第三話 謁見
夢を見ていた。
記号と、数字と、文字情報だけが並ぶ。
それ以外は何もない。冷たく、突き放すような、美しい世界。
一つ、温かいものに触れた。
それは……
一
目が覚める。また視界は暗い。また床に押さえつけられている。大罪人にでもなった気分だ。さっきと違って、左手首に冷たいものが当たっている。恐らく手錠だろう。
もう一つ違うことは。
「聞こえてるかい?」
『聞こえてるかい?』
「……どっちのことですか?」
「その反応なら大丈夫そうだね」
聞こえたのは二つ。一つは緑さんの声。そしてもう一つは、脳に直接響くようなメッセージ。
『これが、言語魔法。モンスターと会話するために必要な、魔法によるコミュニケーション。慣れないうちは混乱するかもだけど、すぐ慣れるさ。どうだい、脳に直接響くようだろ?』
「はぁ……」
『モンスターは音を感知できないんだ。だから魔法を使ってコミュニケーションを取る』
緑さんはそう言って普通の会話から言語魔法による会話に切り替えた。
「聞き取れはしますけど、どうやって喋れば良いんですか」
『話したいことを念じてみて、口を動かさずに。試しに私にやって。考えるな、感じろってやつ』
「そんな簡単に……」
怪しみながら、言われた通りにやってみる。ちなみにこの間ずっと背中を押さえつけられている。
『出来ますね』
『ほら』
出来てしまった。やはり深く考えてはいけないのか。
『ほら、解放してあげて』
『承知』
野太い声のイメージが脳に響く。初めて緑さん以外の声を聞いたな、と思った。次の瞬間、背中を押さえていた力が抜けて、俺は立ち上がった。
二
思い出せそうにないが、こんな光景には見覚えがあるように思う。目の前には、きらびやかなステンドグラスに金銀の装飾が施された玉座、その後ろには巨大な絵が飾られていていたり、とにかく否応なしに宮殿であると自覚させられてしまう。
ただし、玉座に座るのは人ではない。座っていても俺の背を優に超えてしまうような巨体、長く白い体毛、そして神々しさと禍々しさを兼ね備えた角。一応外観は人と同じだが、異種属であることを認識せざるを得なかった。
そしてその玉座の両脇には、多様な姿をした生き物がぞろぞろと並んでいる。おそらくモンスターの貴族なのだろうか、この国の社会制度は良く知らないからわからない。わかるのは、彼らがぼんやりと俺に向けている敵意、警戒心、そういったものが含まれた会話だけ。言語魔法でも、ざわざわしているというのは感じられるんだな、と妙なところで感心してしまった。
『静まれ』
彼はそう言った。これまで聞こえた『声』のなかでも、圧倒的な空気感を持っていた。さっきまでのざわざわとした声―おそらく王の家臣か何かの声なのだろう―も一気に静まり返った。
『余がノイマン王国の王、フェルディナント二世だ。君たちヒューマンからは魔王と呼ばれている。好きに呼べばいい』
この魔王が、手術前に緑さんから聞かされていた王様なのだろう。
『君についてはある程度話は聞いた。記憶喪失らしいな。安心してくれ。そのような者に細かい礼儀作法を求めるほど酷なことはしない。楽にしてくれ』
声色は優しく、しかし有無を言わさぬ圧力があった。後ろから、なんとかなるって言っただろ? とささやく緑さんはとりあえず無視。
『御厚意に感謝申し上げます』
『……御託はいい。いくつか質問しよう』
魔王の表情は変わらない。だが、その発言だけでその場の空気を一気に緊張で満たされたような気がする。
『まず一つ』
『はい』
答える俺の表情はだいぶ強張っている気がする。そりゃそうだ、王を目の前にして緊張するなという方が無理がある。
『記憶喪失とは、具体的にどれほどだ』
『……家族などの深い関わりのあった人の名前、顔、声などが、霧がかかったように思い出せないことがあります。ただ、無くした記憶は時系列とは関係がないみたいです』
『というと?』
『最近の出来事も、昔のことも、それぞれ覚えていることと忘れていることがあります』
『記憶喪失にしては思ったより理路整然と話しているな』
その言葉で、疑いを深めたかな、と心配する気持ちが湧く。だが、そんな俺の様子を意に介さずに、魔王は話し始めた。
『二つ目。腕の喪失に心当たりは?』
『ありません』
これは即答した。というか何がどうなれば痛みも違和感も記憶もなく片腕が消し飛ぶのか教えて欲しい。
『三つ目。その二つ以外に何か症状は?』
なんだか魔王が診察をしている医師のように見えてくる。
『何もありません。多分。記憶が戻れば気付くことがあるかもしれません』
『四つ目、これが本命だ』
周囲がまた少しざわつく。後ろから、まだあるのか、と少し驚いた緑さんの声が聞こえた。
『この欠片は何だね』
魔王は少し目付きを鋭くして言った。
三
ありません、と今度も即答するつもりだった。なのに、声がでない。なぜだか見覚えがあるような気がする。そんな俺の漠然とした違和感を見抜いているのかいないのか、魔王は話を続ける。
『これは君が降ってきた時に地上に降り注いだ彗星の欠片。だが何故かどんな力を与えても破壊が不可能なのだ。状況的にも君に関係する物であることは疑いようが無い。繰り返すが、これは何か、教えてほしい』
じっと考える。何を言うべきか、何を言わないべきか。そしてそもそも何が言いたいのか。そうして使い慣れない言語魔法へと出力する。
『見覚えは、ありません』
『記憶喪失で思い出せないだけか?』
『分かりませんが、そうかもしれません』
雲をつかむような俺の返事を聞いて、険しい表情のまま、魔王が欠片を椅子の肘掛けに置いた。では、と彼が言いかけたその時、欠片が動いた。
数秒ほどカタカタと振動していた欠片は、直後光って俺の元へ突進してきた。咄嗟に庇った左腕に欠片が突き刺さる。一瞬、痛いと感じた。




