第七話 不要なもの
一
とおいとおいむかし、あるたからばこがあった。
そのはこは、パンドラの箱とよぶひともいた。あるひ、こうきしんにかられたかがくしゃが、そのはこをあけてしまった。
はこのなかから、バラのようなめがにらんでくるのがわかった。すると、『蒼の霧』がわきだして、そのかわりにときのながれがすいこまれていった。
かがくしゃがこうかいしてふりむいたときには、もうパンドラの箱はとおくへいってしまった。
二
気がつくと夜も更けて、周囲はすっかり静まり返っていた。この世界の住人は、音を立てない。
言ってなかったっけ、と緑さんはあっけらからんとした顔でそんな昔話を語ってくれた。子供に読み聞かせをするような口調で少し癪だったが、悔しくも安心してしまった。
「初めて聞きました」
「私じゃなくても誰か言ってくれても良いじゃないか、王とか」
「人任せにしないでください。いや人じゃないのか」
俺がそう言うと、緑さんはからからと笑いながら、説明してくれた。
「今の昔話の続き。時の流れが吸い込まれてしまったこの世界では、人間は年を取ることがなくなってしまったんだ。いわゆる、不老長寿ってやつかな」
あっさりとそう語った緑さん。俺がまだその事実を受け入れる前に、彼女は朗々と語り始める。
「この世界の人間はね、15になるとすべての老化が止まる。私も君もそうさ、例外は居ない。不思議なことに人間以外の生物は、モンスターは、ふつうに老いて死んでいくのだけれどね」
「は、はぁ」
「もっとも、この昔話そのものが真実かどうかはわからないけれどね。あくまで伝承だから。そもそも内容も抽象的だ」
やれやれと首を振る緑さん。少しうざったい。
そうか、俺は不老なのか、とぼんやり思った。実際どうでもいい、もう何を言われても驚かない。まぁ元の世界に戻れるとなったときには、もう30歳になってるなんてことにはならなくてよかった。
二人で空になったガラスの食器を部屋の外に運ぶ。ドアを開けると外で待機していたモンスターと会釈して、受け取ってもらった。
「語りたいことはまだあるけど、明日に備えて早く寝ようか」
そう言ったのは緑さん。
「添い寝してもいいんだよ? 一人ぼっちで寂しいだろうし」
「結構です」
クスクスと笑う緑さん。そんな感じでお開きになって、ドアノブに綺麗な手がかけられる。
「あぁ、そうだ」
「どうかしました?」
「大事なことを忘れてた」
そう言って緑さんは俺のもとへ顔を近づける。相変わらず距離が近くて、平静を保つのに苦労する。
「私に対して、『です、ます』を使わないでほしい、敬称もいらない」
「それは……」
「昔じゃなくて、これからの話さ。旅の仲間に遠慮は要らないだろ?」
数瞬、考える。確かにそうなのかもしれない。
「でもいきなり名前呼びは……」
「抵抗あるかい? じゃあ、こうしよう」
緑さんは人差し指を立てて言った。
「あだ名で呼ぼう、君は昔、私のことをリョクと呼んでた。私は君をリュウと呼んでた。これからも、これでいこう」
声は弾んでいる。記憶にない筈なのに、どこか懐かしい心地がする響きだ。
「明日からよろしくね、リュウ」
「わかりま……いや、わかったよリョク」
そう言って部屋からでる彼女。一人残された俺は考える。
「ただのクラスメイトなのに、あだ名で呼び合う仲……」
違和感は、三つでは終わらなかった。
三
夢を見た。それだけは覚えている
それだけだった
何故か目元が腫れていた
悪夢だったのかもな
翌朝、起きる
生温かいベッドから出る
これまでのことは全部夢だったと思いたくなる
でも
”これじゃない”ベッドの柄が思い出せない
”これじゃない”枕の硬さが思い出せない
”これじゃない”部屋の景色が思い出せない




