第八話 旅の始まり
一
「よし、行こうか!」
チェックアウトを終わらせた緑さ……リョクがこっちに来る。
「ごめんね、色々手続き任せちゃって」
「しょうがないでしょ、君は何も知らないばかりか無一文なんだから。私がやるしかないでしょ」
まぁ実際そうなのだけど、気持ちの問題というやつだ。
「そう言うリョクはお金大丈夫なの?」
「私には三年もあったんだ、金の心配はしなくていい」
「まるで無限に金が振り込まれるみたいな言い方だけど……」
いつまで旅するかも分からないのに、悠長じゃないのか? 俺がそう疑問に思うと、明快に答えてくれた。
「トッキョ」
「へ?」
「魔法学と現代の知識をいくつか組み合わせて、魔法関係の特許取ってるんだ。定期的に私のところにライセンス料が振り込まれてくるよ」
いかにも中世といった世界には似つかわない特許という響き。この人の言うことにはずっと驚かされっぱなしだ。でもそんなことより、記憶を活用してちゃっかり儲けてるのが羨ましい。
「リョクが先に転移しててよかった。助かるよ」
嫉妬心を飲み込んで言うと、目の前に渾身のドヤ顔がやってきた。お世辞でも言わなきゃよかったと後悔する。
『リュウノスケさん、ミドリさん、まだ居ましたか』
突如脳内にメッセージが響く。まだ慣れない。振り返ると、赤毛のモンスターがいる。確か名前は、ミュラーだったか。
『どうした? 将軍様がこんなところまで?』
『お渡ししたいものがありまして』
昨日の様子、将軍とリョクが呼んでいるところを見るに、立場的には王の次でもおかしくないが、ですます調で話している。俺への扱いも同様だったから、誰に対しても丁寧な方なんだろう。
『リュウノスケさん、昨日はお疲れ様でした。疑うようなことを言って申し訳ございません』
『いえいえ、そんな』
空から降ってきた怪しい異種の知的生命体を警戒しない方がおかしい。もし政治中枢に関わっているなら尚更だ。
『それで、何の用だい?』
『これを届けに、王からの手紙と、その他支援物品です』
そう言って、ミュラーさんが虚空から紙を取り出す。ものを収納する魔法なのだろうか。リョクも昨日使っていたな。
『どうぞ』
『……読めない』
『あっ』
「あはは、そりゃそうだ!後で代わりに読んでやるよ、ふふ」
なんかツボに入っているリョク。言語魔法ではないのでキョトンとしているミュラーさんを見てさらに笑ってた。
『……まぁ手紙は後にして、これもどうぞ』
そう言って渡されたのは、剣だった。
『俺、これで戦うんですか? 嫌なんですけど』
『そうせずに済むのが一番ですが』
そう言ってミュラーさんは俺の目をみる。彼の目は猫のような目をしていた。
『旅の中で凶悪なモンスターに出くわすリスクもありますし、王国魔法開発局の局長がいるとなると盗賊に襲われるかもですし』
『聞いてないんですけど、リョクがそんな重役なんて』
そう言って彼女の方を振り返ると、
「うにゅ?」
非常にウザい顔をしてスッとボケてた。
『彼女には苦労させられますね』
『えぇ』
『ちょっと、か弱い乙女にその扱いはなんだね!』
『そういうところですよ』
ため息をついてから、ミュラーさんが切り出す。
『最後になりますが、王はあなたに勇者の素質を見出しました』
『はぁ』
『へぇ』
俺たちの反応は鈍い。
『勇者って?』
『モンスターたちに伝えられている人間の救世主だ。詳しくは後で説明する』
『……その言葉の重みも次第に理解するでしょう。ただ、これだけは断言できます』
そうして猫のような目をさらに鋭くしてこちらを見る。
『あなた一人の行動で世界が動き始めます。それが人類の滅びか、モンスターの滅びか、はたまたどちらもか。それはわかりません』
いやいや、重いですって。俺まだ十五歳の若者ですよ。そんなの急に言われても……
『心得ました』
うん、即決しちゃった。
『脅すようなことを言って申し訳ございません。良い旅を』
『相変わらずお節介だな君は。まぁいい、行くぞ』
そう言って、俺たちは立ち上がって出口へと向かう。
『どうか、お気をつけて』
優しい言葉が、むしろ不気味に脳に響く。
二
大戦争があった。
人もモンスターも大勢死んだ。
ある日、人が王都に漂流してきた。
彼は助けてくれたモンスターに恩を返すため、モンスターと共に戦った。
彼のその腕の前に、敵はいなかった。
『大洪水』にも勇猛に立ち向かったその勇者は、代償としてすべてを失い、彼は人の元へ帰ってしまった。
彼が忘れても、我々は忘れることは無い。
三
昨日の夜も同じように神話の朗読を聞いた気がする。あの時聞いたものはお伽話のようだったが。
「王は、『君はこの歴史の続きを紡ぐものなのかもしれないな。とりあえず勇者の祠に向かってくれ。そうしないと何も始まりすらしない』だってさ。呆れた」
今、俺たちは王都の中央の通りを歩いている。大勢の人、いやモンスターが通過しているが、話し声は一切聞こえない、足音しかない、異様な光景だ。音の情報は思ったより大事だ。
「呆れたって?」
「何千年も前の神話なんかを鵜呑みにして、君に勇者を投影している。そのうち彼らは君自身なんか見向きもしなくなって、君の能力だけを見るようになるのだろうな」
「大袈裟な、そもそも俺に勇者の素質があるのか? というかそもそも勇者ってなんだよ」
「神話にもあったように、とても強い力を持ちモンスターに協力したとされる人間のことだそうだよ」
話をまとめると、勇者は『大洪水』(昨日聞いた昔話における蒼の霧と同一のものらしい)を食い止めた代償に、記憶を無くしたとされている。その勇者がもう一度この国へ戻ってきた、と王は考えているそうだ。
「普通ならありえない話だね」
「でもこの世界の人は不老。一応筋が通らなくはないのか」
「That's right! この世界にも慣れてきたじゃん」
急に英語になってリョクが言う。確かに筋は通ってはいるが明らかにありえない。ほんの少しだけ残った現世の記憶が、そんなはずがないと主張してくる。
「確かに馬鹿馬鹿しい」
「そうなんだ。けどね……」
そこでリョクは区切って、ふと真面目な顔になって口を開く。
「君に与えられた能力が、その勇者と同じなんだ」
「なんの能力? と言うかそもそもそんな力与えられたの? いつ? どこ……」
「一旦言語魔法の接続を切ってくれ、いや最初から使ってはないと思うが、念のため確認してくれ」
どうやら万一にも聞かれては行けない話をするようだ。俺の左隣に立った彼女が俺の耳に手を当てる。
その次の発言は、何故かよく聞き取れなかった。
「君の能力は、♋︎⬧︎⍓︎❑︎⌘︎⬥︎⬧︎⬥︎⌘︎❑︎」




