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腐女子とゆめかわ男子の契約恋愛  作者: 遠野まさみ


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オタクというもの3



その日、鳴海は朝から気合が入っていた。本日正午に、推しキャラであるウイリアムとテリースの登場する乙女ゲーム『Take Away Love~君の初恋を奪うよ~』のバージョンアップがあるのだ。新しいストーリーとシーン、それにキャラクターたちの新しい衣装がお目見えする。この日を祝日としないで、いつが祝日だというのか!! というくらいの鼻息の荒さで下校時間を待ちわびていた。

本当は昼休みにすぐさまプレイしたい。しかしここは学校。鳴海が一般人に擬態していなければならない場所だ。なんとしてでも梶原を彼氏としたまま、表向き晴れやかな卒業式を迎えたい。中身がゆめかわオタクであろうと、梶原はその性格と外見でまあイケてる彼氏だった。梶原の秘密を握っているとしても、鳴海の秘密も握られているわけであり、こんな弱みを晒す相手は他に作れない。被害を梶原一人で済ませたい、という気持ちもあったからだ。

そう言う訳で、頭の中ではもうウイリアムとテリースがどんな衣装なのか、彼らの新規エピソードはどんなエピソードなのか、という疑問がぐるぐると回って、遠心力で溶けてしまいそうになっているが、表向きは冷静な顔で微笑みを浮かべて由佳と一緒にお昼ご飯を食べている。ああ、由佳だって『Take Away Love(通称TAL)』をプレイしたら、絶対ハマると思うのに、この子はゲームに一切興味がないのだ。ウイリアムとテリースを知らないなんて、人生損してるよ、由佳……。

と心の中で呼びかけても、楽しそうにおしゃべりをしながらお弁当を食べている由佳には通じない。まあいいや。焦らされた方がより喜びが大きくなる。そう思って由佳の前でにこにこと笑顔を浮かべていた時、かすかに「テリース」という言葉が聞こえた。

(はっ!? 心の声が口から飛び出た!? 今、由佳に聞かれてなければ良いけど!?)

と、動揺した時だった。教室の後方からきゃーという歓声が上がり、そうだよねー、という相槌と共に彼らの名前が零れ出た。

「やっぱりウイリアムはトップオブ恋人! 大体、金髪碧眼って女子の好き要素ぎゅっと詰まってて、嫌いになれる人のことが分からない!!」

「そうそう!! そんでもって、ウイリアムが太陽なら、テリースは月よね。テリースって、ウイリアムの対極みたいに凄く物静かだけど、口説いてくるときの台詞が情熱的だもん、これは落ちるよお~」

「待って! でも私は二人も良いけど、アラルドを推したい!! 乙女ゲームにありがちな、金髪碧眼とか、執事風とかじゃなくて、アラブの王子を持ってきてるところが良いのよ!! 天真爛漫で自信家なところが、絶対恋愛リードしてくれそうじゃん!!」

鳴海は教室後ろの女子たちの言葉に耳を疑った。いや、『TAL』は確かに今、女子高生の間で大人気の乙女ゲームだ。しかし、今までこの教室で『TAL』の話が話題になったところに遭遇したことがない!

(あ……っ、そうか。最近TekTokでCMし始めたから、ユーザーが増えたって聞いたんだった……)

そうか、今まで『TAL』を知らなかった人たちが、大手SNSのTekTokでCMを始めたことで、爆発的に人気が出て、ファンになった、という話を聞いたことがある。そこへ、今日のバージョンアップだ。新しくファンになったと思しきクラスメイトたちが『TAL』の話で盛り上がり、意気投合したんだろう。ええー!! 羨ましい! 私も話の仲間に入りたい!!

聴力を最大限にまで引き上げ、彼女たちの話を聞く。どうやら三人の内、二人は鳴海と推しが一緒のようだ。……ますますもって仲間に入って喋りたい……。

しかし、此処は学校。鳴海が一般人に擬態していなくてはならない場所。もし万が一腐女子がばれたら、この一年と少しの間、素知らぬふりをして来た分、周りの追及は酷いだろう。それに、腐女子がばれたら、梶原は鳴海を捨てる。そうなれば、こんな腐女子の鳴海には、もう彼氏の成り手は居ないだろう。イコール、中学の卒業式リターンズだ。それは絶対に避けたい。

(ううっ、クラスに仲間が居るんだって知ってたら、最初から隠さなかったのに……!!)

でも、女子同士でオタクな話は出来ても、彼女たちが腐女子かどうかは会話から分からないし、もしオタクだけど腐女子じゃなかったら鳴海にとって致命的だ。それに男子は腐女子のことを嫌う。それならば、腐女子を分かって尚、彼氏として契約している梶原を逃すわけにはいかない。やはり鳴海に、カムアウトの道はないのだ。

(なんてこと……。熱く語れる同志がすぐ其処に居るのに、交われないなんて……)

腐女子の何が悪いんだ。男子に迷惑をかけたことなんてないじゃないか。それなのに、鳴海を腐女子であるが故に忌避嫌悪した男子の存在が憎い……。鳴海は中学卒業式の時の屈辱を思い出し、唇後ギリッと噛んだ時。

「ねえねえ、生田さん、市原さん」

由佳と机を囲んでお弁当を食べていたところへ、教室の後ろで『TAL』について語っていた女子の一人が肩を叩いてきた。どきっと肩を跳ね上げた鳴海と違い、由佳は穏やかな顔で彼女に応じている。

「なあに? 香織ちゃん」

「生田さんたち、このゲームやったことない? 今、世のJKの間でめちゃくちゃ流行ってるやつ!」

声を掛けてきた河上香織がスマホに表示させて由香に見せたのは、今まさにバージョンアップされた衣装で微笑むウイリアムが微笑む『TAL』の一画面だった。画面を見る為に、油の切れたゼンマイ仕掛けの人形の如く首をぎこちなく動かし、その画面に表示されているウイリアムを見た時、鳴海は昇天するかと思った。

(と……っ、尊い……っ!! 画面から光の粒がほとばしっている!! 美しい白の絹のような光沢のある生地に金の縁取りを添えた、気品と威厳を備えた新しい衣装は、やっぱり王子オブ王子のウイリアムにこそふさわしいわ……っ!! ウイリアムがこんなに素晴らしい衣装を頂けたんだもの、きっとテリースだって漆黒の王子のような、天鵞絨の艶を模した衣装を頂けているに違いないわ……っ!! 製作スタッフさん、GJ!! グッジョブよーーーーーーーっ!!)

と、この間一秒。鳴海の前で由佳は申し訳なさそうに、ごめんね、と香織に謝った。

「私、ゲームとかあんまりしなくて……」

「あー、生田さんは分かるわー。どっちかっていうと読書とかクラッシックとかが好きなんでしょ。映画もフランス映画とか」

「うん、割とそんな感じ……」

「だよねー! 聞いた私が悪かったわ。市原さんは梶原くんという彼氏が居るんだから、架空のイケメンなんか目じゃないだろうしね。愚問よね」

話の矛先が鳴海に向いて、鳴海は椅子から半分飛び上がったが、どうやら仲間には入れてもらえなさそうだった。

(ちぇ……っ、つまんないの)

ちょっとだけそう思ってしまっても仕方ないだろう。梶原とは契約を元に結ばれている同志であるだけだし、さらに言えば、卒業式までその関係を続けたい鳴海の企てについては何も話していない。心の中で血の涙を滲ませても、香織の会話に応じることは出来なかった。

「う……、そうだね。まだ新鮮な事ばっかりで……」

そう取り繕うのが精いっぱいだった。

(仲間に入りたい……。でも、下校してからじゃないと見れないと思ったウイリアムの正装姿を予定より早く拝めたから、午後の授業も頑張れるわ……!!)

やっぱそうだよねー、作り物はリアルには敵わないよね! と香織が明るく笑って言うと、やっぱりそういうもの? と、香織の後ろから栗里が顔を出した。

「そのゲーム、僕、知ってるよ。『Take Away Love』だよね。中学の時に、登場人物が僕に似てるって言って清水に嫌って程、画像見せられたからさ」

「へ、へえ、そうなんだ」

鳴海が返事をすると、由佳が、

「そう言えばこの男の人、どことなく栗里くんに雰囲気似てるね」

と言った。由佳の言葉に香織も、あっ、と言って、そう言えば似てるっちゃー似てるね! と由佳に同意をした。

……そうか? 仮にも女の子を振り向かせたい動悸が狩猟本能と同じと言ってしまう栗里と、テリースへの愛に一途な最推しのウイリアムが似ている筈がない。ウイリアムは黒いところなど一点もなく、純粋にテリースを愛しているのだ。その性格にも愛にも、微塵の汚れもない。

……という疑問が顔に出てしまっただろうか。栗里に、賛成しかねる、って顔してるよ、と指摘された。

「いや、ゲームの絵と人間の栗里くんを似ているかどうかと言われても、ピンとこなかっただけよ。大体、髪の色だって目の色だって違うじゃない」

「生田さんと河上さんは雰囲気が似てるって言ってくれただけで、なにも生き写しって言ったわけじゃないと思うけど」

栗里は、どうしてもみんなと『TAL』の話がしたいのだろうか? やけに絡んで来るけど。

「でも、自分じゃないものに例えられて、それに似てるから良いねって、それってその人を褒めてるのかな? 私は違うと思うけど。キャラクターはキャラクター、栗里くんは栗里くんだと思う」

あくまでもウイリアムを栗里から庇いたい意図で鳴海が言うと、栗里はまじまじと鳴海を見て、それからふっと微笑んだ。

「この前袖にした相手を良く言ってくれるんだね。期待しちゃうなあ」

あっ、そうだった。そう言えばこの人に遊びでナンパされてたんだった。

鳴海ははっと気付いて、別に深い意味はないよ、と慌てて付け加えた。

「誰だって人から勝手にイメージを植え付けられたら嫌でしょ? それの所為で自分が正当に評価されなかったら、悲しいじゃない。だから栗里くんのことも同じだと思っただけ」

言ってて本当にそうだと思った。だって鳴海だって中学の時に『腐女子』というイメージで見られていたから、まるでクラスの汚点みたいに扱われたのだ。別に学校で問題行動を起こしたわけでもないし、むしろ文化祭、体育祭の準備には積極的に参加した。他のクラスメイトと同じだった。ただ、好きなものがBLだっただけだ。だから環境が変わったこの高校でやり直そうと思っているわけだし、鳴海が中学の時に受けた仕打ちと似たようなことが、栗里に降りかからないと良いなと思っただけだ。

鳴海が言葉を切ると、栗里はにこりと微笑んで、嬉しいな、と言った。

「どんな些細な気持ちの変化でも、市原さんを落とすきっかけになる可能性はあるからね。まずは僕に興味を持ってもらえて、良かったよ」

違う違う、そんなんじゃない。

「一般論よ。栗里くんに特別そう思ってるわけじゃないから」

「でも庇ってくれたのは事実だし。そういう何気ない心の揺れが、いずれ大きな恋になるんだよ。僕のことを見向きもしなかったのに、ガラッと変わるんだ。そういうのに、僕は弱いんだよね。だから市原さんは、最初から僕のことを恋愛対象として見ていない時点で、僕の恋愛対象としてアリなんだよ」

諦めない栗里の言葉に、周りの女子たちがきゃあきゃあ言ってる。でも、今、鳴海が腐女子だって周りの女の子たちが知っていたら、絶対呑気に騒いで持ち上げたりなんかしてないだろう。きっと、その子腐女子だよ、栗里くんに似合わないよ、って言うに決まってる。そういうレッテル貼りで傷付いてきたから、今、鳴海はそんなレッテル貼らせないように振舞っているし、だから栗里も騙されてるんだと思う。

……騙す?

「……、…………」

そうだ。今、鳴海は、栗里だけでなく、由佳も香織も、他のクラスの皆も、何ならこの学校の生徒教師全てを騙している。本当なら騙さずに済めばいいのに、世間の目がそれを許さない。

……腐女子であることが、そんなに悪いことなのか。

ちょっとした趣味じゃないか。誰だって、趣味は持ってるはずだし、その趣味に貴賤の差はない筈だ。それなのに、ちょっと人と違う趣味だからといって白い目で見られたりするのはおかしい。

鳴海はぐっと手を握った。

……でも、今ここで、自分が腐女子だと公言する勇気はない。偉そうなことを考えたって、実際怖いのだ、中学の時みたいに周りから白い目で見られるのが。あの時はまだ仲間が二人いたから耐えられたけど、卒業式の時の打撃は今も心に残っている。

……やだなあ、嘘ついてるの……。

そうは思っても、今の鳴海に勇気はない。俯きそうになるのを堪えて、鳴海は微笑んでいる栗里にくぎを刺した。

「私は(契約してる以上)梶原と別れるつもりはないし、だから栗里くんの思惑通りにはならないと思うな」

栗里は鳴海の言葉にあはは、と笑った。

「やだな、ますます落としたくなるよ。自信はあるんだ。まあ、市原さんも、梶原と僕を良く比べるといいよ」

栗里はそう言って鳴海の席から離れていった。なんか厄介な人に目を付けられたなあ。なんで栗里は鳴海なんかが良いと思うんだろう。鳴海は悩みながらお弁当箱を仕舞うと、午後の授業の支度を始めた。由佳は一連の様子をじっと見ていた。


その日の放課後は、委員会に出席するために、梶原が図書室での勉強会をしない、と言ってきていたから、帰りに由佳と(普通の)カフェに行くことにしていた。ところが終礼が終わってから、由佳は机の上にノートと資料を広げだした。

「どうしたの? 由佳のグループ、終わらなかったの?」

それにしては授業での同じグループの香織たちは帰ってしまっている。由佳は笑いながら、

「香織ちゃん以外の子は出来てたんだけど、香織ちゃんが授業中にまとめきれなかったの」

そう言って由佳はノートにシャーペンを走らせた。

「じゃあ、その香織はどうしたの?」

「うん、なんか、大事な用があるって言ってたよ」

微笑みながら、由佳はノートに資料から導き出されるデータを纏めていく。すらすらと細い指がきれいな字を綴り、ふうん、と思って由佳が終わるのを待っていた。そこに声を掛けたのは、梶原だ。

「河上は、あれだろ、デートだったんだろ」

ガラッと教室の扉を開けて自分の席に忘れ物のノートを取りに来た梶原は、由佳にそう言った。

「うん。だけど、今日、彼氏の誕生日なんだって」

プレゼント選びに行くって言ってたから、遅れられないだろうなと思って。

それでレポートを代わったという事か。まだ発表会前だから香織も来週以降で挽回は効くだろうけど、なんとも自分本位なところがあるものだ。

「駄目だよ、由佳。香織を甘やかしちゃ」

「かわいいじゃない。好きな人の為に一生懸命なの」

ふふふ、と由佳が人の良さそうな笑みを浮かべる。やさしくて人当たりが良いから、由佳に頼めば多分断られない、ってことは、なんとなくクラスの皆が知っていることだけど、これは香織にちゃんとひと言、メッセを送っておかなければならないな。今日、レポートの二回目の提出がなければ、香織もこんな無理を由佳に頼まなかっただろうことは、鳴海も分かっている。でも、だからこそ、学校の決まりは守らなくちゃ駄目だ。

「生田はお人よしだな」

梶原が笑って言うのに、由佳は微笑んだ。

「良いの。香織ちゃん、授業中に、絶対残らないって言って、凄く頑張ってたんだから。他の子が持ってたテーマのディスカッションに時間が取られちゃって、香織ちゃんの時間が足りなかったのよ。流石に授業中にいい加減だったら、私も引き受けないわ」

高校生版聖母マリアが居るとしたら、まさしく由佳だろうと思う。そういう、香織の恋を見守るやさしい微笑みを、由佳はしていた。

「……生田、損するタイプだろ。……そんなところが生田らしいけどな」

「ふふ、私らしいってどんなだろ。損、だなんて思ったことないけど、損なのかなあ?」

損を買って徳を得るタイプかな。鳴海は微笑む由佳を見ていてなんとなくそう思った。

「由佳、私も手伝うわ。半分こしたら早く終わるでしょ。早く終わらせて、ホットケーキ食べにいこ」

鳴海が香織の隣の席に座って、資料を半分引き受けた。梶原は、手伝ってやれなくてわりーな、と言って、忘れ物のノートをもって委員会に戻って行った。



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