第六話 夕食
一
第三の違和感について思い出したのは、ノックの音が聞こえてから。
「夕食の時間だ。さぁ入るよ!」
「は、はぁ」
緑さんの声。この人やけにテンション高いな。そんなことを考えながら、重い腰をあげる。
「行こうか、ほら立って!」
「へいへい」
けど、案外こういうのも悪くはない。そう思い扉を開ける。緑さんが笑顔で立っていた。最初に会った時とは違い、白衣は脱いでいて、普通のシャツを着ていた。
夕食は、俺の部屋でいっしょに食べることになった。緑さん曰く、モンスターの食事方法は中々にグロテスクで、まだ見るのは早いらしい。
モンスターには口がない、そして耳もない。つまり、五感の中で聴覚に関するものが無いのだ。緑さんがそうやって教えてくれた。
「でも食べるものは同じなんですね。」
「そうだね。味覚は概ね私たちと同じ感性のようだよ」
文化の違いはあるけどね、と言いながら緑さんと一人のモンスターがこちらに向かってくる。ウェイターさんみたいだ。
『こちらが、前菜のウーコンのサラダと』
聞いたことのない植物、やはり異世界ではなけなしの現世での記憶すら通用しないのかもしれない。
『コーンポタージュです』
前言撤回。かなり通用しそうだ。
二
同じ十五の者同士、語り合おうじゃないか、という提案から始まった食事。
「ていうか、俺もあなたも15歳なんですか」
「ああ、そもそもそこからか。そうそう」
「いやまあ、同い年だろうなぁとはなんとなく思ってましたけど」
そう言いつつも、徐々に三つ目の違和感が強化されているのを感じた。
そんな会話を交わしながら、盃を交わす。オレンジジュースだけど。
「いやぁ、旨いね。流石だ」
「ですね」
緑さんは幸せそうな顔をしながらそう言う。実際、美味しいが、それ以上に楽しい。一品一品を食べる毎に、記憶が思い起こされているような気がする。そして現世ではみたことのない食事たち、そしてなにより、緑さん。
「それでそれでね! アンモカリスというモンスターは元の世界のオウムガイと似た体の構造をしているけれど生態は中々に特殊で」
淀みなく話す緑さん。マッドサイエンティストのような、あどけない少女のような、ただのオタクのような。話している内容は正直良くわからない。
でも、あんまり喜ぶものだから、こっちも思わず笑みが溢れる。
「……やはりこの世界にも黄金比の美しさは不変なのは素晴らしいね!」
「緑さんって、饒舌な人なんですね」
「……あ、話すぎた?」
「いえいえ、聞いてるだけで楽しいので気にしなくていいですよ」
そうフォローしたものの、少し顔を赤らめて俯く緑さん。余計なことを言ってしまったか、と思った、その時だった。
「しょうがないじゃん、私はこの世界で三年も待ったんだから」
「え?」
「あ」
うっかり口を滑らした、というように口を手で押さえる緑さん。思えば、最初に会った牢獄でも「三年」というワードは出てきた。もしかして、俺がこの世界に来るまでに緑さんは……?
違和感が、言葉として紡がれた。
「聞きたいことが、あるんですけど、いいですか?」
「……うん」
「えっと、あなたは何者ですか?」
牢獄の時と同じように、彼女の硝子の笑顔が割れた。
三
『こちらが、デザートのジェラートです』
ウェイターが最後の品を運んできて、一礼して去っていった。
「何者、って?」
と、貼り付けた笑顔で言う緑さん。すこしひんやり冷えた空気を感じた。
「緑さんの発言、色々聞いていて違和感を覚えたんです」
「というと? もしや私が記憶喪失の人間を弄ぶような悪人に見えるかい?」
「いいや、そういうわけではないんですけど……」
そんなことをする理由は、この人にはないと思う。そんなことをするなら、この無防備な俺をここまでサポートしてくれていないはずだ。
「じゃあ、何が言いたいんだい?」
「緑さんは三年間この世界で暮らしていたんですよね?」
彼女はこくりと頷いた
「なんで『同級生』が同い年なんですか?」
緑さんは、三年待った、と言っていた。これが正しいなら、緑さんは俺より三年前の世界に転移したことになる。つまり、今の緑さんは18歳のはずだ。つまり、同級生だが同年代ではないという特殊な状況のはず。
逆に緑さんは、その三年も込で計算して同級生と言ったのかもしれない。つまり、元の世界では俺と緑さんは3歳差だ。だけどこれでもおかしい。何故なら最初の牢獄で、緑さんは俺と緑さんとの関係を、クラスメイトと話していた。つまり、俺と緑さんは多分元の世界で同じクラスにいる。
「同じ年に生まれたという意味で同い年という言葉を使っていたとしても。『15の夜を共に飲み明かそう!』という発言に説明がつきません」
「……いや飲み明かそうとは言ってなくね? 未成年だよ私たち」
そう言ってほほ笑んだ緑さんから語られた真相は、俺にとっては異世界転移より受け入れられないことだった。




