契約カップルというもの1
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「ねえ、なるちゃん! 梶原くんとお付き合い始めたってホント!?」
昼休み。鳴海が入学してから友達になった生田由佳とお弁当を食べていると、由佳からそんなことを言われた。
梶原と鳴海の交際は瞬く間に二年全体に広まった、らしい。……もしかすると上級生にも伝わっているかもしれない。なんせ、梶原によく会いに来ていた先輩の数がめっきり減ったのだ。当然、同学年の女子のお呼び出しも減っている。梶原の虫よけとして、鳴海はこれ以上ないというくらい優秀な働きをしていた(ただし、今のところ『付き合い始めた』という事実があるのみだ)。当然、梶原からは裏で感謝されたが、鳴海に対する横柄な態度は変わらなかった。
梶原は、裏の顔さえ知らなければ、明るくムードメーカーでリーダーシップもあり、スポーツは万能、成績中の上、ルックスは野性味あふれるカッコよさ、という男子らしい。鳴海にはその良さは分からないが(だって鳴海にとって推しキャラであるウイリアムとテリース以外は、どんなイケメンだとしても、芋栗カボチャならぬ道端の雑草くらいにしか思えない)、一般的なJKにはモテるタイプの男子だったらしい。品行方正、成績優秀かつ人当たりのいい鳴海はその外面で、周りの女子が好意を持っていた梶原を彼氏にしたにしては、女子特有の嫌がらせなどはなく過ごしていた。それもこれも、梶原が女子たちに後に尾を引くような問題を起こしてこなかったからなのだとは、後から気付いたことなのだが、まあ腐女子生活が長い所為で、普通の男子の気遣いなどに素早く気づく事なんか出来ないのである。
「梶原くん、モテ要素凄いけど、なるちゃんが彼女なら誰しも納得だよねえ。なるちゃんと梶原くんはタイプ違うけど、美男美女で文句なしだし……」
由佳の賛辞に言葉も出ない。主に、裏の顔を知っている梶原への賛辞に対する意味だ。
「そ、そうかな?」
「そうだよ~。だって、今年は梶原くんとなるちゃんが同じクラスって言うだけで、神采配って言われてるのに……。でも、私、なるちゃんのそういう、自分のことを鼻に掛けない所、大好き」
癒し系美少女、という言葉がぴったり当てはまる由香からの言葉に、鳴海も脳内でデレデレした。
「私も由佳の事好きよ。一年の時、総代だって言うだけで遠巻きに見られてたのに、声かけてくれたの、嬉しかったんだから」
鳴海がそう言うと、由佳は、わあ、そうなの? 勇気出して声掛けて良かったあ、などとかわいいことを言った。
(あ~、由佳に彼氏が出来るなら、絶対梶原みたいなあくどいやつは却下だわ~。そうだな、ビジュアルと性格でいったら、栗里とか良いんじゃないかな。あの人だったら由佳のこと絶対大事にしそうだし、やさしくて紳士な感じに見えるから、由佳を絶対不幸にしなさそう……)
鳴海の大事な親友の由佳には、絶対良い彼氏が出来て欲しい。不幸に泣く由佳の顔なんて絶対見たくない。鳴海はそう思いながら、お弁当箱のふたを閉めた。
「市原。ゴールデンウイーク、なにか予定ある?」
契約カップルという事もあり、鳴海は授業後に図書室で少し梶原と勉強会をして、それから一緒に帰っている。使う電車の路線は途中まで同じで、学校から駅まで、そして鳴海が降りる駅までは一緒だ。
そんな帰り道に、梶原がゴールデンウイークの予定の有無を聞いてきた。ゴールデンウイークには鳴海の推しキャラが登場する乙女ゲームのバージョンアップがある。メインイベントはキャラクターたちの新しい衣装とボイスだ。それを逃す手はない。鳴海の家は一般家庭だからお小遣いの額はそう多くない。故に、ガチャに無限に課金は出来ない(まあ、それが良い抑止力になっている。お金があったら無限にお金と時間を費やしそうで、成績を落としそうだから)。
……というわけで、ゲームをプレイする時間さえ取れれば、あとは自由だ。宿題は早めにやるタイプだし、もしや梶原は宿題を手伝わせようというのだろうか?
「夜にならなきゃ何もないわ。なに? 宿題手伝うなら、お互いの駅の真ん中の図書館が良いわ」
「いや、そうじゃなくってよ。デートしね?」
「はあ!? デート!?」
繰り返すが、鳴海と梶原の関係は、契約カップルだ。故に、学校での彼女の素振りは兎も角、学校外で親交を深めるためのデートなど必要ないのではないだろうか? 鳴海が疑問に思っていると、梶原は一般人らしくごもっともなことを言った。
「だってよ、一応彼氏彼女になってるんだから、それっぽい写真とかあったほうがいいじゃん。本当に付き合ってる、っていう証明になるだろ? 証拠だよ、証拠。学校内だけじゃなくて、私服でどっかに行った写真があれば、もう学校内の誰も、俺らのこと疑わないしな」
成程、そう言うもんか。こちとら腐女子歴が長くて、一般人の考えることは分からなかった。そこは素直に反省しよう。
「分かったわ。だからゴールデンウイークに、どっか行こうっていうわけね?」
「そう。お前、どうせそう言う方面全く疎いだろ。俺がきちんとプラン立ててやるから、まあ大船に乗ったつもりで居てくれたら良いぜ」
なかなかどうして、意外と頼りになるではないか。あくどいことを考えなければ、この男、良いやつだな?
「分かった。じゃあ、メッセ交換しとこう」
「おう、それがいいと、俺も思ってたんだよ」
鳴海と梶原はお互いのスマホを取り出して、連絡先を交換した。連絡はその日の夜に来て、東京のテーマパークに行こうという話だった。JRで乗り継げば割と簡単に行けるらしい。
――『女子は普通、こういうの好きだから。市原には分かんないだろうけど』
そうやってひと言余分に付け加えるのは、梶原の癖なのかもしれない、姉ふたりの末っ子で、家族と男友達としか交わしたことのない梶原からのメッセージに付いてくるスタンプは、実に一般的なものばかりだった。これが一般人の作法なのか。鳴海が持っているスタンプと言ったら、『推し、神!』とか『尊い(きらきら)』とかいった派手なアクションのスタンプばかりで、咄嗟に梶原用のスタンプを買ってしまった。鳴海は了承の返事をスタンプと共に送ると、すぐさま『デート 初めて 服装 持ち物』を検索した。現実のイベントに縁がなかった為、いざ行動するとなるとリサーチが必要だ。ヒットした検索結果を熟読して、鳴海は脳内シミュレーションを何度も繰り返した。
そしていざデート当日。JRのターミナル駅で待ち合わせた梶原は、やけに張り切ったいで立ちに見えた。ベージュのロゴ入りTシャツに白の半そでシャツ、黒スキニーはとてもすっきりした高校生らしいコーディネートなのに、スエードコードのリングネックレスとシルバーの半円ブレスレットはいきすぎじゃない? まるではしゃぎ過ぎた男子中学生みたいになってるけど!?
しかし鳴海は事前にデートで男子がどんな格好をしてくる可能性があるか、という事を調べたからそう思うのであって、これが梶原の通常のコーディネートならモノ申すべきところではない。そう言う訳で突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて、鳴海は梶原について歩いて行った。
電車を地元から乗り継いで東京へ。二時間近くの移動時間の間、梶原は一般人のデートについて、講釈を垂れた。
「女は褒められないと不満に思うから最初に服装を褒めようと思ったけど、市原のその服は褒める気にならないな。でも白のレースのカーディガンは良いチョイスだ。男心をくすぐるなら、しおらしい服が良い。まあ俺はお前の服装に何の感慨もないけどな」
梶原が扉の横の握り棒を掴んだ格好で、扉の横に収まった鳴海の服装を評する。このデートが決まって直ぐに調べたデートコーデの中で、手持ちで一番それらしいものを着てきたら、褒めるところカーディガンだけか! まあ、鳴海の手持ちの服だから色気はないと思う。ウニクロの黒の無地のTシャツに、色気のないデニムスカート(ひざ丈)。インナーが黒だから、白の上着が良いと思って中学生の時に誕生日に親から押し付けられた、このカーディガンを羽織って来たのだ。まあ、鳴海も梶原に褒めてもらって嬉しいわけではないから、その辺は良い。梶原は更にデートについてのいろはを並べ立てる。
「女子はかわいいものが好きだ。そして甘いもの、特にパンケーキが好きだ。それを勘案して、俺がお前の為に最高の一般人プランを立てたから、まあ安心してろ」
上から目線なのが気に食わないが、この前授業後にこいつが突如カラオケに行くと言ってみんなを引き連れて行った時も、鳴海の知っているアニソンオンリーのカラオケではなかったから、やはり鳴海には一般常識が欠如しているのだろう。そう思って殊勝に頷いておいた。……内心は、「一般人じゃなくて悪かったわね。私はかわいいものよりBLのほうが大好きだけど? 何ならパンケーキもそんなに好きじゃないけど?」と思っていたけど。
「女子は写真を撮るのも好きだ。直ぐにSNSに上げる。お前、アカウント持ってるよな? 今日写真撮ったら、まずアップしろ。タグも付けろ。パークの名前は必須だ。パークの名前で検索してくるやつもいる。それでイイネが付いたら喜べ。女子は兎に角自分がアップした自分の写真とかわいいものがバズるのが好きだ。『#彼氏と一緒』も付けろ。デートしてる以上、常識だ」
SNSのアカウントは持っているが、それは腐女子アカウントなので、それでも良いかと尋ねたら、馬鹿かお前は、と頭ごなしに否定された。
「一般人に擬態しろ。俺も一緒に載るかもしれない写真を腐女子アカウントに載せるな。サイテーだな、お前」
言われて全く言い返せないので、ぐっと黙る。押し黙った鳴海に、改心したと思ったのか、気を良くした梶原は更に言う。
「今日のデートでは、お前にプレゼントをやる。付き合ってるならお揃いの持ち物が必要だからな。デート先の記念のものなんて、過去を大事にする女子は大好きだ」
いちいち全部心当たりのないことで、ひたすら頷いているしかない。こうして約二時間の間、一般人のデートとは何かという事を頭に叩き込まれた鳴海は、いざ目的地のテーマパークを仰ぐ入り口に立った。その入り口の虹色のアーチには、大きな白い看板に『Sanrino Piroland』とピンク色で描かれた文字がでかでかと主張していた。




