天職
最初は生き残るだけで精一杯であった。外国人の傭兵である沖矢の様な人間は真っ先に危険かつ、正規兵士が行きたがらない地点に容赦なく放り込まれたからだ。一説には50%の傭兵が最初の任務で死亡し、75%の傭兵が重傷を負い、90%の傭兵が何らかの負傷をすると言うデータもあるくらいである。
それでも、インディアーセン外国人部隊と言う居場所しか彼等には無い為、死に物狂いで戦果をあげようとする。そうすると、思わぬ成果となって良い効果を生む事も無くはない。とにかくふるいにかけられている様な事に変わりはなく、落とされた者には絶対の死しかない。
生き残る為にしがみついている者に対して、現実はとても厳しい。そうした境遇の中でも生きて行かねばならないのが、戦人である。沖矢は日本連邦軍でのエクスペリエンスを中心として、必死で生き残る。ある戦場では損耗率が40%を越える事もあった。一般的に損耗率30%を越えると大損失と言われ、部隊としては大ダメージである。
絶望的とまではいかなくても、常に死と隣り合わせの作戦ばかりを与えられる現状は、大変な苦労を伴うものであったのかもしれないが、沖矢にとっては欲して止まぬ刺激、つまり生きる活力であった事も事実である。
仲間の多くが死に絶えて、インディアーセン外国人部隊には、次から次へと新顔が送り込まれて来る。それでも沖矢は前だけを向いていた。自分にとって仲間はいらない。強さの果てを求める。ただそれだけの事である。正直な話、何人死のうが関係ない。沖矢自身はその位ドライでなければ、平気な日常を過ごす事すらままならない。
しかし、戦いに明け暮れる日々は存外悪くなかった。沖矢は連邦軍にいた頃よりも、洗練され磨かれている様にも見えた。戦いの中でイキイキとする光輝く人間と言うスタイルは、戦人にとってはつまり天職であったのかもしれない。




