履き違えた愛情をお持ちのようで
王城の舞踏会は、絢爛な光に満ちていた。
そんな中で、令嬢リリアーナは一人、ひどく憂鬱な気分を抱えていた。
その理由は、隣に立つ婚約者――アルヴェルト王太子にあった。
「そのドレスは違うと言っただろう」
耳元に言う。
「君は、もっと落ち着いた色を着るべきだ。周囲からどう見られるか、考えなさい」
リリアーナは黙って頷いた。
この一年、彼女は幾度となく同じ言葉を聞かされてきた。
その上に、アルヴェルトは、感性が人と少しずれていた。本人はそれを「理想」と呼んでいたが、周囲から見れば、浮いた価値観だった。
大衆が望む姿と、アルヴェルトが思い描く「あるべき姿」は、微妙に噛み合わない。
王太子として人々に親しまれる微笑よりも、彼が好むのは、完璧に整えられた人形のような立ち振る舞いだった。
リリアーナも、その「理想」に当てはめられてきた一人だった。
舞踏会の途中、アルヴェルトは突然、足を止めた。
「少し、皆に聞いてもらいたいことがある」
ざわ、と空気が動く。
音楽が途切れ、視線が一斉に二人へ集まった。アルヴェルトは、まるでこの瞬間を待っていたかのように、リリアーナの腕を半ば無理やり引き、広間の中央へと進み出る。
「今夜、この場を借りてはっきりさせておこうと思ってね」
「リリアーナ・クラウス。君との婚約についてだ」
リリアーナの胸が、かすかに締め付けられる。
周囲の貴族たちも、ただならぬ空気を察して、ざわめきを潜めた。
「君は――変わってしまった」
アルヴェルトは、どこか残念そうに言った。
「かつての君は、もっと素直で、僕の言葉に従い、僕が望む“婚約者の姿”を理解していた」
その言い方は、まるで優等生を失望した教師のようだった。
「だが今の君は違う。自分の考えを持ち、意見を言い、勝手な選択をしようとする」
リリアーナには、アルヴェルトが何を問題にしているのか、正直なところよく分からなかった。
自分の考えを持つことが、どうしてそんなにも否定されるのか。意見を述べることが、なぜ裏切りになるのか。彼の論理は、彼女の常識とはどこか噛み合っていなかった。
彼の愛情が歪んでいることは、ずっと前から気づいていた。
過剰な干渉も、相手を型にはめるような振る舞いも普通なら息苦しくて耐えられない類のものだ。けれどリリアーナは、それでもなお「愛」として受け取れるぎりぎりの線だと思い込もうとしてきた。
少なくとも、彼は彼なりに真剣だった。
彼女を無価値だと切り捨てているつもりはない――そう信じてきた。
だが今、アルヴェルトの口から語られる言葉は、彼女を一人の人間としてではなく、「出来が悪くなった人間」として扱っているようにしか聞こえなかった。
リリアーナは、ようやくはっきりと理解し始めていた。
彼が愛していたのは、自分ではなく、彼の中の「あるべき姿」だったのだと。
「それで……殿下は、どうなさるおつもりなのですか」
アルヴェルトは、待っていましたとばかりに頷く。
「決まっている。また他の誰かを探すまでだ。私は王太子だからな。星の数ほど多くの選択肢がある」
「……承知いたしました」
その答えに、アルヴェルトが一瞬、眉をひそめる。
「随分とあっさりしているな」
「ええ。ずっと、こうなるのではないかと……どこかで思っておりましたから」
彼女は小さく微笑んだ。
「殿下の理想に合わなくなったものは、捨てられる。それが殿下の愛のかたちなのですね」
「理解しているなら話が早い」
アルヴェルトは満足そうに頷いた。
だが、そのやり取りを見つめる周囲の貴族たちの視線は、すでに彼へと向けられ始めていた。
冷ややかな視線。
どちらの感覚が常識から外れていて、どちらの言葉がまっとうなのかを、すでに理解していた。改めて口にするまでもないほど、明白だった。
アルヴェルト自身は、まだ自分が優位に立っているつもりでいた。
だが彼が今夜犯した過ちは、婚約を解消したことではない。
自らの歪んだ愛のかたちを、王城でもっとも人目にさらされる場で露わにしてしまったことだ。
それこそが、取り返しのつかない失策だった。
理想から外れた存在を迷いなく切り捨てるその姿は、王太子としての品位を損ねていた。
◇
その夜を境に、アルヴェルトの婚約話は、不思議なほどにまとまらなくなっていった。
彼が誰かに言い寄る前に、相手のほうから距離を取るようになったのだ。
理由を説明する者はいなかったが、誰もが同じことを考えていた。
理想に合わなければ切り捨てる男の隣に立ちたい者など、いないのだから。
たとえ国の頂点に立つ存在であっても、彼の愛のあり方は、もはや許容されるものではなかった。
かくしてアルヴェルトは、自らがさらした“履き違えた愛”によって、誰からも選ばれない王太子へと変わっていった。




