第十五話 赤い顔
一
「……なんだいいきなり丁寧語使ってきて」
「で?」
「……いや、その」
タジタジな彼女を見ているのは、なんだか楽しい。顔を背けて俯いてしまったリョクの横から、俺は語り掛けた。ぱちぱちとした焚火の音がよく聞こえた。
「思えば最初に会った時からこれまで、なんかおかしいなと思ってたんだよ。普通のクラスメイトって、あんなに接触多いか? 異性だよ?」
脳裏に浮かぶのは、両肩をつかんで俺をブンブン揺らしながら、記憶喪失なんて冗談だよね? と叫んでいるリョク。王宮を出ようとするときに、しれっと恋人繋ぎで手を繋ごうとするリョク。食事の時にふと黙って顔を見つめてくるのに、目が合いそうになると顔を伏せるリョク。
「それに普通こんなに俺に構う? ありがたいけど、俺の終わりの見えない旅に全く迷わずついてきてくれてたり、色々と手厚すぎるよ」
「……だから、なんだというんだ?」
「俺とリョクは前の世界で恋仲だったんじゃないの? って話。」
これらの挙動は全て前世で恋人だとしたら説明がつく。にしたって距離感バグってるけど。
ずっと、ずっと違和感を感じていたところについてようやく聞くことが出来た。彼女は顔を合わせないように背を向けて体育座りして顔をうずめている。
「……あー、なんで変に隠しちゃったんだろ私」
数秒の沈黙の後に、リョクはそう言った。
二
「そもそもなんだよ『恋仲』って、あー、恥ずかし」
そう言って彼女は足をじたばたさせていた。俺はと言うと、なんか恥ずかしくなってきて顔が熱くなっていた。けど『恋仲』以外の表現ってなんだよ。
「本来隠すことでもなかったんだけどね」
リョクは意を決したようにそう言って、振り返った。ほんのり耳が赤いが、本調子を取り戻している様子だ。
「じゃあ、何で隠したの?」
「いや、いきなり恋人を名乗っても胡散臭いかなって」
あはは、と笑うリョク。たしかにそれはそうかもしれない。恋人を名乗る不審者はたいてい詐欺師だ。
「あー、すっきりした。途中からなんか引くに引けなくなっちゃってたから。あとやっぱりリュウは相変わらず鋭いね!」
「……元の世界の俺も?」
「ふふ、それはこれから記憶が戻ったときのお楽しみにすればいいんじゃない?」
ネタバレしないように配慮できる優良客なのだよ、とよくわからない自慢を彼女はした。
「まあ、そうだよ。リュウは私にとっては特別。君と話してるときだけ、私が私で無いみたいというか、なんか、こころがほわほわするんだ」
「……なんかいきなり知らない男との惚気聞かされてる気分」
「でへへへ」
リョクはすこし気持ち悪い笑い方をした。どうしても彼女の言う彼氏が、俺と同一の存在とは思えなかった。記憶を失う前と後で、実質生まれ変わったようなものなのだから。
日も沈み、1/4周遅れて上弦の月が沈もうとしている。夜空の星以外で唯一燃え滾る焚き火を囲んで語り合う。
「だって、リュウが居ない普段の私なら、今日みたいなことにはならないもん」
「道に迷わないってことか?」
「そっちじゃなくて……てかそれはホントゴメンて」
うん、ちょっとしつこいかもしれない。
「まあともかく、普段の私はとてつもなく自己中心的なんだ」
「自分で言うんだそれ」
「ふふ、単なる性格の問題だけじゃなくて、意図的にそうであるようにしてる。一人孤独の人間がある程度の地位を確立するにはそれが一番だったからね」
「へえ……」
「そのせいで色々と恨みも買った。だからさっき襲われたのも、多分私が原因。まぁ見たところ私の知らない顔だったし、多分誰かに依頼された暗殺者とかじゃないかな」
お喋りなリョクのことだから、恨まれた経緯についても気が向いたら話してくれるだろう。わざわざこっちから話を脱線させるほどじゃない。
「普段はそういうのも無視してるんだ。関わるだけ時間の無駄、私に攻撃を当てようったって、普通は無理だからね」
「まぁそうかもしれないけど、今回は俺の事情もあったし……」
「そう、君の記憶のためだ。この自己中が、他者のために動いてる」
パチパチと、炎の音がする。少し冷たい夜に、確かな暖かさが肌に触れる。
「これが君じゃなかったら私はどうしていたのかな、君の意思を無視して逃げようとしたんじゃないかな。少なくとも本来の私はそういう人間だ」
「それは俺が大切だからか?」
「……記憶を無くしてからストレートに言うようになったな、まぁそれもあるとは思うけど」
そこで一度息を吸うリョク。
「一番は、やっぱり君に笑ってほしいんだろうな」
「笑ってほしい?」
「そ、笑顔が最高なヒトだったからね」
「……今の俺って笑えてないのか」
「多少の自覚はあるはずだよ、感情の起伏が少ないこと」
まぁ、確かに。まともに自己主張したのも旅に出るときと、二股の道を選ぶときだけだ。それも、選択肢が他人に用意された形。
いつになく真剣な顔で、リョクは語る。
「人格を形作るのは記憶だと私は考えている。だとしたら、一部の記憶を失うというのは人格が欠けるということなんじゃないかな」
「まあ、それは同意。記憶喪失前の俺と今の俺は同一とは思えない」
俺の発言にこくりとうなずいたリョクは、立ち上がって伸びをした。
「まあ、要は君の幸せが私の幸せってこと。だからこれからもよろしくね」
「……なんか改まってて気恥ずかしいけど、その、よろしく」
「アハハ、こんなに若さと青さのある会話はいつぶりかな」
「自分で言うんだそれ」
「実際そうだろ? 哲学を語り合うなんて、若いからこそ出来ることの筆頭じゃないか?」
そんなことを話していたら、あの半月すら平原の向こうへと行ってしまいそうになった。そろそろ、良い子は眠りにつく時間だ。
「じゃ、それで」
「おっけ。それじゃあ寝るか。さて、元恋人と判明したことだし、一緒に寝るかい?」
「ひとりで! おやすみ!」
顔が真っ赤に染まったのは、多分火が強くなったせいだ。




