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その右手に愛を : ReConstructed  作者: 篠ノサウロ
第一章 勇者
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記憶の断片Ⅱ



 制服、これが使われる場はそう多くない。警察、消防、軍隊など、こうして考えると公的な機関での場面が多い。


 例外の一つが、私立中学の入学式の壇上にいる今の俺だ。


「桜のつぼみもふくらみ、ぽつりぽつりと開花のニュースが届きはじめたこの日、私たちは、この学び舎に入学します」


 何が桜だ、スギ花粉が飛び交う季節の間違いだろう、と思いながら、全校生徒の前で紙切れに書いてある文書を読み上げる。学校の用意した文書を読み上げるだけで、もっともらしい顔で感心したように頷く来賓の老木たちは、一体何を考えているのだろうか。


「……1年1組、赤井龍之介」


 もっともらしい顔でおじぎをし、もっともらしい歩き方で壇上を降りたのが、この俺、赤井龍之介だそうだ。この男、首席なんぞに運良く、或いは運悪くなってしまったために、めんどくさい役に任ぜられてしまったそうだ。


 席につき、ぼんやりしてると、入学式は気がついたら終わっていた。退場し、教室へと向かい、それで一度安堵したかと思えば、これからの学校生活の説明がされた。退屈だが、無視するわけにもいくまい。おとなしく聞くとするか、と思ったところで、左側から寝息が聞こえてきた。


 近くにいるなら注意してやろうと思って、左を向いた。すー、すーという音は、一つ席をはさんで鳴っていた。制服のカラーから、女子であるようだ。その位置なら無視を決め込もう、と思ったが、記憶の中の俺は振り向いた首が元に戻らなかった。


 美しい、そう思ったのは確かなのに、なぜだか顔がまったく思い出せない。なぜ美しく感じたのかも、思い出せない。だとしても、間違いなく彼女は美しかった。



II



 チャイムが鳴った。全員立ち上がり、その少女も少し遅れて立ち上がる。今日の時程は午前のみであるため、すぐに帰れる、はずだった。


「□□、君が首□合□□だよね? どこ小?」

「ど□の部□入る? 俺□サッ□□部かな。赤□君は……」

「てか春□課題やってき□? □然終わっ□ない□だ□ど明日□出だよね、てかな□で□□前から課□やらせ□く□ん□よ……」


 せいぜい数日程度だと思うが、どうやら優等生、赤井は大人気だそうだ。地元の公立中学とは違い、県内各地から生徒が集まっているため、ほとんど全員が初対面である。新たに友達を作りたいとなったとき、そりゃ勉強できるやつは一人くらい欲しい。


 俺は、人間関係にとてつもなく受動的だった。積極的に友人を作ろうとはしなかったし、積極的に断ってもいなかった。結果、数人の()()()()()ができた。ともだち、と言っていいのかはよくわからない。


 俺はやっぱり、人間が怖い。


 彼ら数人と雑談してから帰る頃には、18時を過ぎていた。話していた数人はたまたま全員自転車登校だったようで、一人で駅まで歩くことにした。この時期はまだ空も多少明るい。


 一人なことはとてつもなく気楽だ。もちろん人と関わることはある程度楽しいが、疲れる。リスクがある。故に、自ら求めない。これが小学校で培った信条だ。一人で、夕日を眺めながら歩く。平和だ。平和、このように、何事もなく波風立てずそこそこの人生を……


「つまらなくないかい?」

「は?」





 心の内を読んだかのように語りかけてきたのは、どこかで見たことのある女子。縦に線の入ったスカート、黒いブレザーに身を包み、透き通るような声で語りかけてきた。服装からして、うちの学校の人間だろう。


「すみません、どちら様ですか?」

「□□□□□」


 不思議と、そこの声だけぼやけてしか思い出せない。意識すると、顔も全く思い出せない。そんなことは意に介さず、記憶上の俺は会話し続けている。


「あぁ、さっきのガイダンスで爆睡していたあなたですか」

「言い方ってものがないかい? それに昨日は徹夜してたんだ、しょうがないだろう?」

「しょうがないもないです。これからの学生生活においての重要な話なのですから、しっかり聞いてください」


 そう注意すると、彼女は露骨に嫌そうな顔をしながら唇を動かした。


「お堅いやつだな君は、きみ……、ええっと名前は?」

「赤井龍之介と申します。入学式で挨拶したので覚えていらっしゃるかと」

「入学式か、あれも寝てた」


 なんなんだこいつは、と俺は思った。どんな人生を送ればその図々しさが身につくのか不思議だったが、同時にその気ままさに憧れを抱いた。


「貴女はまったく、何がしたいんですか」

「逆に聞くが、君は何か目的をもって生きているのか?」

「はぁ? それは……」


 言葉をつづけようとしたが、無理だった。何を言うべきか、思いつかなかった。なんのために生きているのか、そんなことは当時の俺は考えたこともなかった。


 途方に暮れてしまった俺をくすくすと笑いながら、彼女はこう言った。


「私も君と同じさ。生きる意味なんて知らない。それでも生きている。なら、遊び尽くそうよ」


 その笑みは、天使の救済にも、悪魔の誘いにも思えた。

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