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その右手に愛を : ReConstructed  作者: 篠ノサウロ
第一章 勇者
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記憶の断片Ⅰ

I



 目を開ける、今日という日が来てしまったことにすらうんざりする。パンを食べ、味噌汁を飲み、ランドセルを持って小学校に向かう。誰とも目を合わせぬように、下を向いて歩く。周りの人間全てが悪意を持っているように見える。


 渋々下駄箱のドアを開ける。当然の如く上履きはない。今日はどこにあるのだろうか、女子トイレか、ゴミ箱か、それとも?


 カバンから予備の上履きを取り出す。慣れたもので、我ながら用意周到である。そのまま、みんなが使う階段とは別の、職員室近くの階段を使う。いじめなんて所詮弱者の行いだ。教師の前でやる勇気など、あるわけない。


 朝の会が始まる直前に教室に入る。それより前に入るとターゲットにされるから。


「□行□辺形の面□は□□×高さで□めることができますが、□れはどう□□かというと、二つの□□な三角□が……」


 朝の会が終わり、すぐに授業が始まった。学校の授業は簡単でつまらないが、楽だ。この時間は全てのいじめている輩が席に留まる。普段は世界の頂点に立った気でこっちを攻撃してくるのに、滑稽だ。今のうちに見下しておこう。


「チャ□□が鳴っ□から、続きは□回にし□しょう。給□当番の□はすぐに□備してくだ□い」


 給食だ。憂鬱な時間といえばこれだ。感情を殺して、自分の分を取る。


「俺特製ブレンドだ、たんと味わえよ、haha!」


 人は、基本的に嫌な記憶ほど鮮明なようで、忠実に脳内で再生される。


 味噌汁を白飯にかけられた。これも何度目かわからない。慣れれば案外食えるが、単品で食うほうが美味いに決まっている。


「おぉ、スマンスマンsuman、つい足あたっちまってさ」


「てか、牛乳顔にかかってんの、あれみたいじゃね」


「□射?」


「そうそれ、やっぱガチきもいわこいつ」


 その形容でキモいと形容するなら、そのキモいものはお前らの股間にもぶら下がっているだろう。そんな皮肉を言うことは当時の俺にはできなかった。黙ってティッシュで拭く。なんだかティッシュで拭くことすら何か連想される気がしてきて気分が悪い。


「キモいな、シネヨ」


 シネヨ、という言葉が異国の言葉としか聞こえなかった。



II



 昼休み、急いで図書館に逃げ込む。いじめる輩は学がなく、馬鹿だから、こんな場所には来ない。本当に馬鹿だ、自身が馬鹿だと気がつかない程に。


「暇だな、ここ最近は常に」


 小学校六年の秋、学校生活終盤になって、このときの俺は全ての本を読み尽くしていた。仕方がないので、最近は勉強している。中学受験の勉強だ。これを提案してきたのは両親、公立の学校にいる限りいじめはなくならないからだ。


「算数、はもう大体解けるし、理科社会かな、国語はやるだけ無駄」


 そう呟き、塾で配布された教材を開いて勉強をする。気がつくとチャイムが鳴っていたので、朝と同じルートで教室に戻る。


「やっぱ、無いよね」


 当然の如くランドセルが消えているが、もう色々と疲れているのでガン無視。そのまま今日の授業が終わり、帰りの会。


「えー、□ほど龍□介くんの上履□□隠されているとい□報□□ありま□た。先生、□度も□□□たと思うん□すが……」


 これまた疲れ果てていそうな先生の厳重(?)注意を受ける。大人の事情はよく知らないが、こんな仕事を望んで小学校の先生になったわけではないだろう。当時は、いじめ対策が全て後手に回っている無能だと思っていたが、今思うとだいぶ不憫だし、職務を放棄しようとしないだけネット上に出回るクソ教師エピソードなんかよりはよっぽど上等だろう。


「あのクソ教師、なーんもわかってねえな。俺たちはお前の上履きを預かってやっただけだっての、な?」


 クソ教師と彼らは言うが、まぁ少なくともこのクズどもよりは上等だ。いつもお疲れ様です先生。でもできればこいつらを学校から消してください先生。


「人の許可なく預かるのはなんらかの刑法に違反しないかな?」


 こうやって、いじめられっ子らしくもなく、変に捻くれて言い返してしまうのが俺の悪い癖だった。案の定、彼らには不満そうな顔をされた。


「はっ、ガリ勉かよ、だせー」


「それは置いておいて早く()のランドセルを……」


 また一つ、体の傷が増えた。





 家の中、ピアノの不協和音が鳴り、それに呼応して怒号が飛んできた。


「ねぇ、ママ何度も言ってるよね、なんであなたはできないの!!」


 理由はシンプルである。練習し始めて二日目だからである。それを口に出すと面倒だから言わないけれど。


「あーーーもう!!!!わたしがあなたぐらいの歳のときはもっと……」


 さも自分事のようにキレて、俺を殴った。この母親、ピアノの練習だけなぜここまで熱を入れるのだろうか、理屈がよくわからない。


「……なに泣いてるのよ、龍之介、泣きたいのはママの方よ!」


 間違いなくこっちだろう。


「もういい、今日の練習は終わりにするから!」


 このやりとりの後に、何事もなかったかのように笑顔で夕食を振る舞う母が、恐ろしくてたまらない。いったいどういう脳の働きなのだろうか。


「もう、つかれたな……」


 部屋に篭り、ぼんやりと天井を眺めながら、痛む体をさすりつつ、しばらくの休息をとる。明日世界が終わればいいのに、と思いながら。


 それでも明日は来てしまう。

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