契約カップルというもの2
「サン……リノ、ピーロランド……?」
ネズミの国じゃなかったことに、まず驚いた。あそこは鳴海でも知っているテーマパークで、カップルでも行くことを知っている。しかし、このテーマパークは初めて知った。鳴海の反応に梶原はやっぱりな、という顔でこれ見よがしに説明した。
「此処は女子の夢がいっぱい詰まった、いわば女子の夢の国なんだ。女子は二頭身のぬいぐるみが大好きだろ。そういうキャラクターの生みの親がサンリノだ」
ほう、そうなのか。悔しいけど凄く勉強になる。鳴海はやはり殊勝に頷いて、入場券を買おうとした。それを梶原が止める。
「仕方ないからおごってやる。これも一般人のデートとして、当然のことだ」
いちいち気に障るけど、今日は鳴海の一般人擬態の為に世話を焼いてくれているのだから、おとなしく頷いておくしかない。梶原が買ったチケットでいざパークに入場する。其処はネズミの国とはまた違った(鳴海は行ったことはないけど)、鳴海の知っている空間ではなかった。
まず、圧倒的に女子と子供が多い。其処此処に、白目は要らないのか? と思うようなつぶらな黒目だけのキャラクターが溢れている。施設の色彩、キャラクターの色合いは女子と子供に馴染みやすいと思われる、圧倒的ピンクに代表されるようなかわいらしいパステルカラーが多い。鳴海も、ネズミの国の代表カップルを知っている程度の知識と同様の知識で、キッティの名前は知っていたが、他のキャラクターの名前は知らない。というか、サンリノがキッティの生みの親だという事も知らなかった。
「耳の垂れてる白いのがシナロール、黄色いのはポヨポヨプリン、ピンクの帽子を被ってるのがマイレディ、黒いペンギンはクロッピ……」
梶原はすれ違うキャラクターたちの名前をいちいち教えてくれた。凄いな、鳴海に一般人のデートをさせる為に、キャラクターの名前まで調べてくれたのか。(鳴海の求めるものとは違うけど)その心配りに、少しだけ感動する。なんだ、強引なだけのやつじゃなかったんだな。流石モテる男、梶原。女子を連れたデート捌きも手慣れたもんだな!
「しかし、これだけキャラクターが居るとカップリングをしたくなるけど、キッティとシナロールではやっぱり萌えないわ……」
ぽろりと脳内思考が口から洩れた。すると梶原は目を吊り上げて鳴海を振り返った。
「お前は!! そう言う事にしか考えが及ばないから駄目なんだよ!! 擬態しろって言ったろ! 今日が終わるまで、カップリングとか考えるなよ!!」
ええー、腐女子は息をするようにカップリングを考える生き物だから、それは無理だ。しかし目の前で繰り広げられる、圧倒的女子受けの『かわいい』の世界では、やはり鳴海の萌えセンサーは働かなかった。
「……そうね、私の目から見ても、キッティとシナロールがデキてるようには、まだ見えないし、取り敢えず、今日は大人しくしてるわ」
「今日だけじゃなくて、永遠にしてろよ!!」
確かに一般人はカップリングしないと思うけど、それにしたってそんなにムキにならなくたっていいような気持ちもするが、やっぱり一般人の梶原から見て息をするようにカップリングをしてしまう腐女子の性は理解できないものなんだろうな、と思い、鳴海はやはり、分かったわ、と頷いて黙った。
梶原はまずアトラクションに鳴海を誘った。マイレディの顔が付いたカートに乗って、コースのあちこちで写真を撮るというものだった。おお、この写真をSNSにアップするわけか。成程、一般人のデートっぽいな!? などと、梶原のリードに感心する。次に着ぐるみと記念撮影。着ぐるみは二体居て、シナロールとクロピーだった。スタッフであるフレンド(というらしい)が鳴海たちのスマホで交互に写真を撮ってくれた。梶原に、もっと嬉しそうな顔しろよ! と注意されたが、興味の無いものの隣で嬉しそうになんて、普通出来るか? と内心思いながらも、笑顔で写真に納まった。梶原は写真の鳴海の服装に触れ、
「上半身だけならまだ擬態できるから、SNSにアップするのは上半身にトリミングしてからにしろ」
と指導をくれた。指導に従って写真をタグ付きでアップする。直ぐにポンポンとイイネが付いて、それはタグの効果だと知らされる。
「……凄いね、こんなにピーロランドに飢えている人たちが居るの……?」
素直な疑問を口にすると、ちげーだろ! と即座に修正が入った。
「ピーロランドを好きなもの同士が、好きなものを共有したいっていう気持ちでイイネするんだよ! お前だってそう言う経験あるだろ!?」
成程、そうやって置き換えで言ってくれると分かりやすい。鳴海も、ウイリアムとテリースに関する発信には敏感に反応してしまうし、それが同じカップリングだったら、もう同好の士だった。
「成程……、ピーロランド好きにもオタク性があるという事ね……」
「オタク性とか言うな。かわいいものを共有したい気持ちと言え」
物は言いようだな。日本語、便利。そう思って、鳴海はまたも頷いて了承する。兎に角一般人の心得を会得する為に今日は梶原に付き合ってもらっているのだから、少しでもたくさんの知識を吸収して、学校での擬態に備えなければ。鳴海の気合に、梶原は大いに応えてくれた。その後も二つほどのアトラクションをこなし、ランチもパーク内で摂り(これまた見事にピンク色にデコられた食事に驚いた)、ショウを見たのち、同じくパーク内のカフェで水色にデコられたパンケーキを食べた。
「はあ、凄い色だった……。あとふにゃふにゃだった……」
きつね色の固いホットケーキ派である鳴海は、会計を梶原に任せてカフェを出ても満足できなかった。寂れた喫茶店で供されるバターだけが載ったホットケーキが食べたい。そういう思いに、新たにさせてくれる異次元のスイーツだった。
「待たせたな。どうだった、かわいいカフェだったろ。写真もいっぱい撮れたしな」
「……いや~……、なんというか……、脳が拒絶する食べ物だね、あれは……」
「なんでだよ!! 女子はあれがかわいいって喜ぶんだよ!! お前の脳みそが歪んでるからそんなこと思うんだよ!」
「歪んでて悪かったわね。英才教育のたまものよ」
母親が古の同人誌作家だったことから鳴海の人生は決まっていたのだ。それでなくとも、BLの世界程愛情と奥が深い世界はない。そんなことを知らない梶原は、ほんっとお前ってデートに誘い甲斐のないやつ! と大げさにため息を吐いた。
「別に誘うなら必要最低限で良いわよ。私は学校であんたとの契約を遂行するだけの知識があればいいだけだし、私の萌えを理解してもらおうとは思わないわ」
「俺だって、理解したかねーよ」
けっ、と、鳴海の大事な萌えを吐き捨てた梶原がずんずんと歩いていくので、やっとこのお子様騙しのゆめかわワールドから解放されるんだな、と、ほっとした。
パークを出たのは午後三時半。たった半日で、随分リア充したような気がした。
「ありがとう、梶原。おかげで学校でいい彼女を演じられそうだよ」
鳴海がそう言うと梶原は、
「当たり前だろ。そうじゃないと困る。この俺が腐女子の彼女を持ってるなんて話になったら、俺のメンツが台無しだからな」
などと言った。まあ、真実なので否定しない。梶原はこんな上から目線のやつではあるが、その明るさと吸引力で、男女問わず人気者だからだ。由佳が梶原をモテ要素凄い、と評したのには、外見以上にこの、人を引っ張っていく力のことを言っていたのだと思う。そんな梶原の彼女という位置に居る鳴海の言動も、きっと梶原と同じくらい、みんなが見るだろう。そのみんなの前で、完璧な仮面を被っていないといけない。腐女子がばれたら梶原は即、縁を切るだろうし、そうしたら中学の卒業式の二の舞だ。あの寂しさと屈辱は忘れがたい。何が何でも一般人として偽装し、ハッピーな卒業式を迎えるのだ、と鳴海は決意を新たにした。




