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星を纏う竜の御子



人ならざる者の子は大半が十月十日(とつきとうか)よりも

ずっと早くに産まれてくる。

種族によってもまちまちだが、中でも神の子は

母体に霊力、神気が十分に満ちていれさえいれば

半年ほどで産まれて来たと言う例も有るらしい。


桜の花びらが舞う満月の美しい夜、その子は産まれて来た。

赤子が産声を上げると同時。幽世(かくりよ)現世(うつしよ)両世界で

過去観測例の無い様な大規模の流星群が空を覆った。

その様子はまるで、光り輝く竜が星を纏い

空を駆け抜ける様であったそうだ。

摩宵まよいは生まれた男の子に星竜(しょうりん)…。

星を纏いし竜の子と名付けた。


産まれて一月程経った辺りから、星竜は名前の力か

はたまた元からの権能の為か、人の姿、竜の姿

そして二つが合わさった半獣の姿を無意識に

ころころと変える様になっていた。

星竜が一番最初に竜の姿に変わった時は普段落ち着いていて

あまり動じない竜胆(りんどう)も流石に驚いて声を上げたものだ。

予想外の事に思わず出た声は殊の外大きく

世話役の三羽烏が慌てて駆け付け、更には監視用の

式神から摩宵に緊急連絡が回り、彼と彼の秘書役の眷属が

途中の仕事を放り投げてまで帰ってきて屋敷の中が

一瞬で騒がしくなった、なんて事が有った。

勿論そんな事は今では何でもない、ちょっとした笑い話だ。


竜胆は初めての出産と子育てでは有ったが

摩宵の眷属や周りの者達が積極的に手を貸して

くれているおかげで、戸惑いはありつつも

心穏やかに子育てに励むことが出来ていた。

近年、現世では母親のストレスによる虐待事件が

悲しくも増えているらしいが、恐らくそれは

生活環境や、周囲の助力などでいくらかは

解決できる問題なのだろう。

夫である摩宵も手が空いていれば積極的に

星竜を見ていてくれるし、世話役の三羽烏も

眷属の女衆や周りの経験のある女神達も

よく話を聞かせてくれたりとで

竜胆はこの恵まれた環境に深く感謝するばかりだ。

母親の心に余裕が生まれれば

子育ても随分と穏やかに、順調に進むらしい。

摩宵の知り合いの医神の元へ検診に

行った時も、母子共に健康でとてもいい状態だと

お墨付きをもらったほどだった。


星竜が生まれて暫くしてからの摩宵の屋敷では

時折、竜胆の優しい子守歌を歌う声が聞こえてくる。

その歌声は、甘くとろける様な、とても穏やかな声で

その表情を見るまでも無く、我が子が愛おしくて

たまらないのだと解る程だった。

偶然聞いた者まで思わず穏やかな表情になるそれは

屋敷を訪れた神や妖、他からはよく気難しいと

言われる者達までもがそうなるのだから

母の愛情とは凄いものだ。


今日もまた、竜胆の子守歌が

春の暖かな風と共に聞こえてくる……。




ねんねこ ねんね 可愛い坊や


ゆらゆら 揺れて 夢の中


坊やが寝る間に 怖いもの


父様 みぃんな 追い出して


坊やを守って くれるから


坊やは母と 眠りましょう


ねんねこ ねんね 可愛い坊や


ゆらゆら 揺れて 夢のあと


良い子に 起きたら 欲しいもの


でんでん太鼓に お手玉に


綺麗な鞠も あげましょう


好きなの なんでも あげましょう


ねんねこ ねんね 可愛い坊や


ゆらゆら ゆれて 夢の中……。






_________________

___________

______

___

_







摩宵の仕事場は彼の持つ広大な屋敷の中の一角にある。

神の仕事は基本的には自身の神域や現世にある

自身を祀る神社やその地域の管理となってはいるが

自然現象の中から生まれた少々特殊な原初の神である摩宵は

人間の信仰はあまり必要とはしておらず一般的な神の

仕事とされている土地の管理や悪いモノが入って来た時の対処に

人間への加護などは気が向いた時に気まぐれに、片手間程度に

やる事でしかない。


では、普段彼は何をしているのか?


力の強い摩宵は下手に物事に干渉してしまうと良くも悪くも

あらゆるものに影響が出過ぎてしまうため、普段の

彼の仕事はあらゆる神や自身の眷属の相談役や

争い事が有った時の仲裁役である。

まぁ、その仕事も地獄の様に大きな機関でも無いので

そこまで多くは無い。

大きな機関でも判断に困る様な案件が摩宵の元に

届けられるのだ。量より質…と言った所だろうか。


けれどそんな面倒な案件も対応できるのが摩宵だけ

となれば、量が無くともほぼ毎日届けられるのも

事実なのである。

今日も摩宵の執務室には、相談事を持って来た

神の使いや妖がチラホラと…。




「あぁ、お前の案件は五百年位前に

似たような事があったからその時やった対策の資料を

コピーして持って行きな。んで、そっちのお前のは

一筆書いてやるからそのまま話を通しちゃって大丈夫。

さいごのお前の案件は僕じゃなくて天照(あまてらす)の方に

聞いた方が早いだろうから僕からの指示だって言って

話持って行きな。」




提出された書類に軽く目を通しただけで

摩宵はさらさらと死維持を出していく。

彼は基本的に回って来た相談事に対する答えに

悩む事が無い。そんな摩宵の秘書を務める眷属の一人

梟の精霊・博暝(はくめい)は知識や守護の権能を持つが

主である摩宵があまりに優秀過ぎて基本的な仕事が

摩宵のアポ係か念の為の確認用にやっている

スケジュール管理位しか無いのが悩みであった。

しかし、ここ最近では摩宵の奥方である竜胆の予定や

御子である星竜の検診などのスケジュール管理も

任されるようになり、やり甲斐を感じているらしい。


普通なら仕事を増やされれば文句が出そうなものだが

優秀な主に秘書役に抜擢されるほどに優秀な博暝からすれば

忙しい位が丁度いいらしい。


本日摩宵の元へ持ち込まれた相談事が片付いた所で

博暝は摩宵へ茶を差し出しながら有る事を言う。

それは今日の午後の竜胆と星竜の予定。

二人は今日、所謂奥様会と言う名のお茶会に及ばていた。

時間的に、今から準備して迎えに行けば丁度お茶会が

お開きになるだろう時間帯だ。

御付きの三羽烏も揃って付いて行ったので帰る時に

たまの外食でもしてみては?と提案した。

それを聞いた摩宵は満面の笑顔で其れはいい!

と、頷いたのだった。

返事を聞くと博暝は朧車の用意をする様に式に言いつけ

後片付けは自分がやっておくので、と言う。

摩宵は博暝も一緒にどうだと誘ったが、彼は首を横に振る。

何でも、最近新しく手に入れた本の続きが

気になっているとか。

博暝は知識の権能を持つだけあり、読書家で

知識を蓄える事が好きだ。それをよく知る摩宵は

無理に誘わず、また機会が有れば是非に、と言って

執務室を後にした。




「あの、博暝様…宜しかったのですか?

普通はお仕事が増えるのは嫌がる物なのでは

ありませんか?」


「あぁ、私は自身に見合った仕事を貰える方が

嬉しいのだよ。今までは摩宵様が有能過ぎて

私の仕事が無さすぎるのが悩みだったがね…。」




今はあの御方の何よりの宝である奥方様と

御子様のスケジュール管理も任せてもらえた事は

私にとってこの上ない誉なのだよ。


摩宵の執務机を片付けながら笑っていう博暝は

誰が見てもその言葉が本心であると解る明るい表情だった。





◆◇◆◇◆◇◆





豪華絢爛を絵に書いた様なその庭に、竜胆は星竜を連れて

息子が産まれて初めての奥様会、言ってしまえば

一定以上の神を夫に持つ女神達のお茶会に参加していた。

招待制のそのお茶会は既に子供を育てきって

暇をしている女神から竜胆の様に絶賛子育て中の

女神までが集まり、情報交換したり日常の愚痴を零したり

等をする場となっていて

現世の主婦たちと余り変わらないんだな

というのが竜胆の素直な感想だったが

子育て初心者の彼女にとって、この奥様会での

情報交換の場は実にありがたいものであった。




「ねぇ、竜胆様?貴方様は元人間でありますでしょう?

神の子…しかも最高位と言える摩宵様の御子の

出産でお身体を壊してはおりませんか?」


「あまりにもお相手との階級が離れておりますと

消耗が激しいと聞きましたわ」


「竜胆様は摩宵様の運命ではございますが…

もしも貴女様に何かありましたら

摩宵様がそれはもう大荒れしかねませんもの」


「えぇ、残酷な事ではございますが

男神(おがみ)の愛は子供よりも妻への比重が

重くなりますから、出産の影響で貴女様に何かあれば…

最悪、子殺しが起こりかねませんの。」




そう言って心配そうな顔をする同じテーブルに座った

女神達は、産後の体にはあの食べ物がいい。

高天原にある薬屋の薬茶がお乳の出を良くしてくれる。

などなど、あれこれと世話を焼いてくれている。


本来なら親に守られている様な幼い頃に神の元へ嫁いで

それから十年、神の感覚では瞬きの間でも幼い人の感覚では

とても長い時間を夫である摩宵のために一生懸命に

勉強してきた竜胆は人の子が可愛い女神達に

とてもよく可愛がられていた。


そんな女神達に竜胆は柔らかく話題ながら

定期検診で医神からは母子共に健康そのもので

実に順調だとお墨付きを貰ったと言えば

彼女たちもそれは良かったと、安堵の表情。見せる。

その後はいたって何事も無く穏やかに

お茶会の時は過ぎて行く。

竜胆の腕に抱かれた星竜も母親である彼女が

リラックスしている為か特に泣き出したり

ぐずったりする事も無く周りの女神達や

傍で遊ぶ子供達を物珍し気に目で追っては

キョロキョロとしている。


星竜この神の世界で最年少。

この子の前の子でも既に五百年近く前の子供だ。

五百年前でも神の子共である為、ゆっくりと

特殊な成長の仕方をするので、まだ精神も体も幼く

人間で換算するなら五歳に成ったか成らないか

と言った具合だ。もちろん、神の子の成長の仕方は

その子供の周囲の環境などでも変わってくるので

神の見た目ほど曖昧なものは無いだろう。


それはさておき、五百年ぶりに産まれた神の子で

最高位の一柱に位置する神の子となれば

それはもうお祭り騒ぎだった。

現にこのお茶会に竜胆が来た瞬間

女神達や彼女らの子供達に大歓迎を受けた程だった。

その歓迎ぶりはお茶会で用意された板飲食物の中に

まだ産まれたばかりの星竜でも口にできる

桃源郷の上質な仙桃を絞って作った赤子用のジュースが

あった事からも良く解る事だった。

竜胆の手で少しづつ果汁を飲む星竜を見ていた

給仕の為に控えていた下級女神達や

其々の女神に御付きとして付いて来ていた

妖や眷属達が目立たない隅で可愛い可愛いと

ひっそりとはしゃいでいた。




幾分時間がたち、子供達も遊び疲れてきた頃。

そろそろお茶会はお開きにしようか、となる。

女神と子供達はそれぞれが主催の女神が呼んだ

朧車の元へ向かうため、揃って移動し始めた。

其々がわいわいと帰り挨拶をしている時

お屋敷の門の方からざわめきが聞こえて来た。

何事かと急ぎ足に門へ向かえば、そこには

豪華な龍の籠に乗ってやって来た摩宵が居るではないか。


まさか態々彼自らが迎えにやって来るとは

思わなかった女神達は、失礼が有ってはいけないと

サッと身なりを整え背筋を正した。

そんな女神達をちらりと見るだけで流し

摩宵は速足で竜胆の元へ向かうと、腕に抱く

星竜ごと軽く抱きしめると彼女の腰を抱き歩き出す。

そして、主催の女神の前に来ると、二人で軽くお礼と

挨拶をして御付きの三羽烏も呼び、龍の籠に引り込んだ。




_________________

___________

______

___

_





「竜胆、今日の夕飯は鴉たちも一緒に

このまま外食にでもしようかと

思ってるんだけど、どうだろう?

勿論まだ時間が早いから何処かで時間を潰すなり

なんなりする事になるだろうけど」



そういった摩宵に竜胆は二つ返事で賛成し

三羽烏は恐れ多いと慌てて辞退しようとしたが

竜胆が賛成したのならもう決定した。

と、摩宵は笑い飛ばした。



『時間潰すなら今日のお茶会に呼んでくれた

女神(彼女)へのお礼の品を何か買いたいのですが』


「あぁ、星竜のために態々仙桃を用意して

くれたんだっけ?じゃあ…そうだな、何処がいいか」


「あ!摩宵様、高天原の外れにある

小豆洗いの夫婦の菓子屋で何か買っては

如何でしょうか!」


「あぁ、そう言えばあそこのお婆さんが

ついこの間かなりいい小豆が手に入ったと

喜んでましたね」


「や、厄除けの仙桃をいただいたのですし

此方も、お…お返しは厄除けの

小豆にしてみては、いかがでしょう?」



三羽烏の言う小豆洗いの菓子屋は

この幽世の世界でも中々に古く隠れた名店として

一部で自は有名で、菓子好きへの土産なら

あそこの店の菓子を持って行けば

まず間違いは無いと言われる様な店だ。

そんな所の女将が良い小豆が入ったと言うのならば

仙桃のお返しにもよさそうだという事で

一同は籠に揺られて目的地へ向かった。


今日のお茶会は何が楽しかった。


こんな話が聞けた。


等々、話ながら……。






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