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腐女子とゆめかわ男子の契約恋愛  作者: 遠野まさみ


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22/24

告白2

栗里と別れた鳴海は教室に戻った。丁度、香織たちが教科書と参考書を前に盛り上がっていた。受験勉強、そんなに楽しいか? と思ったけど違った。会話の端々に「テリースが」とか「これだから『TAL』は裏切らないわよね」だとか聞こえてくる。そう言えば今日はバージョンアップの日だったか。受験勉強一色で忘れていた。萌えセンサーが鈍ってるなあ、と思いつつも、餌が其処にあれば食いつくのがオタクだ。鳴海は梶原みたいに勇気を持ちたいと思い、意を決して香織たちに近づいた。どきん、どきん、と心臓が跳ねる。

「てぃ……『TAL』、……今日、新エピが発表だったんだね」

震える鳴海の声掛けに、香織が振り向いた。

「そうなの! もう乙女のハートを打ち抜いてくる制作陣には感謝しかないわ! 夜のランタン祭りにお忍びデートなんて、リアルのフェスでも想像できそう! ……って、あれ? 市原さんも『TAL』好きだったの?」

よっしゃ! 投げたボールが帰って来たぞ! このままスムーズに会話を続ければ……!!

「そ、そうなの。実は好きだったんだ……。前に、眼中になし見たいなこと言っちゃって、ごめんね」

「え~、いいよそんなの! 気にしてないよ! それより市原さんは誰が好きなの?」

「じ……っ、実は、ウイリアムとテリースが好きでさ……。……いやあ、あの二人の関係性が、たまらなく良いなあと思ってたの……」

ぎゅっと握った手は震えてたけど、笑って言うことが出来た。

言った! 言えたわ!! さあ香織、どう思う!?

どきんどきんと心臓が逸る中、香織はぱああ、っと顔を輝かせ、喜色満面で鳴海に抱き付いてきた。

「うっそ! 市原さんもウイリアムとテリース推し!? 話が分かるじゃない!! 良いよね! あの二人!!」

よし! 香織が食いついてくれた! あとは……、後は……!!

「そっ、そうなの! あの、『国の全てを背負うウイリアムの心の安らぎになっているテリース』、という図が、もうたまらないの……!」

言ったわ!! これで引かれたら私の高校生活終わりだけど、そんなの後悔しない! だって、由佳は受け止めてくれたし……!!

歓喜と怖れとがごちゃ混ぜになった気持ちで香織の反応を窺っていたら、香織は鳴海に抱き付いたまま、奇声を上げた。

「きゃーーーーーーーっ!!! 市原さん、話が分かるじゃない!! 何でもっと早く言ってくれなかったの!? そうなのよ! 『唯一』っていう関係性が良いのよ、たまらないのよ!!」

「そ……っ、そうなの!! ウイリアムはテリースの前でしか、本当の自分をさらけ出せないし、テリースには常に影のように控える立場の自分を光の下に引き出してくれるウイリアムがなくてはならないのよ……!! あの二人は天が定めた魂の番なんだわ……!!」

「市原さん、天才!? そう!! まさに『魂の番』って言葉、ぴったりだわ!!」

香織を中心に集まっていた女子たちが、一斉に鳴海の言葉に賛同してくれた。鳴海は感動と興奮の嵐に包まれていた。引かれなかった……。引かれるどころか、受け入れてもらって、更には鳴海の言葉に賛同までしてくれた……!! どうして今まで言わなかったんだろう!?

その後、香織たち女子は鳴海を囲んだまま、一時間近く教室でオタク話を繰り広げていた。その賑やかな様子を、教室の前を通りかかった梶原が見ていた。



校門を出ようとしたところで、後ろから声を掛けられた。梶原だった。

「よお、遅いな」

「そうでもないでしょ、文化祭前よりは早いわ」

「まあ、そだけどよ」

そう言って梶原が鳴海の隣に並んだ。帰る時間が一緒であれば、路線は一緒で鳴海が途中の駅で先に降りる。そういう惰性がこの二年間で出来ていて、鳴海と梶原は当たり前のようにして並んで歩いた。

「もうクラスが受験一色で滅入るって……」

「そんなのうちのクラスだってそうよ。みんなここが頑張り時なんだもの。人生の岐路よ、岐路」

進学する大学で、人生のかなりの道が変わる。そういう意味では此処からのラストスパートは必須だった。それでも息の詰まる受験勉強はメンタルが疲弊する。気分転換しねーか、と言ったのは梶原だった。

「意外。余裕ね」

「余裕でもねーけどよ、残り少ない高校生活が勉強一色でもつまんねーだろ?」

まあ、同意はする。梶原の晴れやかな顔に、一日くらいならいっか、という気分にさせられた。

「初心に戻ろーぜ。ピーロランド……とまで行くと、俺がハメ外しすぎるから、ちょっと頑張って、リッツカートルトン」

「おごり?」

「しゃーない、おごる」

じゃあ、行くか。梶原に貰ったアクキーも、栗里に貰ったぬいも、まだ家の外で撮影をしていない。オタク同士、好きなだけお茶とケーキと推しを撮りまくろう。

「おしゃれして来いよ」

あれ、なんかどっかできいたセリフだな。どうせ梶原は鳴海にそう大して期待は持っていないだろうから、気が楽だ。

「あんたも限定クロピーのぬいぐるみ持ってらっしゃいよ」

「言われないでも持ってくって」

そう言って約束した日には、二人そろってテーブルにかわいいアフタヌーンティーセットの傍に推しを置いて写真を撮りまくった。相変わらず梶原はうわごとのようにクロピーを褒めて、鳴海はアクキーとぬいのバランスにてこずった。梶原がクロピーに対する賛辞を垂れ流す度に気持ち悪いと思っていた最初の頃が古ぼけたモノクロの解像度の悪い写真に思えてしまうくらいに、今、目の前でクロピーを褒めまくって写真をバシャバシャ撮っている梶原は、鳴海から見てかわいかった。じっと梶原がクロピーを愛でている様子を見ていたら、なに、と怪訝な顔をされた。

「前来た時は、クロッピで散々BL妄想してたくせに、今日は大人しいのな。やっとクロッピの魅力を分かったのか」

「いや、クロピーは相変わらず黒いペンギンにしか見えないわね。それにクロピーのカップリングを考えたところで、私が萌えないなら無理にカップリングを考える必要はないのかなって思っただけよ」

「『息をするようにカップリングを考えるのが腐女子の性』とか言ってたくせに」

「多分、受験勉強で疲れてるんだわ。確かに萌えセンサーが鈍いし……」

あの時は自分たちでもカップリングを考えた。鳴海が攻めで梶原が受けだと真剣に思った。それが今じゃどうだ。まるきり反転して欲しくなっている。うああ! と鳴海は頭を抱えたくなった。そんなに乙女になったって、梶原は腐女子に乙女心を求めてなんかいないのに!

ああ、意味のない思考がむなしい……。鳴海たちはやっと一通り写真を撮り終え(推しを食べかけの食べ物となんて写さないのが常識である)、きちんとティータイムを行った。スコーンにクロテッドクリームとジャムを乗せながら、鳴海がこの前のウイリアムとテリースの新衣装の感想とイベントの内容について話していると、ところでよ、と梶原が口を挟んだ。

「そのぬいぐるみは何処で買ったんだよ。俺見たことねーけど」

「ああ、これは栗里くんが買ってくれたのよ」

鳴海がそう言うと、声を上げて憤慨した。

「はあ!? お前、いつの間にあいつから物貰ってたんだよ! 一応俺の彼女だろ!?」

『一応』だからね。ホントの彼氏でもないのに、なに鳴海を拘束するつもりで居るんだろ。それに、そもそもの原因は梶原だ。

「栗里くんには、あんたが由佳のこと好きだってバレてるからね。それをカタにされて、一度だけ出掛けたわ。そもそもあんたが迂闊だから、私が被害を被ったのよ。むしろ私は被害者よ」

「ちぇ……」

梶原は抹茶のフィナンシェをひと口齧った。

午後の陽光がラウンジの大きな窓から差し込んでいる。外は真冬の寒さだが、施設内暖房と、その煌めく陽光のおかげで、この場はまるで春みたいだ。鳴海はスコーンを食べ終わると紅茶をひと口飲んだ。カップを置くと、梶原がフィナンシェを半分食べたところで、クロピーの頭を撫でた。

「高校に来て、この趣味打ち明ける羽目になるとは思ってなかったなあ」

梶原がクロピーをなでながらうっとりとそう言う。そう言えばこの人、公衆の面前でクロピー好きを告白したんだよな、と鮮明な記憶を顧みた。

「結局あんたは勇気を出したんだもんなあ。それも由佳の前で。凄いよ、尊敬する。でも私も、高校来てまでこんなにオタ活が出来るとは思わなかったから、楽しかったなあ。梶原のおかげだよ」

「そりゃ、お互い様だろ。それに勇気出したってんなら、お前だってそうじゃん。河上たちと腐女子仲間で盛り上がってたの、知ってんだぜ、俺……」

「あれ、見てたの?」

「通りすがりに見えたの!」

むう、と少し拗ねたような顔をした梶原が一転、はあ、とため息を吐いた。見てた、と、見えた、の違いにむっとしたのは分かるけど(いや、そもそも些細な違いだからそこにこだわる理由は分かんないけど)、何故ため息を吐かれなきゃいけないのかは分からない。それでも、梶原に感謝してることは伝えなきゃ、と思って、鳴海は言葉を続けた。

「でもさ……、やっぱり梶原が最初に私のスマホ見た時に、中学の同級生みたいに囃し立てて、気持ち悪がって、茶化さなかったからさ、最悪な状態からのスタートにならなかったじゃない。それが私には幸いしたと思うんだ。それに、契約持ち出されたときは、マジか、梶原、頭大丈夫か、って思ったけど、よくよく考えてみれば、そのあと梶原、決定的に私の腐女子を否定しなかったよね。だからだと思うんだ。あんたが私の腐女子を受け止めてくれたから、私も梶原の前で自信を持ってオタ活出来た。いろんなデート、楽しかったよ。ありがとう」

微笑む鳴海に、梶原が渋面をした。

「止めろよ、今生の別れみたいに」

「でもまあ、それに近いんじゃない……? 高校までは中学生を引きずっていられるけど、大学は世界が広そうだから、それが出来るとは思えないし……」

だから、鳴海も大学に入学したら、きっぱり梶原を忘れる。春休み中はぐずぐずしてしまうかもしれないけど、大学に行ったら気持ちを切り替えるんだ。鳴海の晴れ晴れとした顔を見て、梶原が拗ねたような顔をした。

「……まだ卒業式があるだろ。お前ひとりで先に卒業するなよ……」

「うん、まあ、そうなんだけどね……」

気持ちの整理は、少しずつつけていかないと。梶原はまだ拗ねたような顔をしている。オタ友が遠くなるのが寂しいのは分かるけど、それも踏まえての卒業だから。

「卒業式で、今までのこと全部丸く収まるの。それが、私の望む卒業式よ」

カップに残った紅茶を飲み込んで、鳴海が前を向く。梶原は、やっぱり不貞腐れたような顔のままだった。



月曜日に登校すると、梶原は栗里を呼び出した。

「なに? 前に渡り廊下から見てたの、知ってるけど、梶原は市原さんに本気じゃないんだから、僕は責められる理由がないと思うけど?」

栗里は俺が話しかけるとイライラして言った。当たり前だ。こいつは俺のライバルでもある訳だし。だけど手を借りるなら栗里しかいない。俺は頭を下げて事情を話した。

「はあ? 告白したい子がいるから力を貸せって、馬鹿なの? なんで僕がお前に協力しなきゃいけないわけ? お前が生田さんを好きだったとして、それは絶対叶わないし、もしホントにそうなら僕はとことんお前の邪魔をするね。お前には恨みがあるからさ。それ以上に、まさか今更市原さんに本気だなんて言わないんだろ? もしそうなら、余計に邪魔したいね」

栗里は苛立ちも露わにそう言った。しかし梶原は栗里に頼むしかないのだ。出来ることは全てやってしまっていて、あとは栗里だけが頼りなんだから。梶原はもう一度、協力してくれ、と盛大に頭を下げた。DKのプライドなんて言ってられない。好きな子に告白できずに卒業なんて、出来るもんか。

栗里が、呆れた顔をして梶原を見ていた。



桜のつぼみが硬く結んだその先端を綻ばせている。空には雲がたなびき、少しぬるんだ風が鳴海の頬を撫でた。講堂で卒業式のリハーサルを終え、三年生は帰宅していった中、鳴海は久しぶりに生徒会室に来ていた。……もう籍を譲ってしまった部屋だけど、この部屋で梶原と色々な話をした。しんみりと三年間の思い出を思い出していると、ガラリと扉が開き、梶原が入って来た。

「あれっ、市原、来てたの?」

「梶原こそ、なんで来たのよ」

鳴海が振り向くと、梶原は照れたようにへへへ、と笑った。

「まあ明日で高校生終わりだし、積もる思い出に浸ろうかと思ってさ」

「そうね。明日で終わりだね……」

春の空気に溶かすように鳴海が言うと、梶原が、そうだな、と頷いた。

「契約も、……明日までだ……」

「そうだね……」

本当に梶原と関わってしまって、二年間色々あった。思い出せばキリがない。全ての始まりはあの春からだった。梶原に腐女子がバレて、契約カップルになった。一方的かと思ったら、梶原も脛に傷持つやつだった。お互いがお互いの推しを推し続けて、相手の推しを最初はけなしたが、次第にそれを推す姿勢を受け入れていった。思いもかけなかった時に鳴海は梶原への片想いを自覚し、それと同時に失恋した。それでも梶原が笑っているのが嬉しかった。幸せそうに手を繋いだ梶原と由佳の姿を見て、ちょっと胸は痛かったけど、でも嬉しかった。あの春にスマホを落とさなければ、梶原がぶつかって来なければ、こんな気持ちを抱くことはなかったんだなあと思いつつも、それを含めて、楽しい思い出が出来たと思う。心残りと言えば、梶原が由佳に告白しなかったことだ。はっきりさせて、鳴海に決定打を突き付けて欲しい。大学へ行ったら忘れるつもりだけど、春休みの間、もやもやして仕方ない。だから、促すつもりで言ってみた。

「……梶原……」

「ん? なに?」

「ホントに由佳に告白しなくていいの……? もう会えなくなっちゃうんだよ……?」

本当に自分でも何をお節介妬いてるんだか。それでも梶原には明日校門を出るときに晴れ晴れと笑っていて欲しいから……。だから。

「かじ……」

「言うよ」

ふと。

言葉が被った。

梶原が真剣な顔をして鳴海のことを見ていた。

その目を見て悟る。

ああ。やっと決心したんだ。梶原は悔いなく高校生活を終えることが出来るんだ。

どこか安堵の気持ちと、一抹の寂しさ。そんなものを抱えて、鳴海は頷いた。

「……大丈夫だよ……。梶原なら、きっと上手くいく」

鳴海が言うと、梶原は表情を和らげた。……まるで今の流れる空気みたい。ぬるんで、あたたかくなったそれみたい。



……梶原に、春が来る……。


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