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腐女子とゆめかわ男子の契約恋愛  作者: 遠野まさみ


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20/24

契約カップルということ8





十一月下旬には生徒会も代替わりして、文化祭前はあれ程通っていた生徒会室にも、行く必要はなくなった。鳴海は梶原と表向きは恋人関係を保っていたが、以前よりぐっと会うことは少なくなった。目の前には受験がある。恋だのなんだのと、言っていられなくなったのだ。

勉強、勉強、また勉強、と、憂鬱な日々を過ごしていても、教室の何処かに寂しさを感じる。ぬるま湯のような高校生活が終わろうとしている。春になったらみんなが各地に飛んで、会えない人の方が多い。鳴海と梶原も、そう言う関係だった。寂寥の念を胸に抱きつつも最初からそういう関係だったのだと自分に言い聞かせる。はずだ。筈だった。

なのにピーロショップに来ているとは何事だ。

(何故来た! 私!! もう梶原のことなんて関係ないって、あれ程思ってたのに!!)

折しも共通テストを終えてひと段落。これから二次に向けてみんな気合を入れ直している最中だというのに、己の腑抜けた頭に100トンハンマーをぶつけたい気持ちだった。鳴海の目の前のピンクと水色の看板のお店には、女子たちがキャッキャと賑やかにウインドウショッピング、あるいは品定めしている。

世間はお正月が終わればバレンタインデー一色だ。鳴海が使う路線だって、今や電車の広告はチョコレートフェアの広告でいっぱいになっている。年中行事の一環だって、そんなことわかっている。そして、自分が受験生だってことも重々承知だ。なんせこれから塾に行かなければならないんだから。

(なのに、なんで此処に居るんだ! 私!!)

時間はないぞ。塾に間に合うようにミッションをこなさなければならない。……って、いつの間にミッションになったんだ!!

って……。

「……一応は、まだ恋人ってことになってるから、さあ……」

言い訳のように呟いた言葉の頼りないこと頼りないこと。勿論デパートのチョコレートフェアのチョコなんて買ったら本気が丸わかりだから、ピーロのチョコくらいで、梶原はオッケーなのよ! そう! いわゆるこれも擬態の一環! 学校で最後に恋人っぽい所を見せておけば……。

(……って、そんなことをしたら、梶原、ますます由佳に告白しなくなっちゃうかなあ……)

もう本当に、早くあそこでまとまって欲しい。鳴海に引導を突き付けて欲しい。未練がなくなれば受験勉強一本に絞れるのに、梶原がまだ鳴海と契約を続けていることで、鳴海が宙ぶらりんのまま何処にも落ち着くことが出来ない。

(……仮にも恋人なら、受験勉強しててもチョコ渡したって疑問に思われないかもしれない……。これを渡して、契約の仕事は終わりにしよう……。そんで、梶原にはっぱかけておこう……)

鳴海はクロピーの入ったチョコレートのアソートボックスを手に取った。

果たしてバレンタインデー。流石の受験期真っただ中だから、浮ついた空気は何処にもなかった。ただ、梶原も栗里も、後輩たちからはロッカーにチョコレートが届いていたり、休み時間に呼び出されたりはしていた。

「一、二年は呑気で良いねえ……。このピりついた空気の中、チョコの話題とかよく出せるなあ……」

呆れかえってそう言ったのは香織だ。確かにそうかもしれない。鳴海は鞄の中に忍ばせてあったクロピーのアソートボックスに意識を向けた。

こんな受験一色の空気の中、こんなものを渡して呆れられたらどうしよう? いやいっそその方が未練が切れて良いのか? ぐるぐると悩む鳴海の視界に廊下を行き過ぎる梶原の姿が映る。それだけで胸の奥がツンと痛んで、鳴海は手をぎゅっと握った。

(……もうあとちょっとしか、あの顔も見ることが出来ないのか……)

居住区で通学の決まる小学校中学校と違って、高校は卒業したら同窓会などのイベントがない限り、別れた人とは会えない。鳴海と梶原はそもそもお互いが擬態して高校生活を送る為の共同戦線を張っていただけで、文化祭の時にクロピーオタバレしている梶原の残る課題は由佳に告白することだけだし、告白したら、偽装の恋人なんかの鳴海に卒業してからも会いたいなんて思わないだろう。

うっ、自分で考えてて落ち込んだ。落ち込んだけど、落ち込んで事態が変わるわけではないし、鳴海がクロピーのチョコを渡したって、良くて空き箱のコレクションが増えることを喜んでくれるくらいだろう。

(良いんだよ、クロピーがらみでも喜んだ顔を見せてくれるんだったらさ。……だって私のアドバンテージはそれしかないんだもん……)

そう思って、鳴海は鞄を持って自席を立つと、廊下を行ってしまった梶原を追った。

「か、梶原……っ」

梶原が教室に入る前、鳴海は何とか彼を呼び止めることに成功した。生徒会が代替わりしてから会ってなかったから、正面きって梶原の顔を見るのは久しぶりだ。呼び止められた梶原は、何の用事かとびっくりした顔で鳴海を見た。そんな顔でも見てしまうとどうしても胸がきゅんとしてしまう。……ああ、これは相当重症だ……。そんなことを鳴海が思ってるとも知らず、梶原は鳴海を見つめたまま、そこに立っていた。

(そうだよね、もはや受験生の同学年から今日という日に呼び止められる理由なんて、ないもんね)

「ええと、……一応、年中行事だし……」

そう言って鳴海は鞄から自分で二重にラッピングしたアソートボックスを差し出した。

受験生から放たれる『年中行事』の虚しさな! お正月だって受験勉強してたのに、って話だよ!

と思いつつも、既に梶原がロッカーで受け取ったと思しき紙袋たちの一員に加えて欲しいと思っていると、梶原が目を瞬かせて鳴海とラッピングの袋を交互に見た。

「えっ、なに? チョコ?」

「あー、……うん……。まあ、一応……」

去年チョコを渡した時は感じなかった、照れくささと受験生である背徳感にどきどきしていると、目の前で梶原が大きく目を見開いて、それから包みを受け取ると、中身も見ずに、にこお、と破願した。

(えっ? 中身見ないでそんな風に笑う? あっ、もしや去年の実績があるから、クロピーだという確信を持ってるのか?)

などと鳴海が梶原の破願の理由に混乱する。

「……なんでそんなに嬉しそうなの……」

ぽつりと鳴海が弱々しく呟けば、当たり前だろ、と梶原が受け止める。

「彼女からのバレンタイン嬉しくないやつがいるのかよ」

梶原の口から聞く『彼女』の言葉に心を痺れさせながらも、頭は冷静に状況を把握する。

でもそれは契約上のことで、本当は由佳が好きなんでしょ、あんた。

……とは、他の生徒がいる中では言えなかったけど、複雑な顔をした鳴海の気持ちは分かったらしい。梶原が照れくさそうにぽりぽりと鼻の頭を掻くと、これが一番うれしいよ、ともう一度言った。

「市原からのチョコだもんな。これが、一番。……あっ、でも市原は自分用(・・・)にデパートの高級チョコ買うんだっけな。そっちの方が気合が入ってるか」

ははは、と笑われて、ハッと思い出す。腐女子歴五年の鳴海ともあろうものが、ウイリアムとテリースの祭壇に献上するチョコを、今年は買わなかったのである。

(……っていうか、すっかり忘れてた……)

いくら受験勉強に疲れていたとはいえ、ウイリアムとテリースへの愛が目減りするとは思っていなかった!! ファン失格だよ、私!!

……という一連の脳内パニックに陥った鳴海を梶原はどう思ったのか、市原? と疑問顔しきりだ。

「……買ってないの……」

「は?」

自分用(・・・)……、買ってないの……。……買うの、忘れてた……」

衝撃の告白に、梶原も、えっ? と驚く。

「おいおい、どうしたんだよ、市原。去年あんだけ熱く語ってたお前がよ……」

風邪でも引いたんじゃねーの。熱でもある?

そう言って梶原が鳴海の額に手を触れた。途端にぶわーっと体中の血が顔に集まった感覚になり、一気に体温が上昇した。ぱっと梶原から離れて、額を隠す。

「風邪っていうか、疲れかもしんない! ずーっと勉強一色だったから!」

鳴海の行動に訝しげな視線を寄越しつつも、梶原は鳴海のことを心配してくれる。

「たまには息抜きした方が良いぞ。勉強できるやつって、やりだすと止まらねーの? 俺なんか休憩ばっかだぜ」

「そうだね! これからは気を付ける! じゃ、じゃあ、兎に角用事はすんだから……」

そう言って、梶原の前から逃げるように去る。兎に角恥ずかしさから前を見ずに廊下を走っていたら、ドン! と人にぶつかった。

「あっ、ごめんなさ……、って、なんだ、栗里くんか」

そこに居たのは栗里だった。栗里もまた、ロッカーに入っていたのか、沢山のラッピングされた紙袋を持っている。

「なんだはないでしょ、市原さん。凝りもせずに梶原にバレンタイン? それは自分の気持ちを認めての事? それともまだ演じてるだけなの?」

うぐ。痛いとこ突くなあ。どっちとも言えなくて鳴海が押し黙ると、ホントにさあ、と栗里は呆れたように続けた。

「君たちの関係がクリアに解ければ僕らみんな幸せになれるのに、なんで君たちはそんなに意固地なの」

栗里が言うみんなとは、梶原と鳴海、そして栗里と由佳のことだろう。梶原が恋した由佳と結ばれて、栗里はゲームの延長で鳴海を手に入れる。でも栗里は鳴海が腐女子だという事を知らないからそんなことが言えるのであって、鳴海が腐女子だと知ったら流石に引くと思う。それに鳴海は梶原が解消を言い出すまで、契約を続けたかった。それしか、鳴海に残された梶原とのつながりがないから。

「人の気持ちって、他の誰かが決められるものじゃないし、気持ちによる行動だって、人が決められるものじゃないよ……。私が梶原に最後の一歩を踏み出させることが出来ないみたいに、栗里くんだって私たちの事、どうこうすることは出来ないんじゃないかな……」

「そのいびつな関係を、このままずっと続けていくつもりなの?」

栗里は、在学中だけの擬態だという事を知らない。鳴海は、梶原次第だよ、と告げた。

「私には、どうにも出来ないの。梶原だけが、この関係の舵を切る権限を持ってるんだわ……」

契約でつながった鳴海とは卒業したら別れる。出来れば梶原には、由佳と結ばれて欲しかった。梶原が文化祭の時のような勇気をもう一度出してくれることを願うばかりだ。

窓の外を見る。桜咲く春にはまだ手が届かず、寒々しい桜の枝が北風に震えているだけだった。ぬるむ春に、梶原は桜を咲かせることが出来るのか。鳴海にはもはや祈って見守ることしか出来なかった。


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