第二十二話 炎の中で
一
ぎいいぃぃい、と音のするドアを開けて、俺たちはとあるカフェに入店した。リョクによると、音が聞こえないモンスターにとっては、このドアのように不具合があっても気がつきにくいそうだ。
「それじゃ、情報をまとめていこうか。『店員さーん、いつものよろしく』」
『……ご来店は初めてですよね? 注文はこちらの端末をお使いください』
などとリョクの無茶ぶりなどのひと悶着はあったが、一応注文は済ませて本題に入ることにした。ただのホワイトボードにしか見えない端末に注文内容を書くと通信されるシステムのようだが、アイドンノーモンスター'sワーズ。ワタシ、コトバワカリマセーン。めんどくさそうなリョクにやってもらった。
例の傭兵モンスターの発言を纏めるとこうだ。
・彼の他にも雇われた暗殺者が複数いる
・雇い主の正体は不明だがリョクの働いていた研究所の元同僚らしい
・その雇い主の目的は復讐(リョクは一体何やらかしたんだよ……)
「あとは、その炎使いの個人情報だけだね」
「そうか、俺は興味ないな」
「だよねー、ちなみにその彼は村の地下牢に放り込んでおいた」
返事をする彼女もめちゃめちゃ興味なさそうである。
「しっかし追われる身という訳か……」
「この世界に来てまだ三日めだというのに、かわいそう」
「標的は黙ってろ」
「辛辣ぅ」
こんな飄々としているリョク、こんな適当な人間が世界最強なら、色々と積もるものもあったのだろうな、と勝手に同情した。
とはいえ、俺はかなり楽観視している。なんというか、肌でわかるのだ。
リョクは強い。
ほとんどこの世界のことも、なんなら元の世界のこともよく知らないが、これは確信できた。いや、むしろ彼女にしか拠り所を求められないから、そういう発想になっているのかもしれないが。
「……なんかヒモ男みたいでやだな」
「ん?」
「頼りっぱなしじゃ悪いなぁってこと。リョクは強いからしばらくは俺のこと守ってね」
「ふふふ、しょうがないなぁ」
リョクがこれまで見せたことの無いような満面の笑みをする。そして気がついた。
この女、ドヤ顔が一番輝いてる。
二
食事を終えて店を出ると、何人もモンスターがいた。魔法言語が飛び交う、が俺にはよくわからない。
「会話内容を暗号化してるんだよ。こーゆーところは人類よりなかなか便利な生き物だ。対象者に確実に聞かれない言葉で好き勝手に陰口を叩くなんて、全人類の夢だろう?」
「流石に主語がでかいんじゃねえかな……」
なんとなく会話をしながら、思考を巡らす。
まず俺。名前と、基本常識(それもこの世界では通用しない)のみを与えられて、記憶を求めて放浪する不審者A。
次にリョク。前述の謎の人間に付き添って職場を放棄し放浪している、俺の彼女を名乗る超強い不審者B。
モンスターから見るとこんな構成に見えるわけだ。そりゃ石でも陰口でもなんでも投げつけたくなる。しかも、敵国の種族と同種族な訳だし。
「……さすがに憂鬱だな」
「さてさて、モンスターから迫害を受けながらの逃避行、なんてのも悪くないんじゃないか、リュウ?」
「まっぴらごめん、平穏無事にやりたいね」
俺のこんなささやかな願い、こんなファンタジックでリアルな世界で、叶うわけがないとわかっていた筈だった。
そのことを思い知ったのは、少し早く宿で眠りについてから。
三
「起きてーほら早くー」
「……」
「……うぉら!」
「ぐえ」
「炎に巻かれて死ぬか、私に殺されるか選ぶんだな、何てね」
脇腹が痛い、蹴られたのか、いや痛い痛いマジで痛い。腹を抑えながら仰向けになると、目線の先にはにやにやしているリョク。直接言ったらもっと痛くなりそうだから言わないけれど、女子の力とは思えない。
「……っえ?」
「見てわかんない? 燃えた! 宿が!」
「は? え?」
「だーかーらー」
「いや聞こえてはいるよ」
聞こえていても、信じたくないものはあるだろ。いやもう信じないでおこう。なんかパチパチ聞こえるし、視界全てが時間帯に合わない赤色だし、四方から熱エネルギーを感じるけれども。
「……認めよう、んで、原因は?」
「知らないけど多分放火」
「ほへー……」
「うん、まぁポカンとする気持ちは分かる」
とはいえここまでなんやかんやで急展開を乗り越えてきた。割りと余裕はある。いやシンプルに寝起きだからか?
「リョクなら鎮火できるんじゃないの?」
「無理、炎一つ一つに魔法式が組み込まれていて、消そうとすると魔力器官の消耗が激しい。その間に一酸化炭素でお陀仏だね」
「なるほど」
「というわけで結論は一つ、逃げるぞ!」
「アイマム!」
なんだかマホウシキとかマリョクキカンとか、知らない単語とこんにちはした気がするが、どうでもいい。ちなみに女性相手にはアイサーではなくアイマムなのだ……。記憶喪失者が雑学披露し始めたらダメなんじゃないか?
「んで、どうするのリョク」
「大丈夫、退路はもう確保してある」
「それ、俺起こす前にやることかな……」
「いや、まさか爆睡かますとは思わんじゃん……、熱いし、ぱちぱちって音するし」
「ぬくぬくしてるなぁとしか思わなかった……」
「リュウはバカなの?」
呆れたような表情をしながら、手招きするリョク。今気がついたが、就寝直前の寝間着姿から、ちゃっかり運動しやすいいつもの私服に着替えている。だいぶ余裕あるなこいつ。
脱出してから謝ろう。そう思いながら、彼女が駆けてった後を着いていった。




