契約カップルということ7
「ごめん! それから、ありがとう!」
「怖くなかった?」
酔った男の人を教師に預けて帰って来た梶原に、由佳と香織が礼を言う。……鳴海は素直になれなかった。
「気にしないでいいぜ。でもおい市原、友達助けたさに飛び出るのは良いけど、酔った男に女一人で正面から行くのはあんまり得策じゃないからな? これからも気を付けた方が良いぜ」
にっと微笑んで、梶原が言う。その時、梶原の手の甲に擦り傷を見つけた。それは由佳も同じだったようだった。
「梶原くん、怪我してるわよ」
「ああ、さっき市原の手を引いたときに抵抗されて、あいつに引っ掻かれたんだな。大丈夫だ、ほっといても治るぜ、こんな擦り傷」
なんてことないように梶原が言う。でも、これから片付けもあるし、当たったら痛いと思う。
「梶原、保健室で消毒してもらいなよ。由佳、付き添ってあげて?」
「えっ? なるちゃんが付き添えばいいんじゃない?」
この後の梶原のキャンプファイヤーに望みを繋げようと思って鳴海が由佳に梶原を託そうと思ったのに、そうか、由佳は鳴海と梶原が付き合ってると思ってるから、自分が適役じゃないと思ってるわけか。やっぱりこのまま黙ってると、梶原に不利になるだろうな。梶原、それで良いの? 良いわけないじゃん……。
「梶原。絆創膏あるから、貼りなよ」
鳴海はそう言って、以前梶原と一緒に行った限定企画で買った絆創膏を取り出した。シールを剥いでぺたりと腕に貼る。
「ははっ、クロッピかよ」
クロピーを貼られたことに、なんの抵抗も示さないのか。悔しくて鳴海の口はへの字になる。
「良いでしょ何でも。傷に当たらなければ」
鳴海の言葉に、梶原はサンキュ、と笑った。
鳴海はクラスのアリスカフェのウエイトレスの順番を終えた由佳と一緒に中庭に来ていた。中庭の中央ではバスケ部の青空舞台が繰り広げられていて、そこそこ賑わっていた。その隅で、鳴海は由佳に話し掛けた。
「私さあ……、ずっと由佳に言ってないことがあったんだよね……」
ちらり、と由佳の反応を見る。由佳は首をこてん、とかしげて、鳴海の様子を見た。ああ、かわいい。クロピーにでろでろになってる梶原には絶対もったいないけど、さっきの梶原はかっこよかったから、それだけでも由佳に釣り合うと思う。
「なあに? 大事なこと?」
「……うん。……私、梶原と付き合ってることに、なってるじゃない?」
「? うん? 急でみんなが驚いたよね。でも、今では学校中の皆が知ってるよね」
「うん、それなんだけどさ……」
言っちゃって、良いかな。でも、言わないと絶対、梶原が後悔するよね……。鳴海は腹をくくって口を開いた。
「それ、さ……。嘘なの」
「……? …………え……?」
「お互いに事情があって、付き合ってるふり、してるの……。でも、由佳には、言っておかないと、後悔するなって思ったから……」
後悔? と由佳が問うた。
「……私に、……嘘ついてたってことを? でも、事情があったんでしょ? 二人にしか分からない事情なら、私が知らなくても仕方ないし、そのまま隠してることも、出来たんじゃないの……?」
確かに事情があった。でも、今、その前提が崩れようとしている。
「うん、確かに事情があったの。でも、梶原が変わって来てるから、それなら、もう隠してる必要、無いかなって思って……」
「? ……分からないけど……。……でも、私にだけ、言う理由があるのね……?」
「……うん」
「じゃあ、私も他の誰にも言わない。秘密は、三人で守っていこうね」
にこっと、由佳が笑った。由佳の、相手に誠実であるところ。こういうところ、好きだなあ……。そして、きっと、梶原も、そう言うところに気が付いたから、好きになったんだろうな、と思ったら、親友を誇らしく思った。
午後三時になった。この時間からは朝から投票が受け付けられていた、東林高校ミスコン、ミスタコンの結果発表の時間だった。全校生徒が講堂に作られたステージ周りに集まり、その結果発表を楽しみにしている。既に10位から4位までは発表されていて、香織は5位に入っていた。何気に人気あったなあ、『TAL』の話を全開でしてたのに。
(……ということは、オタトークと人気・信頼は関係ないってこと?)
それでも鳴海の脳裏には中学時代の暗黒の歴史が蘇った。あんな風に男子に蔑まれ、親友まで失う事態にはなりたくない。特に由佳は、萌えを抜いても鳴海の心のオアシスでもある。彼女に嫌われるのは嫌だ。
(それにしても、梶原は馬鹿なことをしたわ……。まあ、由佳があんまり気にしてないのは良かったけど……、取り返しのつかないことになったら、どうするつもりだったんだろう……。まさか、告白もせずに卒業しちゃうつもりなのかしら……)
それなら話は分からないでもないが……。そう思いながら壇上の発表を見守る。もう次は2位だ。
「ミス・東林第二位は~……、3年C組の生田由佳さーん!」
鳴海と由佳の周りで、わあっ、と歓声が起こる。驚いている様子の由佳が、ぱちぱち、と拍手に見送られて、迎えに来た進行役に連れられて壇上に上がった。上位のミス東林は同位のミスター東林から花を貰う習慣(今年は梶原のごり押しで花冠になった)だが、なんとここで、ミスター東林の2位が居ないことが発覚した。
「ええ~……、非常に珍しい事態が起こっております……! ミスター東林第1位は、同票2名です!! よって、生田さんへの花冠の贈呈は、1位の方のどちらかからして頂きます! それでは1位の方のお名前読み上げますので、壇上へお越しください! まずは~……、3年F組の栗里孝也くん! そして、3年A組梶原敦くん! おめでとうございます!」
おお~っ、と講堂にどよめきが響き渡る。梶原はスポーツマンであるし行動力は抜群だから人気があるのは分かるし、栗里は鳴海に見せたチャラい所がなければその面と物腰柔らかな所作で東林の王子的存在であり、3年にも後輩にも信者は多い。なるほど、この二人は決着がつかなかったのか。壇上に上がった二人はいがみ合うように笑っていて、これは決着をつけておいた方が良かったのではないかと思った。
「そして、ミス東林の第1位は、3年C組の市原鳴海さんです! おめでとうございます! 壇上へお越しください!」
鳴海の周りがわあっとわく。ええっ、当事者になってみると意外と恥ずかしいものだな。由佳が動揺しながら壇上に上がって行ったけど、今、由佳の気持ちが分かったわ。
迎えに来た進行役と壇上に上がる。まずはミスコンのたすきを掛けられ、そして花冠を貰っていない由佳と一緒に並ぶ。司会が梶原と栗里に花冠授与を促した。
「え~、梶原くんと栗里くんは生田さんか市原さんに花冠を授与してください!」
すると進行役が持って来たピンクと黄色の花冠を奪い合って、言い争いが起きた。
「梶原は生田さんが好きなんだろ? だったら市原さんに花冠を贈るのは僕だ。もう茶番劇は終わりにしなよ」
「なっに言ってやがる! 市原は俺の彼女なんだよ! そんなの全校生徒が知ってるぞ! 俺が生田を好きって、そんなの何処から出た話だよ!」
あああ、梶原が建前と本音の間で揺れている。だから早く告白しちゃった方が良かったのに……。
鳴海がおろおろと見守る中で、栗里がさっと黄色の花冠を奪って鳴海に素早く被せた。
「お前はちゃんと心の声と向き合えよ、梶原!」
そして上位入賞者だけが歩く花道を、栗里が鳴海の手を引いて歩き出す。
「ちょちょちょ……」
焦る鳴海に、ランウェイを堂々と歩いていく栗里栗里が声を掛ける。
「市原さんも、もうあんな奴に付き合うことないんだよ。あいつとの茶番に付き合うくらいなら僕に全てを委ねておきなよ。僕は本気だよ、ずっと前からね。もし僕を選ばないなら、自分に正直になったら?」
栗里が鳴海に本気? そんなの信じられるわけがない。今だって、梶原に見せつけたいだけで鳴海の手を取ったんだろうし、それには梶原は由佳が好きなんだろう? という気持ちも籠っている筈だ。それを本気だなんて、思えない。それに。
自分に正直に……。そんなの、……出来る筈がない。梶原を想えばその隣を由佳に譲るしか出来ないし、性癖については中学時代を繰り返すのは嫌だ。今、こうやって黙って栗里に手を引かれているのが一番いい選択なのだ。栗里が鳴海のことを本気で好きでないから、鳴海もまた、この手を振り払わずに済んでいる。梶原と由佳のランウエイは、真実、全校生徒に祝福されるべきものなのだ。
壇上を振り返ると、梶原が照れくさそうに由佳にピンクの花冠を被せ、その小さな手を取ったところだった。二人は微笑みあい、本当のカップルのようだった。梶原は最初の印象とは違って、クロピーを理想とする、正義感が強くて女子を引っ張って行けるかっこいい男子だ。由佳にも申し分ないと思う。
(これで良いのよ……。梶原にも由佳にも、幸せになって欲しいもの……)
二人がゆっくりと花道を歩き出す。ピンクの花が揺れる由佳と、嬉しそうに手を繋ぐ梶原の様子を見て居られなくて、鳴海はそっと視線を外した。
……その様子を、由佳が眩しそうに見ていた。
外部公開の時間も終了し、今は校庭で催しに使われた部材などを燃やしてキャンプファイヤーを行っている。その周りで生徒たちが各々に過ごしながら、次第に暮れ行く夕陽の中で一組、また一組と男女が固まっていき、火の明かりが届くところはカップル、陰になっているところは独り者、という図式が出来上がるのだ。これは長年のキャンプファイヤーを経て、自然発生的に生徒がそう行動してきたことが今ではジンクス化して、日向ものか、日陰ものか、の違いが来週からの学校生活に大きく影響する。
生徒会室で返却された備品のチェックをしていた鳴海は、ぼんやりとキャンプファイヤーの明かりを窓の外に見ている梶原に声を掛けた。
「……行かなくて良かったの?」
鳴海の声掛けに、梶原ははっとした顔をして、そして顔を取り繕った後、何のことだ? と言った。
「誤魔化しても分かるわよ。……梶原、由佳のこと、まだ好きなんでしょう? キャンプファイヤーで、日向ものにならなくて良いのか、ってことよ」
ズバリ言うと、梶原は、いいんだ、と言って首を振った。酔っ払いには強く出られるのに、好きな子相手だと、こんなにヘタレなのか……。まあ、恋すると人は弱くなるよね、分かる分かる。大体の二次創作で、恋した途端にそれが本人にとって弱みになっちゃってるんだよな。其処を相手がどう落とすかというバリエーションが揃っていることで、二次創作はそれが萌えなんだけど……。鳴海は言葉を続ける。
「由佳はあんたがクロピーの言葉を言ったのを、あんまり気にしてないみたいだから、もう言わないと後悔するだけになるよ? クロピーが好きでも流してくれる由佳って、心が広いじゃない。ミスタコンでランウエイ歩けたたからって、あれは生徒全員の持ち上げ企画なんだから、ちゃんと由佳に言わないと駄目だよ。後悔してからじゃ遅いのよ?」
梶原に言っておきながら、鳴海の心臓はずきんと痛んだ。いやいや、ここは梶原と由佳で収まるべき。
「良いんだよ、俺は。もう生田に何を言うのも遅い」
そんな状況に、自分からしたんじゃないか。それでも由佳は流してくれているんだから、由佳のやさしさに頼るべきなのではないか?
「それより、お前は良いのかよ」
「は? 何でここで私の話が出てくんのよ?」
「腐女子ってこと、隠しっぱなしだろ。みんなを騙したまま、卒業して良いのかよ」
うぐっと鳴海は言葉に詰まった。梶原はあの時どさくさに紛れてゆめかわオタクを、半ば公言したことになるから、急に諭すようなことを言ってくるんだな。まあ、周りがあんまり引いてないから言葉を流されている感はあるけど、ここまで隠し通してきたことを、自らの口で発言したのは凄いと思う。しかし、梶原が隠し続けてきた理由が、鳴海が中学時代に受けた仕打ちより酷い、だなんて、誰が分かるのか。ましてや、鳴海の黒歴史はまだどくどくと血を流している。卒業式の決意は、あの時のままだ。彼氏と笑って卒業とはいかなくなるけれど、一般人として、寂しくない卒業式を迎えたい。東林には未だ沢山の友人が居るし、中学時代の誰にも振り向かれなかった卒業式よりは、楽しく卒業式を迎えられるはずなのだ。
「いいの。私は擬態して卒業式を迎えたいのよ。あんな辛い思いは、もうまっぴら。それよりあんたよ。由佳と仲良さそうにランウエイ歩いてたじゃない。なかなか悪くない感触だったと思うけど?」
どんなにおだててもはっぱをかけても、梶原は良いんだと言うばかりで、ここまで条件が整っていながら告白できない梶原を、鳴海は呆れた目で見た。
「梶原がそんなヘタレだと思わなかったから、てっきり卒業までの何処かで告白するつもりなんだとばかり思ってたわ。言っとくけど、由佳には『付き合ってる振り』だってこと、言ってあるからね?」
「は!? なに勝手なことしてんだよ!!」
「だって、其処までヘタレだと思ってなかったんだもの。だからあとは、梶原がどう行動するかだけよ」
鳴海はそう言って生徒会室を出た。
なんだか胸の奥が痛い。こんなシーン、二次創作であったなあ、なんてぼんやりと考えた。




