オタクというもの2
その後も梶原は会場にある全てのクロピースイーツを網羅し、次々とその雄姿をスマホに収め、そしてそのほとんどを食べるのは鳴海だった。コラボカフェの会場がリッツカートルトンホテルという事もあって、鳴海はその上品なスイーツたちを満喫した。そして梶原が会計をしている間に化粧直しに行き、戻ってくると、梶原は二人組の女の子と何やら話し込んでいた。
知り合いかな? それとも、ああいうゆめかわいいに馴染むような、パステルカラーの洋服が似合う女子が好みなのかな? そう思って声を掛けずにいたら、ふと梶原が此方を見た。おそらく鳴海が戻ってきているかどうかを確認したんだろう、梶原は鳴海を視界に認めると、大変なんだ、と血相を変えて駆け寄って来た。何事かと思って話を聞くと、
「この子がキーホルダーを落としたって言うんだ」
「キーホルダー?」
女の子曰く、店の前のコラボカフェ開催を知らせる看板と共に記念写真を撮ろうとしたら、中にピーロランドのキャラクターのキーホルダーを入れた巾着袋がなかったのだと言う。なくしたという女の子は涙目で、
「大事にしてたのに……」
と俯いてしまった。それを友達の女の子が探そうよ、手伝うよ、と励ましている。
「俺も探すよ。どんな色の巾着? 柄は? 中に入ってるキーホルダーは何?」
梶原の言葉に女の子たちが驚いている。
「あ……、ええと、巾着は、ピンク色の、シナロールの柄のやつです……。キーホルダーは、天使の羽根が付いたシナロールのと、パティシエのシナロールです……」
「巾着、シナロールのピンク色のグッズだったら、30周年記念のグッズじゃん! それに、パティシエのやつは、確か期間限定でピーロショップと人気漫画家がコラボしたやつだよね!? 大変だ、絶対探し出さなきゃ!!」
「えっ? い、一緒に探してくれるんですか……?」
「勿論! 大事な宝物だろ?」
梶原は女の子たちと一緒にラウンジフロアを探し出した。観葉植物の葉に隠れた根元や、待ち合わせに使われるソファの脇など、細かく見てまわる。しかし、何度も何度もフロアをくまなく探しても、件の巾着は見つからなかった。このフロアには、コラボカフェを目当てに沢山の女の子たちが訪れている。その中の、心無い人が、もしかしたら落ちていたレアものの巾着とキーホルダーを持って行ってしまったという事も考えられる。そんな嫌な考えが頭をよぎった時だった。女の子がか細く呟いた。
「もう駄目だ……。諦めます……」
女の子もそう考えたのか、見つからないことに落胆し、泣きそうなまま肩を落とした女の子の正面に立った梶原が、女の子を励ます。
「諦めちゃ駄目だ! 君の大好きなシナロールを大事にしてくれ!」
梶原が女の子を励ました言葉に鳴海もはっとした。それは、推しを推すうえで一番根本の、気持ちだった。愛し、崇拝する推しのことを諦めない。しかもそれが一期一会のめぐり逢いの限定グッズだったら尚更のこと。推しは推されるためにそこにあって、推されて初めて輝く。鳴海も常日頃から思っていたことだった。
「そうだよ、諦めないで。落としたのがこのフロアじゃないかもしれないでしょ? もっと手広く探してみよう」
鳴海の言葉に梶原が賛成する。女の子たちはそうですね、と言いつつ、コラボ会場の入り口をちらりと見た。入り口で写真を撮ろうとしていたのだから、きっとこれから入るつもりだったのだろう。この子たちには(巾着とキーホルダーは気がかりだろうけど)コラボカフェを楽しんでもらったらどうだろう、と思ったところだった。梶原が、
「君たち、折角来たんだから、少しの間カフェを楽しんで来たらどう?」
と提案した。女の子たちは遠慮していたが、折角取った予約、しかもおしゃれして来たのに、キャラスイーツの世界を楽しめないのはかわいそうだ。鳴海も梶原に同意し、彼女たちに納得してもらった。その代わり、その間に鳴海と二人で巾着とキーホルダーを探してやると約束していた。カフェは一時間制で、入れば60分で席を立たなければならない。一時間後に、また会場入り口前で会うことを約束し、彼女たちを店の中に送りだそうとした時だった。泣きそうだった女の子が梶原を振り返って、こう問うた。
「……なんで、……そんなに親切にしてくれるんですか……?」
ごもっともな疑問だったし、鳴海も、梶原が見知らぬ女の子にここまで親切に出来る性格だとは思っていなかった。特に今の若者は対人関係が希薄だし、通りすがりの他人に対してはそれがより顕著に出る。女の子の疑問と鳴海の疑問に、梶原は明るく応えた。
「俺はクロッピが好きだからな。クロッピに顔向けできないようなことはしないよ」
そう言って女の子たちを店に送り出すと、梶原は鳴海を連れて最上階フロアを降りた。
「まず、フロントで落とし物がなかったか聞いてみよう」
女の子たちがこの会場に来るまでに立ち寄った場所が、地元の駅の後だと、最寄りの地下鉄の駅からピーロショップに立ち寄り、そしてそのあとホテルに来ていた。
ロビーまで降りてフロントに落とし物を尋ねたが、それらしいものはなかったと言われてしまった。……となると、ピーロショップか駅になるが、鳴海はピーロショップの場所を知らない。60分後というタイムリミットもあるから、ここは手分けした方がいいのではないかと梶原に申し出た。
「そうか。じゃあ、駅に行ってくれるか? 俺はピーロショップを当たってみる」
「分かったわ」
鳴海はそう言って、30周年限定のシナロールの巾着袋と、ピーロショップと人気漫画家がコラボしたキーホルダーをスマホで検索して梶原に柄を確認すると、ホテルを離れた。途中でピーロショップへ行く梶原と別れ、地下鉄の駅へ向かう。駅入り口の階段を駆け下りると真っすぐ改札の駅員を訪ねた。しかし駅員にスマホの画像を見せても心当たりがないという事だった。駅員が、
「落とし物でしたら、駅長室に届けられてるかもしれません」
と教えてくれたので、駅長室も訪ねてみる。しかし此処でも空振りだった。そこへ梶原からメッセが届く。
――『どう?』
――「だめ、ないわ」
――『こっちも駄目だ。ショップには届けられてないってさ。誰かが持って行っちまったのかな』
そうだとしたら、あの女の子はどれほど悲しむだろう。鳴海がもし推しのキーホルダーを無くしたら(しかもそれが限定品だったら)泣くに泣けない。そんな思いを、推しを持つ子にして欲しくない気持ちでもう一度考えてみる。何か見落としている場所はないか。あの女の子たちが行きそうな場所……。そう思って、鳴海は彼女たちが着ていた服を思い出した。ちょっと普段着ではなさそうなかわいいワンピースを色も合わせてお揃いで着ていた。あれは絶対『双子コーデ』だ。となると、身なりに相当気遣ってきている筈だ。
鳴海は駅のトイレをくまなく探した。改札に近い所から、三つある出口に向かう通路に設けられた多目的トイレまで全部調べた。しかしなかった。
(もしかして、灯台下暗しで、ホテルのトイレに立ち寄ってないかな……?)
会場の前で写真を撮ろうとしたなら、その前に化粧直しをしていても良さそうな雰囲気の子たちだった。
――「ねえ、もう一度ホテルを探してみない?」
――『いや、俺もそう思った。あの子たち、見落としてるところあるんじゃねーかって思ったんだよ』
――「そう思うわ。ロビーのトイレとか、ラウンジ階のトイレ、見なかったよね?」
――『トイレか! そういや見てねーな! いや、俺が見たら駄目なんだけど!』
急いで戻る、という梶原に、後を追う、と答えて、鳴海もホテルに急いで戻った。トイレなら梶原は立ち入れない。鳴海が早く戻らなければならないのだ。
走ってホテルに戻る中、鳴海は笑ってしまった。強引なところがあるかと思ったら、こんなに他人に一生懸命になれるなんて、梶原は凄いな。梶原の、『推しを大切にする』という気持ちがひしひしと伝わって来て、鳴海の腐女子魂と共鳴する。梶原みたいなやつだったら、鳴海の推しのことも馬鹿にしないだろうし、尊重してくれそうだ。そう思えるほどに、鳴海は梶原を信頼できるようになっていた。
「ありがとうございます!!」
60分後の約束の時に巾着袋(中身入り)を渡したら、女の子は泣いて喜んでくれた。もう駄目かと思った……、と安心した様子の女の子に、これからは忘れないようにね、と付け加えて鳴海たちは今度こそホテルを出た。
「あー、すごいデートだった!」
「ははは。悪いな、巻き添えにしちまって」
悪びれもせず、梶原が言う。
「いいのよ、こう言う時は巻き添えになったって。だって誰にでも推しは大切にしてほしいもんね」
鳴海が言うと、その通り、と梶原は笑った。
「あ、ところでさ。あの子に言ってたけど、何で『俺はクロピーが好きだからな』が理由だったの?」
クロッピな、と鳴海の言い間違いを注意しておいて、梶原は話をし始めた。
「市原はクロッピの経歴を知らないだろ。クロッピは大怪盗の父親と教育ママの母親の間で育ったペンギンで、忙しい両親に代わって妹のクロナを守って育ててるんだ。クロナが、父親が泥棒だからってことでいじめられっ子なのを庇って、よくいじめっ子とよくケンカするけど、本当は父親が金持ちから盗んだ金品を貧しい人たちに配っていることを誇りに思って、自分もその手伝いをしたりする、すごく正義感の強いペンギンなんだ。いずれ世の中をお金のことで困らない世界にしたいっていう夢を持っていて、クロッピは父親の跡を継ぐつもりなんだ。先祖伝来の家業がつぶれちまうこの世の中で、父親の背中を見て、その偉大さを分かってるクロッピはちびのくせにすげー奴だと思うよ」
俺は妹居たことないから、妹を守る大変さってのは分かんねーんだけどよ、と、梶原は更に続ける。
「子供心に『おれもクロッピみたいに、よのなかのこまってるひとをたすけたい!』って思ったんだよな。子供に貧富や格差の解消とか社会の平等性を説いたクロッピは、本当にすげーキャラだと思うぜ!」
昔の少年少女が鼠小僧に憧れたみたいなもんか。しかし幼児期の男の子は大体ロボットものに憧れるものだと思っていたけど、とんだ曲者がいたもんだ。
今まで隠しに隠していた鬱屈の分なのか、梶原は鳴海の前でポップコーンが弾けるように、クロピーの話で盛り上がっていた。
「俺は姉が二人居るから、おもちゃが全部おさがりでさ。クロッピはピーロランドのキャラクターの中でも唯一男が持っててもおかしくない黒いペンギンのキャラクターだったから、最初は外見からだよ。でも、おもちゃで遊んでたらそんなキャラだって知って、一気に好きになったんだ。クロッピが盗みに入った場所には印として『Do my ideal』って書いたメッセージカードを置いて行くんだ。それがまたカッコよくってよ!!」
目をきらきらさせて推しについて語る梶原を見て、鳴海は、自分たち腐女子が推しについて語る時と同じ心を持っている、と感じた。梶原とは、対象こそ違えど、推しを全力で推しているという点で、心友も同然だった。
「お子様騙しのゆめかわ趣味、だなんて思って悪かったわ、梶原。あんたのその心意気、私がウイリアムとテリースを愛する気持ちと全然変わらないのね。そうよね、崇拝する推しがいる時点で、私とあんたは同等の心友たる存在だったんだわ」
「市原! 俺のこの、クロッピに捧げる気持ちを分かってくれたのか!! つくづくお前って、いいやつだな!! クロッピについてこんな風に誰かに語れる日が来るなんて、思ってなかったぜ!」
感動で泣き出しそうな梶原に、すっとハンカチを差し出す。
「いくらでも語って。推しを崇める気持ちを理解できる私なら、あんたのその暑苦しい思いを受け止められるわ。同志がいなくて今まで孤独だったでしょう。クロピーの良さは正義の味方的な平凡な事しか分からないけど、あんたにとって凄く大事な存在だってことは分かるわ」
「だから何度言ったら分かるんだ! 『クロッピ』だろ!!」
いちいち細かいことに煩いけど、梶原の推しに対する熱い気持ちが分かって、鳴海は全くの同類として梶原を見た。




