶところが、王女キッティの隣に居るものとして一番納得できるもん」
それは、丁度鳴海たちの隣でキッティとクロピーの王女王子像を見ていた女子の言葉だった。皇子ロリータという言葉は初めて聞いたが、成程そういうジャンルのファッションがあるらしい。……というのは即座にスマホで調べたから分かったことだ。
「皇子ロリータだって、梶原」
「は? 王子? 八王子のメーカーかなんかか? 何だっていいって! 兎に角、ピーロランドで日陰ものだったクロッピが主役の座についてんだから、めでたい日だよ、今日はさあ!!」
目をきらきらさせてクロピーの雄姿を見つめている梶原には、もはやそれを成しているのがなんだっていいのだろう。兎に角推しが最高に輝いている、ただそれだけがオタクを生かすのだ。
(わっかるわあ、その気持ち……。私もウイリアムとテリースの衣装が何処産とか関係なく、新衣装が素晴らしければそれだけで尊くてむせび泣くもの……)
彼らにハマった当時に開催されていた衣装展では、その衣装を作ったメーカーの公式アカウントをフォローしてイイネ飛ばしまくった記憶はあるけど、まあ鳴海の推しと梶原の推しでは置かれてきた境遇が違うから一概に一緒にして比べることは出来ないだろう。そういう意味でも、梶原は純粋にクロピーを推しているのかもしれなかった。
「良かったね、今日、来れて」
鳴海の言葉に、梶原が満面の笑みで応えた。
「市原のおかげだ! サンキュ!!」
デザートブッフェの時も思ったけど、本当にこいつ、推しの前で良い顔するな。今まで誰とも共有できなかった推しへの愛情を発散させて満喫している様子の梶原を見て、己を振り返る。
(まあ、生き生きしてることは良いことよ。私もウイリアムとテリースが日陰ものだったら、このくらい喜ぶかもしれないもんなあ……)
梶原の推しへの一途な愛情を目の当たりにして、鳴海は少し感慨深くなった。




