次は新しい家族を連れて
ざぁざぁと振り続ける雨。
雨に打たれながら庭で満開に咲き誇る紫陽花を
部屋の丸窓からぼんやりと眺める。
ここは摩宵の神域である為
天気も季節も彼の思うがままなのだが
常春では芸がない、面白みがないと
基本的に現世と同じ季節の廻りをしている。
まぁ、流石に気温は大分調整をしているそうで
地球温暖化による異常な気温の上昇はここでは
関係の無い事だった。
雨音に交じって聞こえてくるカエルの合唱を
聞きながら少女はゆるりと優しく
その腹をを撫でる。
十六の少女は顔の作りこそまだ幼さが残るが
その表情はしっかりと母親の顔をしていた。
着物では少々解りにくいがそこには小さな鼓動があった。
少女が摩宵の元へ嫁いで直ぐは
流石に幼過ぎて、周りも早く作れと言いだす者は
居なかった。
元々摩宵本神も子を作るのは少女が
十五を超えて摩宵との体格差が縮まり魂も
馴染んでから、と言うのを公言していたというのも
大きかったかもしれない。
何はともあれ、少女が十五を超え
暫くの後の事だ。
摩宵が「そろそろ胎に子を宿そうか」といったのは。
彼がそう言ってからは本当に早かった。
神の一夜孕みと言う言葉をどこかで聞いたが
どうやら本当の事だったらしい。
身体を摩宵の神気に慣らす為に交わっていた時は
まだ彼に子を作る意思が無かった為か
宿ることは無かったが、一度作るとしたら
一晩であっさりと子は腹に宿った。
混沌と夜の神・摩宵の妻が身ごもった。
その知らせがあっという間に神々の世界どころか
精霊や妖など幽世、現世に関わらずあらゆる
人ならざる者達に話が回ったのは、二神が
現世の祭りに出た翌年の一月頃の事だった。
その話が広がってすぐに其々の種族が
飲めや歌えやの大騒ぎ。
摩宵の屋敷にも数多の種族から祝いの品が
便利グッズから珍品までありとあらゆる物が
送られてきた。
送られて来た品の中にはありがたい事に
妊娠初期の悪阻が辛い時期にも食べやすく
栄養も取れる人ならざる者達だからこそ
知っている、又は持っている食べ物があり
そのおかげで何とかかんとか辛い悪阻の時期を
乗り切る事ができ、気力体力を大きく落とす事無く
母子共に元気に過ごす事が出来ている。
おかげで少女を溺愛する摩宵も穏やかに
過ごす事が出来ていた。
最高ランクの神である摩宵が荒れれば現世にも
影響が出てくるので、妊婦の為の食品を送った
者達には、摩宵のお返し以外に他のの神からも
感謝状と言う名のご褒美が送られたのだった。
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「竜胆!竜胆や!
君の夫が今帰ったよ~!」
パタパタと廊下を速足に駆ける足音が
雨音に交じって響く。
竜胆が寄りかかっていた窓から身を起こし
音の方に顔を向ければそこには自身の納める
地域を巡回して帰って来たらしい摩宵が
何処か機嫌よさげに部屋の障子を開け
此方に向かって来たところだった。
『あぁ、お帰りなさい摩宵様
お仕事お疲れさまでした』
「ただいま、僕の可愛い竜胆
身体の調子は問題ないか?
何か有れば些細な事でも式や
お前付きの眷属に言いつけるんだぞ?」
開けた障子もそのままに摩宵は真っすぐ
竜胆に抱き着いた。
そしてそのまま額に、頬に、最期に唇に優しく
そっと口づけると竜胆の大分ふっくらとしてきた
腹を撫でながら彼女の体調を確認する。
そうしていると開け放たれた障子の向こうから
ひょこりと三つの小さな影が顔をのぞかせた。
光加減で緑や紫、青みがかって見える黒髪。
くりくりとした可愛らしい瞳は黒曜石の輝きを放ち
もちもちとした頬は走ってきたのか桃色に染まっている。
身に纏う黒無地の着物の袖はたすき掛けされ
象牙色の少しほっそりとした腕が晒されている。
彼らは摩宵の眷属である鴉天狗の少年達だ。
長男の菊はおっとりした穏やかな性格で世話好き。
くりくりの大きな瞳にふわふわの短髪で
基本的にいつもニコニコしている。
料理は和洋中何でもお任せ!な男の子。
次男の空木は几帳面でしっかり者。
キリッとした大きな釣り目にさらさらストレートな
長めの髪を高い位置で一つに纏め、何時でもキッチリ。
実は医療や薬に詳しい勤勉な男の子。
三男の山吹はちょっと怖がりで
上の兄弟たちの後ろに隠れがちだけど誰よりも
警戒心が強いから真っ先に危険に気付いて教えれくれる。
そして実は三羽の中で一番の力持ち。
そんな彼はまん丸パッチリな猫目にくせっけな髪を後ろで
一本の三つ編みにした男の子。
摩宵の眷属である鴉天狗の中に将来有望な
三つ子の男の子が居ると言う話が広がり、そこから
将来の為のお勉強と下積みにと摩宵本人が彼らの能力や
性格を見込んで竜胆の御付きに抜擢したのだ。
本来だったら溺愛する妻に幼くとも異性を近寄らせる事を
嫌がる摩宵だったが、今回御付きに選んで来た
少年たちが古くから一族総出で摩宵を心の底から
崇拝する鴉天狗の一族の子供達であった事や
彼らが眷属の中で一番と言っていい程に
竜胆の嫁入りを喜んでいた事などを信用して
少年たちを御付きに選んだのだ。
「お帰りなさいませ摩宵様!
本日のお夕食は旬の物がいっぱいですよ!」
「お帰りなさいませ摩宵様
竜胆様もお子様もすっかり安定してますから
そろそろ雨が止んだ時などお散歩しても
良い頃かと思います」
「お、お帰りなさいませ、摩宵様
あ、あの…裏口に小さな悪戯者がおりましたが
あの…その、頑張って、は、払いましたから…
大丈夫だと、お、おもいます、、」
少年鴉天狗三人衆…通称、三羽烏の彼らは
摩宵が一通り竜胆を構って落ち着いた所で
三人そろって入室して声をかけた。
ちょこちょこと摩宵と竜胆に近寄り少し離れた所に
背筋を正して座った。
可愛らしくも頼もしい三羽烏の少年たちを
竜胆はどこか弟の様に思っていた。
少年たちも使える主の奥方であると同時に
姉の様に思っていたので、彼らは実に仲が良く
四人が揃う空間はほわほわとした空気が漂い
これには三羽烏を指名した摩宵も
ニッコリと満足げな笑みを浮かべていた。
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竜胆は大きくなってきたお腹を優しく撫でながら
隣で彼女の腰を抱いて歩く摩宵と笑い合い
天界・高天原にある商業施設…
所謂ショッピングモールにやって来ていた。
勿論並ぶ二人の後ろには御付き役に
三羽烏の少年たちも一緒だ。
高天原には天界に住む神や天女達だけでなく
天国行きに成った死者やただ観光に来た
妖怪や何なら海外の幽世の住人も
国籍、種族関係なく入り乱れ賑わっている。
あまり高天原にまで出てこない摩宵が
更に神域から滅多に出て来る事の無い奥方を
連れて歩いている姿に多少のざわめきが聞こえるが
当の本人たちは意に介さず終始和やかに通り過ぎる。
「いらっしゃまぁ…せッ!?」
ショッピングモール内のとある喫茶店。
穏やかな午後の店内がその来客により
かすかに色めき立つ。
客の来店を知らせるベルの音に
店員の女性が出迎えの声を出そうとすれば
予想外の客に言葉が詰まる。
小さな土地神や天女ならそこまで珍しくも
無かったのだが、彼ら程に高位の神が来る事など
早々あるものでもない。
一瞬固まる店員だったが、ハッと気を取り直し
一つ、咳払いをしてごまかすとその顔を
彼女至上最高の笑顔を浮かべ対応に当たる。
「何名様でしょうか」とマニュアル道理の
質問の後席へと案内した。
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メニュー表を開いてきゃいきゃいと
楽しそうにアレもいいコレもいいと言い合う
竜胆と少年たちを眩しい物でも見るような
優しい瞳で摩宵は見ていた。
最終的に決めた物は、菊が抹茶のクリームあんみつ
空木が葛切り、山吹は季節のアニマルケーキ
一番迷っていた竜胆は梅雨限定の
紫陽花パフェなる物に決めたらしい。
四人を見ていた摩宵はと言えば
最期まで竜胆が悩んでいたらしいもう一つの
梅雨限定スイーツの抹茶のカエルさんケーキ
を注文して、竜胆と半分こして楽しむつもりの様だ。
厨房ではそれぞれ自分の仕事は熟しながらも
早々出会う事が出来ない憧れの有名神を間近で見て
更には接客しちゃった!などと
にわかに色めき立っている。
お料理楽しみだねぇ、なんて言い合っている
竜胆と三羽烏の少年たちはには聞こえていないらしいが
摩宵にはしっかりと聞こえていた様でチラリと
そちらに一瞬だけ目をやったが、害は無いと
判断し、すぐに目の前の愛おしい光景に目を向けた。
暫くすれば、店員の「お待たせいたしました」
の声と共に料理が運ばれてくる。
菊の抹茶クリームあんみつは
純白のソフトクリームの周りに瑞々しく輝く
メロンやサクランボ、少し珍しいスモモ等が
ゴロゴロの大ぶりのカットで添えられ
たっぷり盛られた餡子や抹茶の塗された
黒糖のわらび餅で中々に食べ応えのありそうな一品だ。
空木の葛切りは見た目こそシンプルだが今回彼が
注文した葛切りはこの季節限定の梅シロップが
たっぷりと掛けられており、甘酸っぱい香りが
このジメジメとしたこの時期に嬉しい
サッパリと涼やかな一品だ。
山吹の季節のアニマルケーキは旬のサクランボが
たっぷりと使われた可愛らしいウサギの
デコレーションケーキだった。
サクランボが練り込まれたピンクのケーキの上に
クリームでちょこんと象られたウサギが
赤とオレンジの混ざるサクランボを抱えた
実に可愛らしいケーキだ。
竜胆の紫陽花パフェは、透き通る淡い青や紫の
クラッシュゼリーが紫陽花に見立てて盛り付けられ
反射した光が微かに色合いを変えるのも
繊細なガラス細工の様で美しく、葉っぱを象った
クッキーにチョコレートでカタツムリが
描かれているのも遊び心が有って楽しい。
摩宵の抹茶のカエルさんケーキは見た目こそ
子供が喜びそうな可愛らしいドーム状のケーキだが
中は随分と拘った作りの様で抹茶クリームの下は
スポンジ、ムース、クリーム、ソースと四層に分かれ
大人もきちんと楽しめる様に出来ていた。
この店は季節があまり関係ない常春の高天原に
ある為か旬の物に拘っているらしく、おかげで
食材一つ一つが輝いている。
目の前で楽しそうに、そして美味しそうに
食べ進める四人の姿を見ながら
「いい店を見つけたなぁ
偶には普段と違う所にも出向いてみる物だ」
等と思いながら、摩宵は柔らかい笑みを浮かべた。
「なぁ、竜胆?この店は気に入ったかい?」
『はい、ケーキもパフェも美味しかったです!』
満面の笑みで摩宵の問いに返す竜胆に
摩宵はさらに笑みを深めた。
「なら、また皆で来ようか。」
そうだな…
腹の子が産まれた後にでも…。
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