オタクというもの7
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冬休みが明け、街は一筋バレンタインモードになる。鳴海は毎年自室のウイリアムとテリースの祭壇にデパートの限定高級チョコを供えている。限定高級チョコでないと『TAL』の世界の二人には相応しくないし、打算で言えば、後々自分が食べるのだから、美味しい方が良いという理由である。
……というわけで、バレンタイン直前の日曜日のデパートのチョコ売り場という過酷な戦場で見事戦利品を勝ち取って来た鳴海は、ふと気が向いて寄り道をした。
寄り道の先はピンクと水色の看板のかかった、ピーロショップだった。相も変わらずここは女子子供が多い。っていうか100%じゃん? と思いながら店内に入ると、それは店頭の目立つところに陳列されていた。……言わずもがな、ピーロキャラの形をしたチョコレートのアソートボックスである。
……そう、梶原に、アクキーのお礼にチョコをあげようと思いついたのだ。そもそも梶原と鳴海の間のギブアンドテイクでは、鳴海のギブが多くなっているが、そういうのとは別に、すっごく欲しかったアクキーを、手練れの技で見つけてくれた梶原へのお礼をしたくて、思いついたのだ。
(だって、すっごくすっごく嬉しかったし、梶原のこともちょっと見直したから、そういう意味も込めてというか……)
要は感謝の気持ちである。沢山ギブしたからって、人間、謙虚な姿勢は忘れてはいけないのである。
そんなわけで色々あるアソートボックスを一つずつ丁寧に見ていく。どれもキッティやシナロールが入っていて、そのほかの三体分がよりどりみどりになるように作られている。流石サンリノ、キッティとシナロールは外せないっていうことを、マーケティングで知っているんだな、等と感心している場合じゃない。売り場をじっくり探すけど、クロピーの入ったアソートボックスだけが出てこないのである。
(ちょっと待って。これは流石に想像してなかった……)
いくら日陰ものとはいえ、キャラクターとして売り出しているなら、アソートボックスに入れられても良さそうなもんである。その気配すらないという事は……。
(ク、クロピー、可哀想……)
あまりの境遇に、ちょっと涙ぐむ勢いである。その時。
「ママー。あたし、クロッピのはいってるやつ、イヤー。ポヨポヨプリンの入ってるのが良いー」
幼稚園児だろうか? 女の子が手に持っていた緑色の箱を棚の一番すみに戻した。こっ、このすき間がクロピーの入ったアソートボックスの場所だったのか……!! あまりに隅っこ過ぎて分からなかったよ!!
そんなわけで、鳴海は無事(在庫限りっぽい)最後のひと箱をゲットすることが出来た。フィルムの張られた箱をまじまじと見ると、クロピーはこの前のイベントで披露した皇子ロリータの格好をしていた。よしよし、これでアクキーのお礼が出来るぞ。梶原はあの催しでクロピーが皇子になってたことを大層喜んでたから、メーカー側の采配にも喜ぶだろう。そう思って胸躍らせて帰宅した。梶原が、このアソートボックスを見てどんな顔をするのかな、と思ったら、明日渡すのが楽しみだった。
翌バレンタインデー。学校中がそわそわと浮足立っているのが分かる。鳴海といえば、小学校中学校時代は言わずもがな、一年生の時にもこの行事に関係がなかったからスルーで居たけど、こうしてみると、いかに今日という日に想いを掛けている子がいるかという事が分かる。朝、登校すると既に戦いは始まっていて、ロッカーに手紙つきのチョコレートが入っていたり、中庭に呼び出されていたりする男子があちこちに居た。
(知らなかったわー。これはもう、学校行事というべきではないの?)
などと思いながら鳴海は靴を履き替えて教室に向かうと、教室の前では栗里が女子たちに囲まれていた。
おお、流石優男王子。おそらく去年もこんな情景が繰り広げられていたんだろうなあと思うが、まあ鳴海の知ったことではない。スルーで教室に入ろうとすると、女子に囲まれていた栗里が鳴海に声を掛けてきた。
「市原さん、おはよう。今日は何の日だか知ってるよね?」
「知ってるけど、それがどうしたの」
栗里のこの現状を見れば、忘れていたとしても思い出すだろう。それが分からない程、鳴海は馬鹿に見えるのか。そう思ったら、栗里が、僕の分はないの? と問うてきた。
「は?」
「だって、その赤いリボン、チョコでしょ。同じ生徒会執行委員同士、義理チョコでもないの? って聞いたんだけど」
「なんで栗里くんに義理チョコあげなきゃいけないのよ。そんなにたくさん本命チョコ貰ってる人が」
「やだなあ。沢山の本命じゃない子の本命チョコ<<<<<<<<<本命の子の義理チョコ、だよ。そのくらい分かるでしょ」
なに言ってんだか。鳴海のことを狩りのように思ってるくせに、いけしゃあしゃあと、よくそんな都合のいいことが言えるなと呆れてしまう。冷めた目で栗里を見ると、鳴海は栗里を突っぱねた。
「悪いけど、本(推)命以外にお金を積む気持ちはないから」
梶原のチョコは謝礼のつもりだからノーカンだ。
鳴海はそう言って教室に入った。自席に着席すると、さていつこのチョコを梶原に渡そうかな、と考えるが、ラッピングがピーロの包装紙なので、人の目があるところは駄目だ。となると、帰りの電車の中か。それまで梶原の喜ぶ顔が見れないのはつまんないけど、梶原の擬態を守るためにも我慢することにした。
「……梶原、それ凄いね……」
帰りの電車の中で、鳴海は梶原の持っている紙袋の数々を見て言った。どれもこれも可愛かったり高級そうだったりする、チョコの入った紙袋だ。
「去年よりは減ったぜ、市原のおかげかな」
「あれっ? 梶原、チョコ嫌い?」
自分の持っているチョコを渡しにくくなる話向きで、ちょっと鞄を小脇に抱えてしまう。
「嫌いってこともないけど、こんなにも食べねーから、どうしたって母親に譲ることになるんだよな」
あっ、よかった。嫌いではないのか。であれば。
「そっか。あの、えーとさ……。みんなみたいな、カッコイイものじゃないんだけど、この前のアクキー、めちゃくちゃ嬉しかったから、……私からも、お礼も兼ねて……」
そう言ってそっとアソートボックスの包みを取り出してみれば、ラッピングで中身が分かったのか、梶原が目を輝かせた。
「えっ? まっじ!? えっ? もしかしてクロッピ居る?」
「うん。そういうのを選んだんだ」
「うっわ、マジかよ、めちゃくちゃ嬉しい! 俺みたいなやつが一人では買いに行けないんだよな、ああいう催し」
「うん、確かに女子率100%だもんね」
見て良い? と嬉々として言うので、抱えているどのチョコの紙袋よりも、鳴海の渡したアソートボックスを気に入ってくれている様子が嬉しくて、どうぞどうぞと促した。
丁寧にラッピングをはがして出てきた箱は蓋の部分に中身が見えるようにフィルムが貼ってある作りになっており(流石キャラクターものを扱う店のチョコレートボックスである)、キッティやシナロールと共にチョコレートボックスの中に鎮座していいるクロピーは、材料がチョコという事もあって、艶やかな体をしていた。ほんのりピンクに染めたホワイトチョコを小さな楕円に切り取ってほっぺたに載せていることで、クールなクロピーに愛嬌が生まれる。その様を、梶原は舐めるように見ていた。
「皇子に格上げされたクロッピじゃねーか! そうだよな。バレンタインと言えば女子のイベント。その中に自分が混ざってるのが、照れくさいんだろうな、クロッピは。そんな男気なところも良いぜ、クロッピ」
ブツブツと感想を述べる梶原は、その顔面の良さがなかったら、周囲が引くれっきとしたオタクだ。鳴海が脳内を駄々洩れにしないのに比べて、梶原は脳内の感動が口に出やすい。それもこれも、今までため込んできた分かと思うと、むげには出来ず、こうして彼の言い分をうんうん、と言いながら聞いてやるのがもう当たり前になって来た。
「サンキュー! 市原! これ、クロッピコレクションの中に飾っとくわ!」
「いや、普通に食べて欲しい。傷むから」
「なんでだよ! クロッピの頭を齧るなんて、俺ぁ出来ねーぞ!?」
アソートボックスを死守するように鳴海に噛みつく梶原に、頭痛を覚える。
「冷静に考えてよ、梶原。そんなにクロッピコレクションを増やしたいなら、私、また付き合うから、それ(チョコ)は賞味期限内に食べきって欲しい」
鳴海の言葉に梶原はさめざめとアソートボックスにほおずりする。
「クロッピ……。俺の中で永遠に生きていてくれ……」
いや、大袈裟だな。たかがキャラクターを模したチョコレートだよ?
鳴海が諭すと、梶原は鳴海に食って掛かった。
「お前、自分が推しをかたどった菓子を貰ったらどうなんだよ!? ぜってー、食べられねーだろ!? っていうか、今日だってお前の推しの何とかっていうキャラクターのチョコ、絶対買ってんだろ! お前にはそれを食う勇気はあるのか!?」
「いや別に、これまでもコラボカフェとかでキャラのプリントされた板チョコとか食べてきたし。食材としてキャラが提供されるなら、それを食品廃棄に回すんではなくて、己の中に取り込むことの方が、よっぽど推し活だよ。それに私はウイリアムとテリースにそんなやっすいチョコを献上する気はないからね。ちゃんと祭壇にデパートのチョコイベントの高級チョコをお供えしたわよ。勿論後日食べるために、私のお気に入りの味のやつをね」
ふふん、と勝ち誇った鳴海の言葉に梶原は、それが究極の推し活というものか……、と項垂れていた。そういえば梶原はコラボスイーツバイキングでクロピーの写真ばっかり撮って、スイーツ自体は鳴海が食べてたことを思いだした。あれはスイーツが嫌いだったわけじゃなく、クロピーを食することに抵抗があったのかと思い出す。
「兎に角それはたんなるチョコレートなんだし、永遠の命じゃないんだから、どうすべきかは分かってるよね?」
鳴海の言葉に、再度梶原はさめざめと頷いた。




