契約カップルということ5
そして日曜日。梶原を連れて鳴海が降り立った駅は、ピーロランドの最寄り駅ではなく、東京ベイエリアのホテル前の駅だった。梶原はその部屋に入った時、声にならない感嘆の声をあげた。
「…………っ!」
「どう? 凄いでしょう?」
ふふふ、と鳴海は梶原の反応に大満足だ。梶原の目の前には、ピンクと水色に彩られた壁紙を含むファブリックや備品、アメニティは勿論のこと、ピーロランド特性の各キャラのぬいぐるみが揃えられた、豪華なゆめかわワールドな部屋だった。
クイーンサイズのこのラグジュアリーな部屋を、このホテルがピーロランドとコラボしてイメージアップさせ、この部屋でお茶が出来るという企画が、ネットに載っていたのだ。絶対梶原が喜ぶと思って予約したが、肝心の梶原は、よろ、よろよろ、と部屋の中に入っていき、部屋の隅々までに施されたゆめかわグッズを視覚から触感から堪能していた。
「すっげ……。すっげ、すっげ、すっげーよ、市原……!!」
声が震えているのが分かる。それだけで鳴海はやり遂げた気持ちになった。……が、本題はこれからだ。
「ここでね、アフタヌーンティーが戴けるんだけど、そのコンセプトが『あなたもピーロキャラに! 特別なお洋服で召し上がるピーロアフタヌーンティー』っていうやつでね……」
鳴海は梶原の目の前でクローゼットの扉をバッと開いた。其処にはピーロの各キャラが歴代着てきた衣装の人間版が揃い詰まっていた。……勿論、クロピーが主役となった、あの皇子ロリータの服もある。鳴海はハンガーに掛かっていたクロピーの洋服を取り出して、梶原に見せた。
「これ!! クロピーのあの時の服よ!! 梶原、クロピーに憧れてたんでしょう? もうクロピーになっちゃいなよ!!」
「!! !! !!」
梶原は最初の一瞬驚いた顔をして、それから、ぱああああっ、と感動に打ち震えた、きらきらした目をした。……そう、クロピーを尊敬していることを熱く語ったあの時の梶原と同じ目だ。
「なれる……のか……!? 俺が、クロッピに……!?」
「なれるんだよ!! なっちゃおうよ!!」
鳴海はクロピーの衣装を梶原に充てて、姿見を見させた。鏡に映った梶原の目が喜びで輝いている。ほっぺたが興奮でつやつやとしている。ああ、この部屋を予約して、本当に良かった。こんなに喜んでもらえるなんて。
「ほらほら! 着替えて来なよ!! バスルームがバスとシャワーと洗面が全部別だし、すごい広いから着替えなんて平気だよ!!」
そう言って梶原にクロピーの衣装をハンガーごと持たせ、バスルームへ追いやった。うふふ、上手くいったわ。梶原、凄く感動してくれた。鳴海はホクホクとした気持ちでいっぱいだった。
梶原が着替えている間、鳴海も見物がてらクローゼットの衣装をまじまじと見た。凄いなあ、これ全キャラの歴代の衣装って、作るの大変だっただろうなあ。でもあのランドには結構なコアファンも居るし、こういう衣装は今回だけじゃなくて、いずれ何度か使われて行くんだろうな。こんな、ホテルとコラボとかではなくて、それこそランドでキャラになり切れば、着ぐるみとお揃いツーショットとか出来るし、そうしたらお客さんも喜ぶんじゃないかな。女子は変身願望が強いみたいだし、今までピーロがらみで梶原といろんなところへ行ったけど、何処でも女の子たちがかわいくおしゃれしてて、そういう意識は高そうだ。
などと考えていたら、バスルームのドアがかちゃりと開いた。着替えてはすルームから出てきた梶原は、黒の皇子ロリータに身を包み、どこか緊張した面持ちで鳴海の前に姿を現した。しかし流石ピーロランドコラボ。あの時のクロピーがそのまま再現されていて、光沢のある黒の身頃も、金の縁取りも、細かな細工の施されたボタンやチェーンも、首元と胸元に堂々輝く青のビジューの色の深さも、本物そっくりだった。隣にキッティの王女服を着た由佳を並べても遜色ないほど、梶原は皇子になり切っていた。
「おおっ、梶原、すっごくイイよ!! クロピーそのものじゃん!!」
そう言って梶原をもう一度姿見の前に立たせた。やや緊張気味の梶原は、黒の皇子ロリータに身を包み、その姿を姿見で確認した。
「あと、これを被って完璧にクロピーだね!」
そう言って鳴海が梶原に被せたのは、きらきらのスワロフスキーで出来た王冠。あの展示会でクロピーの像が被っていた王冠だ。
「……!!」
目を瞠って鏡の中を凝視する梶原に満足した鳴海は、早速アフタヌーンティーを届けてもらおうと、フロントに連絡しようとした。……と、その手を梶原が止めた。
「? 梶原?」
「……、……お、……おまえも、きがえろ」
「は?」
言ってる意味が分からなかった。鳴海が着替えてどうしようと言うのだろう。鳴海は梶原をクロピーに仕立て上げたかっただけなので、これで目的は果たせてしまったのだ。
「お前も着替えろっつってんだよ! じゃねーと、写真が撮れねーじゃねーか!」
「あ、……あーあ、そゆこと……」
一人のクロピー姿の梶原を撮っても良いけど、それだと梶原がクロピー好きだとばれてしまう。この前栗里たちに鳴海がピーロ好きだと言ってある手前、鳴海が着替えないと梶原は自分の写真が撮れないのだ。それは失念していた。なにせ鳴海は梶原をクロピーにしたくて仕方なかったのだから。
「分かったわ……。テキトーに着替える……」
しゃーない、テキトーに探すわー、と言いながら鳴海がクローゼットを開けるのを、梶原がかぶりつく勢いで取って代わった。
「おっまえ、このクロッピと一緒に写るんなら、あのキッティしか居ねーだろ!! これだっ! これを着ろっ!!」
梶原がクローゼットから抜き出したのは、鳴海の覚えていない、あの企画の時のキッティの衣装らしかった。ピンクで白いレースとリボンが沢山ついた、如何にもお姫さまチックな衣装だった。正直、げんなりである。
「こーゆーのはさあ……、由佳みたいな子が似合うのよ……。私じゃないと思うわー……」
「し……っ、仕方ねーだろ!! 俺の彼女はお前なんだから!!」
梶原の、「俺の彼女」という言葉に、一瞬息が止まってしまった。え……っ、と梶原の顔を見ると、はっと気付いたようで、
「だ、だってそうだろ! 一応、ピーロ好きの彼女のお前が俺を連れまわしてる、って設定なんだから……」
としどろもどろ応えた。まあそうだよな。それ以外に鳴海にこの衣装を勧める理由がないよな。ちょっと気にしすぎてしまった。ホントは梶原がこの衣装を着て欲しいのは、きっと由佳だ。
「しゃーない、着替えるわ……。ちょっと待ってて」
おう、という返事を聞きながら、衣装をもってバスルームに入る。洗面台の横にあるきれいな脱衣籠の中に衣装を置いて、じっと眺める。
(いや……、似合わないって、これ……)
最初のデートで梶原に私服を酷評されて以来、少しずつ衣服を揃えたけど、流石にこんな色の物は持たなかった。色味を合わせることも苦手で、持ち物が示す通りグレー系が多かった。あまりに正反対すぎる。
「……はあ……」
ため息が出ても許して欲しい。これを着て梶原の横に立ったら、ますます由佳との差を感じてしまいそうだ。それでも役割として着ないわけにはいかず、鳴海はピンクのフリフリ衣装のボタンを外した。
かちゃりと扉を開けてバスルームを出る。クロピーの衣装に身を包んだ梶原がソファに座ったままこっちを見て、そして少し目を見開いたのが分かった。
(似合ってないよな……)
そう思って、この場を笑いにしようとした。
「いや~、やっぱ私、ピンクリボンフリル、ってガラじゃないわ~。なんかピエロみたいだよ」
そう軽口をたたいて、ははは、と笑う。それに対して梶原が、食らいつくように叫んだ。
「な、何言ってんだ! めちゃくちゃ似合ってるって! ちょっとびっくりするくらい似合ってるって!!」
あまりにも真剣な顔をして叫ぶもんだから、鳴海はちょっと面食らってしまった。
「え……っ? かじわら……?」
「あ、……いや……。そ、その衣装を着ると、誰でもキッティになれるんだな、……って思っただけ……」
あっ、なんだそうだよね。真面目にこの衣装が鳴海に似合ってるなんて思ってるわけじゃないよね。流石衣装の力は凄いなあ。
「はは……、お世辞でもありがとう。今度何かピーロのコスプレ企画があったら、由佳を巻き込めないか、考えるね」
「い……、……いや。俺は……、べ、別に、生田を巻き込もうなんて……」
そう言って梶原は真っ赤になった。
おやおやどうした、恋するDK。もしかしてこの衣装を着た由佳を想像しただけで、頭がショートしちゃったのかな。ホントに梶原は由佳のことが好きだなあ。だったらこのまま契約を続けていたって、梶原の気持ちは由佳に誤解されたままなんだから、ちょっと胸は痛むけど、おぜん立てをしてやったほうが良くない? と鳴海は考えて、契約のことを由佳に打ち明けようと決めた。煮え切らない梶原だって、告白しないまま卒業することはないだろう。その時に、由佳に鳴海が梶原の彼女だと思われていると、由佳に誤解をされかねない。それは避けたい。
「あはは。だって由佳と写真撮れた方が、梶原だって嬉しいでしょ。何とか考えてみるから、まあ任せといて。それじゃあ、さっさと写真撮って、フロントにお茶運んでもらえるよう電話しよっか」
鳴海が言うと、梶原が耳を赤くした。いいねえ、恋するDK。全く素直で羨ましい。鳴海は内心ため息を吐きながら、コンソールテーブルに乗った電話の受話器を取った。けれど、それを梶原が止めた。なんだ? 豪華なティーセットたちと一緒に優雅なお茶風景の写真を撮りたくないのか? そう思ったら、梶原は鳴海の、受話器を取ろうとした手を握ったまま、全く見当はずれなことを言った。
「せ、折角だからよ、もう、ちょっと……ゆっくりしねーか? その……、……あの時のクロッピとキッティみたいに……よ……」
はあ? この企画はあくまでも梶原にクロピーになり切りをさせて、満足してもらうための企画であって、そこに鳴海と一緒にゆっくりするという案は含まれていなかった。クロピーになり切っただけでは満足しなかった? やっぱり由佳を巻き込んだ方が良かったのか。鳴海の脳内は、完璧な計画から逸脱しようとする梶原の考えが分からなかった。
「……かじわら?」
梶原が鳴海の手を引く。キッティのフリフリの洋服はボリュームがあって、梶原のいざないの邪魔になった。クロピーの衣装を着た梶原が、大きなソファの前に鳴海を連れてきて、多分、座らせようとする。なんで鳴海に対してそんなことしてんだ、この人。そんなことを思っていた、その時。
「うおっ!」
「わっ!!」
ゴン! ドサッ、ボフン!
コンソールテーブルとソファの間にあったソファテーブルの脚につま先を引っ掛けてしまい、梶原が鳴海の手を握ったまま、ベッドに倒れ込んだ。
握った手をそのままに、梶原が鳴海の手をベッドに縫い付けていて、梶原の顔を、真正面に見た。……梶原が、真上から鳴海を見つめている。梶原は、驚いているのか、鳴海をベッドに押し倒したまま、微動だにせず、目をまん丸く見開いたりしたままだった。
なに? これ。なにこれ、なにこれ? 何が起こってるの? これは?
鳴海は自分の身の上に起きたことを整理できないで居た。真上から鳴海の顔を覗き込んでる梶原の凛々しいこと凛々しいこと。皇子衣装も相まって、その姿は鳴海の心臓を打ち抜いた。えっ、これ、神作家さんが描いたウイリアムとテリースの告白シーンにあったよね? えっ? でも、梶原が私にそんな気なんて一ミリもない筈だけどな??? 多分、梶原も、今何が起こったのか、分かってないと思うんだけどな???
(えっ???)
二人同時に思ったことだった。という事は、二人同時に。
「わあっ!」
「ごめん!」
二人して相手から跳び退る。……と言っても、鳴海は退路があるわけではないので、ベッドに張り付いていて、梶原がベッドから跳び退ってずり落ちた。ゴン! とソファテーブルの角に腰をぶつけて、いてて、なんて言ってる。
……何だったんだ、今の空気……。まるで……、まるで……!!
いやいや、そんなの思い違いだから。梶原の想い人は由佳だから。今のはなんか、気の迷い。うん、絶対そう。
すーはーと深呼吸をして冷静になる。腰を打って床に座り込んでいた梶原を笑って、鳴海は手を差し伸べた。
「折角の皇子衣装が台無しだよ、梶原。さっさと写真撮って、お茶しよ」
梶原は鳴海の手を取ってくれた。……顔は見てくれなかったけど……。




