◆6 帚木海里の独り言
「何をやってる?馬鹿者」
僕が話している途中で突然立ち上がった圭吾が、何も言わずに扉に近づき、いきなり開けた。
扉にもたれ掛かっていたであろう妹の花蓮ちゃんが、部屋の中に転がり込んできた。
何故か空のコップを抱きかかえながら。
「…ちっ、失敗か…」
横を向いて舌打ちする花蓮ちゃん。
「あれだけ邪な気配振り撒いていて、気付かない奴がいるか」
倒れている彼女の頭を小突きながら馬鹿にする圭吾。
相変わらず仲のいい兄妹だなぁ…。
「兄ちゃんだけずるいぞ!アタシにも聞かせろ!」
「やかましい!失せろ!」
二人のやり取りを黙って眺めていたら、段々と口論がエスカレートして、とうとう喧嘩を始めてしまった。
マズイ…この二人が争い始めると終わらない。
仕事途中で抜け出してきたから、あんまり寄り道する時間は無いんだけど…
「しょうが無い。花蓮ちゃんも一緒に聞いてくれるか?」
「ほんと!?やったー!流石カイにー!」
「おいっ!」
圭吾が僕のことを、お前マジか?という顔で見た。
「花蓮ちゃんなら、他人に漏らさないだろう?」
「勿論!」
「おいっ!!」
今度は花蓮ちゃんの方を見ながら、馬鹿やめろ!という顔で見た。
「僕は独り言を喋るだけ。いつものようにね」
「私はたまたま耳にしただけ…だね?」
「そうそう。出自不明の信憑性のない話だよ?
あくまで噂…そうだな、高校生の間で一時的に流行った噂…その程度」
「それでいいのか!?警察官!」
圭吾が騒々しく喚くが、しょうが無い。時間が無いんだし。
◆
「これは、たまたま近くに居た誰かが聞いた話を、君達が又聞きした。いいね?」
「はーい!」
花蓮ちゃんの元気な声が部屋に響く。
…わかってるよね?ちょっと心配。
僕は、事件の通報から捜査の着手、聴き込みで被害者の通う大学まで行った事や、発見の経緯までを簡単に纏めて話した。
「ふむ…。それで、何が問題なのだ?」
高そうな革椅子にふんぞり返りながら顎をなでている圭吾。
相変わらず偉そうな姿勢。本当に同い年か?
因みに僕は彼のベッド、花蓮ちゃんは床で正座。
「ここからは外には発表されていない事なのでね。
くれぐれも…」
少し顔をキリッとさせて、声のトーンを落とした。
「わかってる。続きを」
花蓮ちゃんは唾を飲んだが、圭吾の声はいつもと変わらず。
僕は、現場のプールサイドに残っていた『足跡の痕跡』について説明した。
ハッキリと残っていた足跡は、間違いなく4人のもの。
男女2対2、各々足のサイズも違い、靴の種類も違う。
生えていた苔の潰れ方、掛かる体重に依る沈み込みの深さ、足を滑らせた時に出来る苔のかすれ方向、プール内に残された水草の千切れ具合等、諸々の証拠が発見されて保管された。
それらのお陰で、当日、彼らがどの様に現場を歩き回り、どの様に転落したのかまでが、全て判明している。
「?…ハッキリと判ったなら、いい事じゃない?
何が問題なの?」
花蓮ちゃんが首を傾げる。
圭吾がため息をついて、コイツを追い出せとジェスチャーで指示してきた。
「警察が、どの様に発表したかは知ってる?」
僕は、頬を掻きながら尋ねた。
「ん?事故なんでしょ?誰か溺れて、助けようとして飛び込んだ人も溺れたとか……」
花蓮ちゃんは視線を上に向け、警察発表を思い出しながら少しずつ口を動かす。
「発表当時、記者会見で散々記者達に詰められてただろう?事件の可能性は?…と。
足跡の痕跡から動きがハッキリ判ってるなら、何故警察はその事を言わない?」
彼女が言い終わる前に、圭吾が突っ込みを入れて言葉を遮った。
「…あっ…え?…なんで?」
花蓮ちゃんは、あれぇ?と言いながら首を傾げた。
僕は彼女の行動を見て、ふっと笑う。
「花蓮ちゃんは、時事ニュース系の週刊誌は読む?」
「え…?私はあまり…いきなりなんで?」
僕は突然話題を変えた。
彼女は、驚いて目をパチクリさせている。
「カイの言っている週刊誌とは、南部通信社のオンライン記事の事か?」
「…流石だな。圭吾」
「……色々と話題になっていた記事だったからな」
僕の言いたいことを、彼はすぐに理解してしまった。
花蓮ちゃんは、相変わらず頭に疑問符を浮かべている。
「…ただの陰謀論では無いのだな」
圭吾は確かめる様に僕の目を覗き込んだ。
僕は彼の鋭い視線から逃げる様に目を伏せ、首を縦に振った。
「それで、…どれが当たりだったんだ?」
彼の言った『どれ』は、週刊誌に書かれた事件の可能性の3つの事だろう。
「いや…実は…当たらずと言えど遠からず…でな。
少々、説明が難しい…」
僕は、どの様に説明したものかと迷い、唸る。
僕達の会話を聴いて、花蓮ちゃんは傾げる首の角度が大きくなっていった。
彼女が途中から全く理解していない事が判り、僕は自分の頭の中を整理するついでに、記事の内容を彼女に解説した。
「へぇ~。ゴシップ誌のくせに中々面白い事言いますねぇ」
「一般の人の感想としては、そうなんだろうね…」
警察としてはあまり面白くない状況だと、暗に滲ませながら答えた。
圭吾は渋い顔のまま、こめかみを叩いている。
「やっぱり事件なんですか?」
彼女も兄・圭吾と同じ様な視線を僕にぶつける。
やはり兄妹なのだと実感した。
「事件であり、事故でもある。
事情が複雑、且つ、人道的配慮もあって、新聞ネタにするのは良くない。
何より事件として手を付けたところで、警察にも被害者にも何のメリットもない」
そこまでを一気に述べる。
「警察はメリットを考えて捜査するんですか?」
「うっ…」
花蓮ちゃんの的確な突っ込みが、僕の警察官魂に突き刺さった。
「捜査一つにも、人・金・時間が浪費されるんだ。
しかも、判明しても被害者が救われないなら、手を付けない方がいい」
圭吾が、素早く警察の代弁を述べる。
「でも!」
「メリットの無い捜査をするなら、その人的資源を別の捜査に振り分ける方が合理的だ。
事故として終いにしろ…と、上層部は命じるだろうな」
花蓮ちゃんが声を上げると、圭吾は更に言葉を被せて彼女を黙らせる。
僕は黙って頷くと、彼女は納得出来ないという顔で圭吾を睨みつけた。
僕は、ギスギスした部屋の空気を壊す為、言葉を発した。
「上層部の命令の所為だけでなく、現場の判断も割れていてね…」
睨み合っていた二人は、改めて僕の方に顔を向ける。
僕は言葉を飲み、一拍置いてから再び口を開いた。
「異常存在が関わってくるから、裁判になっても証言に困るんだ…」
そこまで言うと、圭吾・花蓮兄妹の瞳の奥に、好奇心の強い光が灯ったのがハッキリと見えた。
来週は連載中の方を少し休みます。
ホラー企画の作品を仕上げて投稿する予定。
問題は、一週間程度で終わる長さで話を纏められるかどうか…