契約カップルということ6
微妙な雰囲気でお茶を終えたから、このままデートは終わって帰るだけなんだと思った。それなのに、梶原は鳴海をシンバルニアの店に誘った。こんな微妙な空気なのに、梶原はクロピーに新しい家具を見繕いたくて仕方ないらしい。鳴海のこの気持ちなんて伝わってないんだな、と思うと、寂しかった。でも、もともと鳴海と梶原は契約でつながった関係なだけだから、梶原が鳴海の気持ちを汲み取ってくれないからと言って、文句を言う筋合いはない。鳴海はあれこれとクロピーに家具を選ぶ梶原に付き合った。
「このベッドとかよ、割とシンプルであのクロッピに合うと思わねーか?」
「うん、そうだね」
「この端の水色のラインが、クロッピのお腹の色にぴったりだよな」
「うん、そうだね」
何を言われても、平常心を保って返事を返すだけで精いっぱいだった。梶原が鳴海を見るとき、脳裏にはさっき、二人でベッドに倒れ込んだ時の、鳴海の顔を覗き込むようにして見てきた梶原の顔を思い出してしまう。
かああ、っと頬が熱くなったのを自覚した。それなのに、梶原は鳴海の隣で平気な顔で家具を選んでいる。……全くの空振りなのは理解しているのに、それでも鼓膜の奥で打ち付ける心臓の拍動はどうにかならないものなのか。意味がないことに振り回されるのは嫌なのに……。鳴海は小さくため息を吐いた。
翌日登校した梶原は、昨日の写真を見ていた。クロッピの姿をした自分と、キッティの姿をした市原の写真。市原の企画は梶原のハートを打ち抜いた。梶原にクロッピを堪能させてやろうという市原の気遣いが心に染みた。この感謝を……、梶原の気持ちをどう伝えたら良いものか。頭を抱えて唸っていた梶原に声を掛けた人が居た。
「梶原くん、おはよう。なにを頭抱えてるの?」
生田だった。その微笑みで梶原を安らがせてくれていた生田の天使のような雰囲気は今日も変わらない。はよ、と挨拶を返す梶原のスマホの画像に気が付いた生田が、あっこれ、と指摘した。
「これって、限定企画のクロッピとキッティの衣装だよね? すごい、こんな衣装があったんだ~」
「そうなんだよ、市原が見つけてくれてさ」
何気ない会話のつもりだった。しかし生田はぱちりと瞬きをした。
「? なるちゃんが梶原くんの為に見つけたの? なるちゃんが自分の為に見つけたんじゃなくて?」
ハッとした。今、自分は迂闊なことを言ってしまったのではないだろうか。市原に振り向かれなさすぎとはいえ、気を抜きすぎた。……というか、此処まで市原がきっちりと契約を守ってくれていたからこそ、梶原はオタバレしなくて済んできたのだ。ぱちぱち、と瞬きをする生田にどう答えようか悩んで、腹をくくった。男ならクロッピを目指すべし。だったら、すべきことはただ一つ。Do my ideal、だ。
「じ……実はよ、……俺、……く、クロッピが好きでよ……。……そ……っ、それで……、……」
小さな声はスマホを置いた机に落ちた。しかし生田は静かに黙って梶原の告白を聞いてくれた。そして梶原を罵るのではなく、
「そうなんだ~。クロッピ、かっこいいもんね。子供の時は、クロッピが夜に駆ける王子さまみたいに見えた時もあったよ。梶原くんにも、そんな風に見えてたんだね」
微笑んでそう言って、梶原のオタク魂を認めてくれた。心がふわっと軽くなる。……もしかしたら、言ってしまえば『ただの趣味』なのかもしれない。言わなきゃ、分からない。子供の頃と、今とでは、周りの環境も違うから……。
みるみる勇気が湧いてくる。梶原は咄嗟に生田の手を握った。
「生田、サンキュー! 生田のおかげで、俺、吹っ切れそうだ!」
「う、うん? ……なんだか分からないけど、役に立った? のなら良かったわ」
そう言ってにこりと微笑む生田はやっぱり天使だ。天使に諭されて、梶原の胸の内が固まっていく。
「よし!」
生田の手を放して、ぐっとこぶしを握る。
「生田。今のことはまだ、誰にも言わないで居て欲しい。俺がずっと隠してきたことだから、絶対自分からみんなに言いたいんだ」
強い眼差しで生田を見ると、生田は微笑みで応じてくれた。
「うん、言わない。約束守るね」
にこりと微笑む生田を前に、梶原はひとつの想いを、心に秘めた。
*
東林高校の文化祭は十一月に行われ、生徒会執行部のその期の最後の仕事となる。文化祭が終われば、生徒会選挙が行われ、つまり、その年の文化祭の出来が、そのままその期の生徒会の成績となるのだ。梶原と鳴海は今までよりもいっそう真面目に取り組んだ。外部にも公開される東林高校の文化祭は、この地区では一番賑やかな文化祭だった。
造花で飾られた看板の掲げられた校門を入ってすぐの所に、校内パンフレット置き場。昇降口にはバルーンアート。各クラス、各部活ごとに出し物があって、鳴海たちのクラスは女子受けを狙ってアリスカフェを催していた。他にもお化け屋敷だの、ダーツ広場だの、寸劇会場だの、環境保護啓蒙活動だのと、催しだけでも多種多様で、生徒も外部来訪者も何処を見ようかと選ぶのに苦労する。その上、午後からは招待バンドやミスコンミスタコンまで開かれる。鳴海たち三年生は高校生活最後の思い出作りに必死だ。
「女王さま、そろそろ退店のお時間です~」
来客を赤の女王に見立てて接客するスタイルのアリスカフェは、その内装からSNS映えを狙った女子たちに大うけだった。教室内を水色の布と風船で飾って、テーブルクロスなどのファブリックを白にし、その端っこに手芸店で売っているトランブ柄のワッペンを張り付けた。勿論、ファブリックだけにとどまらず、壁にはトランプの衛兵が追いかけっこをしているさまの影絵を模して、切り抜いた黒い紙人形にフラッグガーランドの上を歩かせた。フラッグガーランドは勿論水色と白のトランプ柄である。
教室の一角をフォトスポットとして別で仕立てて、ドレープたっぷりの水色のカーテンと、ガラスビーズのシャンデリアライトの空間の中で模型の林檎をもって写真を撮れるようにしてある。
結果、カフェもフォトスポットも待ち行列が出来て、鳴海たちは大忙しだった。
「カフェでお待ちの、9番10番さま~。お入りください~」
「フォトスポット、次、4番の方、お待たせいたしました~」
フォトスポットには次々と人が吸い込まれていき、カフェスペースからは目と胃袋を満たしたお客が出ていく。列に並んでいる生徒や来訪客はみんな楽しそうで、頑張って準備してきた甲斐があるというものだった。
「なるちゃん、時間、時間!」
鳴海が白兎姿で列整理をしていたところだった。由佳がエプロンを付けたアリスワンピース姿で鳴海を呼びに来た。
「あっ、もうそんな時間?」
鳴海はこれから生徒会執行部として校内の見回りがある。教室内に設けたバックヤードに戻って白兎の被り物を脱ぎ、ブレザーを着こむと、『生徒会執行部』という紺色の腕章を着けた。生徒会室で、既にカフェから引いていた梶原たちと巡回範囲の確認をする。
「俺は校外を、清水は一階、栗里は二階、市原は三階で良いな」
「間違いないわ」
「腕章、これで大丈夫ですか?」
「『生徒会執行部』の文字がちゃんと見えてればいいんじゃない?」
お互いに身なりを確認して、三十分程度で担当区域を見回ってくることを確認する。その際に問題があれば、教師を呼ぶ手順になっている。
「よっおーし! いざ出陣! 皆のもの、無事帰還せよ!」
なんで急に時代劇なの。でもそういう意気込み方が、梶原らしかった。
校内は賑わっていた。食品を出すクラスから香る良い匂い、お化け屋敷のクラスから聞こえる笑いと混じった悲鳴、子供たちを集めて簡単な楽器を作るワークショップをするクラスから聞こえる子供たちの賑やかな声。どこもかしこも楽しそうで、その基盤を生徒会の活動で支えられたという思いが、鳴海の心を満たしていた。しかし、気は抜けない。時々文化祭を楽しむのではなく、生徒や来訪者にいたずらをするために訪れる輩が居るからだ。此処まで見回った限りではそう言う輩は見つからなかったけど、巡回範囲を一巡してしまうまでは気を抜けなかった。去年は三年のクラスの前で幼児の迷子が発見されており、親子で見に来ている人たちにも安全な文化祭を届けたかった。
賑わっている廊下を生徒や来訪者を避けて歩く。その時。
前方から、キャーという女子の叫び声が聞こえた。歓声というよりは悲鳴。何かあった、と察知して鳴海は廊下を走った。人だかりをかき分けていくと、廊下の真ん中で由佳と香織が顔の赤い男の人に絡まれていた。……手に、缶ビールの缶を持っている。酔っ払っているのだ。
「なんだ、あんたたちクラスの出し物の客引きしてたんだろ。俺も入れてくれって言ってんだよ」
由佳と香織の二人はアリスブルーのワンピースに白いエプロンをし、『どうぞお立ち寄りください』というプレートを持っている。
「あの……、今、教室は満席で……」
「みなさん、並んでいただいているんです……」
「客引きしてんのに部屋に入れないってどういうことだよお!?」
こわごわと由佳が応じると、男の人は声を荒げた。酔っ払いの所為で、辺りが騒然としてしまっている。こんな行為で三年生最後の文化祭の思い出を汚させたくない。鳴海はそう思ってその騒動の中に割って入った。
「すみません。此処は高校です。学生が沢山居る中にお酒を持ち込んでもらっては困ります」
本当は、こんな風に女子に対して威圧的な男の人に立ち向かうのは怖かった。でも、何より由佳と香織が絡まれているのが、我慢ならなかったのだ。
こういう時、二次創作なら此処にさっと主人公が登場して、わき役を助けてくれるものなんだけど……、そう思いながら赤い顔をした男の人と対峙した。
「なんだあ? お前……。……あ~、なるほど生徒会ってやつかあ。じゃあ、お嬢ちゃん、俺をその権限で、つまみ出しとくれよ。おてて繋いで、さあ!?」
ぐい……っと手を引かれた。流石にぎょっとして身を固くしたけど大人の男の人の力は強かった。
引っ張られる!
そう思った時に、シュっと何かが擦れる音がしたかと思うと、引かれた手首を引き抜き、肩を庇ってくれた人が居た。
ハッとして体温の主を見ると、梶原だった。
「飲酒行為は校内で禁止されてます。生徒会会長の役目として、校外へ出て行ってもらいます」
鳴海が目を丸くして見上げた梶原は凛々しかった。まるで一年の頃に鳴海に見せていた……、そして今でも鳴海以外にはそう見せているであろう、リーダーシップ溢れるスポーツ万能な生徒会長の梶原の顔だった。
「なんだあ!? お前は!!」
「生徒会長として、校内の安全を確保するため、あなたには校外へ出てもらいます。ご一緒いただけますよね?」
にっこりと、怖い笑みを浮かべながら酔っ払いに対して梶原が言う。赤い顔をした男が腕を掴んだ梶原に対して暴れ出したのをいなして取り押さえた様子を、騒ぎを覗きに来たワークショップに参加していた子供が見て、はしゃいだ。
「すげー! おにーちゃん、かっこいー!」
すると梶原は、子供に向かってにこっと笑顔を向けると、親指を立ててこう言った。
「Do my ideal!」
にこっと子供に笑いかける梶原は、正義の味方かな? まあ、由佳が居るからカッコつけるわよね、と鳴海が理解すると、子供が嬉しそうに叫んだ。
「あっ、クロッピだ! どぅーまいあいでぃーる!! ぼく、じゅくでならったよ!!」
ええええっ!! 梶原っ!! こんな公衆の面前で性癖公開してどうすんの!!
鳴海が焦って目を見開いたのに、梶原は満足そうに微笑んでいる。
「そうか、少年。お前もクロッピを見習って、立派な大人になれよ!」
「うん!!」
少年と梶原の間に何やら友情が芽生えているが、鳴海はそれどころじゃない。今までひた隠しにして来たゆめかわオタクを自らばらすって、どういうこと!? しかも今は由佳だって居るのに!! あわあわと鳴海が泡を吹きそうになっているのに、梶原がすっきりした顔をしているのが気に食わない。
「……っ」
なによ……。なに、急に悟ったような顔、しちゃってんのよ……。こっちは今まで、一生懸命……。
なんだか悔しくて負けたような気持ちになる。騒ぎを聞きつけて周囲に集まって来ていた生徒たちのうち、ピーロを知っている人たちには、子供の「あっ、クロッピだ!」の言葉で、梶原がクロッピについていくらか知っていることはバレてしまったであろうに、そんな清々しい笑顔を振りまいて……。
……なによ……。私が腐女子を隠してることが馬鹿みたいじゃない……。私だって、本当は晴れ晴れとみんなで『TAL』のこと、話したいのに……。
それでも。どんな契約上の彼氏であっても、卒業式まではちゃんと鳴海の彼氏を演じてもらわないと困る。だって、鳴海は今でも契約上の約束を守っているのだから。




