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◆5 藪沢圭吾という男




 「こんにちは、花蓮ちゃん」

 呼び鈴の音を聞いて玄関を開けると、そこには兄の友人が立っていました。

 「あ、カイにー…海里さん。いらっしゃい」

 私は馴れ馴れしすぎた言い方を訂正し、頭を下げました。

 もう小学生じゃないのに、つい、昔の癖が出てしまいました。


 帚木(ははき)海里(かいり)。海里兄ちゃん。

 今はK警察署の警察官をやっています。

 私とは八つ、歳の離れたお兄さんです。

 幼い頃、小さかった私を妹の様に可愛がってくれて、良く遊んでくれました。


 「近くまで来たのでね…」

 そう言いながら、彼は、耳に掛かった髪を人差し指と中指でしきりにいじっています。

 困った時の彼の癖です。

 「…ああ、にーちゃんに用ですね?

 呼んできますので、上がって待っていて下さい」

 「ごめんね。いつも突然で」

 そう言って、彼は靴を脱ぎました。


 私は2階に駆け上がり、突き当たりの部屋の扉を叩きました。

 「にーちゃん!お客!」

 私が喧しく叩くと、眠そうな目を擦りながらボサボサ髪の男が顔を出しました。

 この酷い寝癖を立て、無精髭を生やしたみっともない姿の男が、私、藪沢(やぶさわ)花蓮(かれん)の兄、藪沢(やぶさわ)圭吾(けいご)です。


 「なんだ…五月蝿い。人が気持ち良く寝てたのに…」

 凄く不機嫌です。

 今は夕方なのに、今起きた様です。

 「何時だと思ってるんだ?こんな時間に…」

 お前こそ何時だと思っているのでしょう?

 コイツは寝起きがとても悪いのです。

 「客…?俺は居ない。追い返せ…」

 クソ馬鹿兄は、不機嫌さを隠さずに言い放ちます。

 こういう時のコイツは、とても面倒くさい存在なのです。

 

 「カイにーだよ!」

 「……今行く」

 彼は目を擦りながら無言で洗面台へと向かいました。


 全ての相手を見下す馬鹿兄も、海里兄ちゃんにだけは頭が上がりません。

 上がらない頭に水をかけて、馬鹿兄はようやく始動し始めました。




 藪沢圭吾と帚木海里は幼馴染。

 同じ小学校、同じ中学校、高校まで同じ。

 その後、圭吾は大学に進学し、海里は警察官の道へと進んだ。


 しかし藪沢圭吾は、ある日突然、大学を辞めた。

 どこにも就職せずに投資家を名乗った。

 周囲は何を考えているのだと呆れたが、本人は周りの声を完全に無視して己の道を突き進んだ。


 必要な資格を片端から取得し、アルバイトで稼いだお金を投資といって注ぎ込み始めた。

 家から出ず、自室に引き篭もり、時々外に出る以外は何をしているのか分からない。

 毎月、家にお金を入れているが、投資という物がよく分からない母親は困惑し、手を付けずに貯金に回している。


 息子が就職しない事に困った彼女は夫に相談した。

 しかし、大学教授である父親自身も、フィールドワークと称して日本各地を飛び回り、家には殆ど帰らない放蕩者。

 好きな事だけをやっている彼には威厳が無く、その事を自身も自覚しているからか、息子に対して一言二言注意した程度で、最後は『頑張れ』で締めて終わり。

 すぐに再び出掛けてしまった。


 元々人付き合いが苦手で一人で自室に籠もって本を読むのが好きな圭吾は、基本、外に出ない。

 当然、友人達に会う機会も減っていった。

 かつての友人達とは連絡が細くなり、往復しない彼のメールアドレスが皆の電話帳から消えて行く。

 そんな中、帚木海里だけは彼から離れて行かなかった。



 警察官に成った帚木海里は努力家で人当たりが良く、まだ若いのに既に巡査長。


 地域住民への配慮を欠かさないマメな性格。

 年寄り子供、分け隔てなく仲良くなれる才能。

 そつなくこなす書類仕事。

 上司と新人との仲を取り持つ巧さ。

 上にも下にも愛され、信頼された。

 彼は交番勤務での評価がとても高かった。


 海里は、地域住民と強面警察官の仲を取り持つ才能を買われ、住民との接点が多い生活安全課に配属された。

 そこでも彼は、持ち前の人当たりの良さを発揮した。


 彼が相談を受け付けると、泣き喚く女性、怒り狂う老人、死にそうな顔をして来庁する若者達、皆一様に晴れ晴れとした顔で帰って行く。

 別に被害届の受理を厭うわけではない。

 彼が真摯に話を聴くうちに、被害者がすっきりして帰る事が多いだけなので、苦情も出ない。

 皆は、彼を『人誑しの帚木』と呼んでいた。


 その彼の才能は、聞き込みの捜査や聴取にも活かせると考え、保安係が彼を巡査長として引き抜いた。

 こうしてトントン拍子で出世し、まだ20代半ばなのに、試験の結果次第では巡査部長に手が届く位置に居る。

 彼はノンキャリアの期待の星(ホープ)なのである。


 そんな、マメで誰にでも気を遣える性格だから、他人からは価値の無い人間と判断された藪沢圭吾と普通に付き合えるのだろう。


 「圭吾は凄いんだよ?花蓮ちゃん」

 幼い頃、花蓮が海里から何度も聞かされた言葉。


 帚木海里は藪沢圭吾に関する周囲の評判を気にしない。

 自分が良いと判断した相手を、どの様な環境下でも信じる事の出来る真っ直ぐさ。

 だから偏屈な圭吾も、海里にだけは気を許す。

 彼の相談にだけは、必ず応じるのである。



 海里兄ちゃんは警察官に成った後も、時折、我が家を訪ねてきました。

 二人で密室に籠もり、何かを話した後、いつも笑顔で帰って行きます。

 帰り際、彼は兄に何度も御礼を述べていくのです。

 馬鹿兄が警察官に頭を下げさせる不思議な光景。

 気になって、何の話だったの?と聞くのですが、兄はいつも、下らない相談だったとだけ言って、何も答えずに部屋に引き篭もります。

 いつも、私は蚊帳の外なのです。


 「今日こそは兄ちゃん達が何を話しているかを…」

 私は、音を立てないように兄の部屋に近づき、扉にコップをくっつけて息を殺しました。


 「……先週の大学生4人……俺は……しても…」

 「何が……しい?……刊誌で…読……」

 「……たらず………から……な」


 聞き取りづらいですね。

 この家、防音断熱がしっかりしてるせいで、壁越しは勿論、窓越しですら音漏れしません。

 ドア越しが一番良く盗み聞き出来るのですけど、それでも肝心な部分は分かりません。

 陶器のコップだったのがいけなかったのでしょうか?

 ガラスのコップを買ってきた方が良いのでしょうか?

 直接、扉に耳をつけても変わり無い様な気もします。


 断片的な話の感じからすると、先週、県内で起きた大学生4人死傷事件…事故だっけ…?の事の様ですね。

 本職の刑事さんが、馬鹿兄ちゃんに捜査の相談に来たのでしょうか?

 …警察官って、捜査内容を外部に漏らして良いのでしょうか…?


 ガチャ!

 「何してる?馬鹿者」

 突然扉が開いたので、私は耳にコップをつけたまま倒れ込みました。

 上を見上げると馬鹿兄と海里兄ちゃんが私を見下ろしています。


 残念…ミッションは失敗してしまった様ですね。



 

探偵役…かな?


季節ホラーものは、まだ書き上がりそうに無いので、先にこちらを。

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