オタクというもの8
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今日も今日とて図書室での勉強会からの帰り。電車に乗っているときにお互いの推しについて話すのは、もう日課になっていた。
「見てくれよ、このクロッピの生き生きとした顔! あのコラボ企画からクロッピがこんなに幸せそうな風景に居る写真を見られるようになったんだ! 俺は最高に幸せだ!」
梶原がスマホに表示させて鳴海に見せたのは、皇子ロリータの衣装を着たクロピーのミニチュアぬいぐるみが、カントリーかわいい衣装家具の展開で知られるシンバルニアファミリーのかわいらしいメルヘンチックな家の中にいる写真だった。今、SNSで、クロピーの華麗なる変身を遂げたフィギュアを使った写真投稿が相次いでいるそうだ。中でもこうした、かわいらしいディテールの背景雑貨や、ちょっとしたお茶会などのセッティングをされた背景の中に溶け込む皇子ロリータのクロピーが増えてきたのだと言う。勿論これらの写真に写っているミニチュアぬいぐるみは、この前の限定企画で販売されていたマスコットだ。
「あの限定企画は此処までクロッピの地位向上に益したんだな。俺もあんな変化を遂げるとは思ってなくて、今でもSNSでこんなにたくさんのクロッピたちが見られることが、夢のようだと思ってるんだぜ? いや、何度もほっぺたつねってるから夢じゃねーけど、でも今まであまりにも人気がなかったから、俺は嬉しくってよお」
スマホを持つ手が震えているのは、嬉しさでなんだろうな。わかるわかる、推しが陽の目を見ると、推してる自分たちが認められたような気持ちになるよね。分かるわー、その気持ち。
「ってことで、俺もクロッピのいい(・・)写真を撮りたいと思う。そこでだ。市原に是非頼みたいことがある」
「……また、どっかに付き合えって言うの……?」
今までの鬱屈を晴らすように、梶原は鳴海を自分の推し活に活用していた。まあそれは契約の内容に含まれているから仕方ないけど、ギブアンドテイクのバランスが偏り過ぎじゃない?
それでも、きらきらとした期待の目で鳴海を見てくる梶原を見ると、同じオタクとして嫌とは言えなくて、結局は頷いてしまう。ああ、私ってお人よし……。
そんなわけでまたしても週末に梶原に付き合って東京に来ている。いざ参らんと見上げた店舗は、ミニチュア家具のディテールで知られた、シンバルニアファミリーの店だ。此処へ出入りする客も、やはりピーロランドと変わらず女子子供が多い。梶原がちらちらと鳴海を見るので、仕方なしに鳴海が先導して店に入った。
「うっわ、すっげ……」
感嘆の呟きを発した梶原と、同じ感想を盛った鳴海は、この小さな家具たちに数多の女児子供の夢が込められているのだなあと知る。確かに課題図書だった赤毛のアンではこういう木のぬくもりを大事にした家具が使われていた記憶があるし、カントリー家具というジャンルは乙女チックな少女漫画に出てくることを知っている。
「俺もあの限定企画で買ったけど、クロッピのミニチュアぬいぐるみが手元にあるからこそ、皆がシンルバニアの家で遊ばせたりできるようになったんだよな~。でもシンルバニアの家や家具を俺が一人で買いに行くと変な目で見られるから、市原が居てくれてすげー助かる!」
そう言って嬉々として売り場を見て回り始めた梶原に、鳴海はついて行くだけだ。
「まず、個室が欲しいよな。そうすると、ベッドと机と椅子。後はライト。白木のこういう家具が、この衣装のクロッピにぴったりだぜ!」
鞄から出したクロピーのミニチュアぬいぐるみを、陳列されてある部屋や家具と照らし合わせて次々に腕に抱えていく梶原を見て、鳴海もふと並べてある家具などを見てみた。王宮住まいのウイリアムは、いつも大理石の柱とふかふかの絨毯、そして滑らかな肌触りのベッドに囲まれている。テリースも王宮の一角に与えられた自室で、同じような待遇を受けている筈だ。あまりにもレベルが違い過ぎてお話にならない。しかし。
「私の推しカプはこんなメルヘンな家には住まないと思うけど、これが唯一の家だと言われたら、やむなく居住するかもしれないし、私も推しカプの愛の巣があるというだけで、心は薔薇色に満たされるから、悪い提案ではないわね。しかし、梶原がシンバルニアを買い漁ってる事実からは、三次元には興味ないけど、私たちの場合は私が攻めで、梶原が受けに決定としか言えないわ……」
「だから俺のクロッピ(推し)は愛の巣とか必要ないし、息するように俺たちでそう言うこと考えんの止めろ!」
苦々しい顔で鳴海を見る梶原に、しかし罪悪感は覚えない。
「だって、己を顧みてみてよ。シンバルニアの家具を腕一杯に抱えてんのはあんただし、私はいわば梶原の保護者よ」
「保護者とか言うな。腐ったものの見方しか出来ねーやつがよ。お前も童心に帰ってみたらどうなんだよ。少しは清い気持ちで推しのこと見れるんじゃねーの?」
梶原に言われて改めて陳列棚を見る。メルヘンな家具。手仕事の跡が残るファブリック。どれもこれもが王都に住まうウイリアムとテリースには似合わないが、もし彼らが不意の暇に地方の湖畔の別荘などに赴いたらどうだろう……?
(は……っ、意外といけるかも……!! 年老いた夫婦が管理する別荘に、愛し合いながらも王宮では身分差からなかなか親密な関係になれないウイリアムとテリースが愛を語らうには、緑豊かな湖畔の別荘なんてうってつけじゃない……!!)
一度妄想が始まると止まらなかった。二人で見上げた星空はどんなにきれいだっただろう。王宮での執務をこなすウイリアムがふと見せるやさしい眼差しを、木のぬくもり溢れる部屋で受け止めたテリースは? 暖炉の火が灯るあたたかい部屋で二人ソファに座ったりして、普段隣り合って座らないテリースが緊張しているのを、やさしく肩を抱いてウイリアムが引き寄せて……。それで? それで??
(ああっ、素敵だわ!! 貴族のウイリアムには木の部屋なんて似合わないと思ってたけど、意外とイイかも!!)
無言の鳴海に梶原は、少しは清い心になっただろ、と鼻息を荒くしたが。
「……梶原、GJだわ……。これからは田舎暮らしのウイリアムとテリースにも萌えられる……」
「そっちかよ!!」
梶原のご期待には添うことが出来なかったが、学校を離れた場所での会話は、二人の間に解放感をもたらし、意外と推しが一緒でなくても居心地がいいものなんだな、と思えるようになってきていた……。




