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区切の年





「懐かしいなぁ

ここに来たばかりの頃はあんなに小さかった

竜胆(りんどう)がもうこんなに大きく成った」




玉虫色の石が付いた金銀の細工が美しい簪で

結い上げられた長い髪をクルクルと指で

遊ばせながら摩宵(まよい)は腕の中の少女を

熱のこもった甘い蕩ける様な瞳で見つめながら

囁いた。



香山(かやま)竜胆(りんどう)

彼女が神・摩宵(まよい)の元へ嫁いでから早、十年…。


少女()は15歳に迄成長していた。

まだまだ幼さの残る顔立ちではあるが

背も手足も伸び、初潮を迎えて以来ふっくらとした

大人の体つきに変わり、もう何時子を成しても

良いような年。

人間のままならばこの年で子を産むのは

少々体に負担がかかるのだが、少女()

もう既に神の括りに入り、相当に力のある者が

見なければ、元が人間だったなど欠片も

解らないだろう程に神の気を放っていた。


最近では元々少女()が居た村のお社には

摩宵だけでなく少女()も纏めて

夫婦神として祭られた事から信仰が集まる様になり

神通力の様な力迄発現しだした程だった。

摩宵曰く、神通力が目覚めるのは

申し越し後だと予想していたらしい。

小さな村では有ったが、信仰の力と言う物は

人ならざる者にとって、ここまで大きく

関わる物なのかと、驚いたものだった。

まぁ、その信仰と言うのも摩宵の様に

産まれに人が関わっていない現象の化身の様は神には

微々たる物らしいのだが…。




さて、今回少女()が居た村の話が出た。

いい機会なので、ここで少し語っておこうか。


少女()が産まれた山奥の小さな村。

今でこそ衛星写真でギリギリ見えるだろうが

それ以前では本当に地図に載る事のない

外から人が来れば、それこそホラー作品の

舞台にでもされそうな程に山奥のそこは今

何の奇跡か東京の大学の偉い民族学の先生だかが

訪れて以来、少女()が神の元に嫁いだ

あの祭りがこの現代まで続いた本物の

人ならざる者が関わった神聖な祭りだとして

大々的にレポートを書いた結果

まず、警察の調査が入り、違法的な

人柱や口減らしの様な事件性が無いかを

入念に調べられた。

勿論、そんな事件性を証明する証拠品など

出てくる筈も無く、例の巫女が一晩過ごす

部屋の映像から本物のスピリチュアル的現象として

世界的に有名になり、今では神秘の残る村

として連日マスコミや観光客などが押し寄せているらしい。

あの祭りやそれに纏わる資料以外は本当に何もない

この村が、だ。


摩宵が水鏡で現世を映して村の現状を

ケラケラと笑いながら教えてくれたのだが

まぁ、酷い大騒ぎであった。

何せあんな小さな村に大きな宿泊施設など無く

会っても元気な年寄りが趣味と気紛れでやっていた

民宿の様な物が一つと、ちょっとしたキャンプ場が

あるだけなのだ。

外から来た人たちは、宿泊施設を増やさないのか

など言っていた様だが、村人たちは

神の守るこの地を不用意に開くことは出来ないと

首を横に振り続けていた。


村人たちが宿泊施設を増やしたがらないのは

神の土地に不必要に手を加えたがらないのと

理由がもう一つ…。


人が集まるという事は、良い事ばかりではない。

純粋にこの村に神秘を求めてやって来る者ならいい

彼ら彼女らは神に対する敬意からか

土地や人に対してそれなりに丁寧だ。

しかし、面白半分にやってきたマナーの成ってない

迷惑な輩が一定数居るのだ。

ソレ等は、ただ大騒ぎするだけならまだマシなのだが

中には山や森を荒らし、人に絡み

罰当たりな事に社を荒らす様な不届き者まで

出る始末…。

そんな事も有り、最近では村に入れ人間を

警察の手を借りながら制限しているらしい。


警察の手を借りようと話が上がった時の事。

村長をしていた人が警察に相談した当初は

相談された警察側も、この村があまりにも

山奥の秘境の様な場所にある為難色を示した。

しかし、山の社に質の悪い悪戯をした数名の

少々ヤンチャな若者数名が摩宵の神罰を受け

行方不明、不審死…主犯格の青年は傍から見ても

死んだ方がましだったのでは、と思われるような

身体的にも、社会的にも悲惨な運命を辿った。


そんな不幸が何度か起こり、村人やお社に危害を

加えなかった者には何も起こらなかった事から

本物の神の祟りだと騒がれ、そうしてようやく

警察も動く事になったのだった。



原初の神な事、混沌と夜の化身と言う属性故か

気まぐれで愉快犯な気質の強い摩宵は

平凡で長閑な村が急激に変わって行く様が

酷く愉快であった様で、最近では定期的に

水鏡を使って村を覗いてはケラケラと笑っていた。


信仰が増えた事で、供物も増えたのか

送られてくる物も多種多様で、少女()が嫁入りして

すぐの頃は、お酒に米に野菜、時には魚や肉類が主に

供えられていたのだが、ここ数年では元々人間だった

少女()が居る為か、市販の菓子うやジュース等も

供えられる様になっていた。

送られてきた供物で摩宵の眷属達も混ぜて

ちょっとしたお菓子パーティーをしたのは

少女()にとって、中々に楽しい出来事だった。


15を迎えた少女()の時間は今はもう完全に止まり

ゆっくりとした神の時に生きている。

目まぐるしく流れる人の世界を摩宵と眺める。











  シャンシャン……

 

      シャラァ…ン……



 シャシャー…ン……





夏の濃い緑が生い茂る山奥に鈴の音が響く。


この村最後の巫女…いや、神の花嫁である香山竜胆が

幽世に旅立ってから十回目の祭り。


今年の祭りは十年目の記念という事で

過去最高の見物人の元大々的に執り行われていた。

今までの様に巫女を神に選んでもらうという事が

無くなった代わりに竜胆が巫女の回以降は毎年

くじ引きに選出方法を切り替えたらしい。

そして、選ばれた巫女はお社の中で

一晩を明かすのではなく、新たに創られた舞台

神楽殿での神楽舞を捧げる事に変わった。

勿論、今までの祭りの形態もきちんと記録として

残した上での変更だ。

摩宵曰く正しく神を祭る精神が重要なだけなので

時代に合わせて形を変えるのはきちんと

お伺いを立てればそこまで問題ならしい。

勿論その新しい祭り方をその神が気に入るかは

其々らいいので、ある種の掛けに成るらしい。

ただし、変更前の祭りの形態を記録しておかないと

"なにか"が有った時に対応できないので

変更する度、言語形態が何かしらの理由で

変わる度に過去の記録もその時代の言語に翻訳して

書き直す事を推奨するのだそうだ。



少し前から村への入場制限が掛かったとは言え

本物の神とつい最近まで実際に交流していたこの村は

日本国内だけでなく世界中で注目を集め

参加らしい参加は出来ずとも、行われる時間が夜中で

場所が山奥だったとしても祭りを実際に

自分の目で見たいと言う人間で村は溢れていた。


村やそこに住む人、更には客人本人を

神の怒りから守るためのルールや契約などが

他の観光地よりも多いにも関わらず

村の民宿やキャンプ場は数日前から満員になっていた。

幽世からソレを愉快そうに眺めていた摩宵が唐突に

何かを思いついたようで、にんまり…と

怪しげな笑みを浮かべたかと思えば

何時も通りに座に抱えていた少女()

その笑顔のまま顔を向け、たった今

思いついた事を提案する。


折角の竜胆が嫁入りして十周年目の祭りだ

村の人間たちに竜胆が神に生まれ変わった姿を

見せに行こうじゃないか。


そんな風に言った摩宵に少女()

まぁ、摩宵様が良いのなら…と頷いた。

少女()が頷いたのを確認するや否や

摩宵は善は急げとばかりに眷属の一柱を呼びつける。

彼は確か着物を作るのを得意としていたのでは

なかっただろうか?と思案する。

摩宵と眷属のやり取りをうかがって居れば

アレコレと反物の柄だ素材だと意見し合っている。

どうやら、祭りに合わせて豪勢な着物を態々

今から仕立てるらしい。


摩宵の気まぐれに毎度付き合う眷属達も大変だなぁ

なんて思い、数日で着物一式+aなんて

大丈夫か、無理してないか。

そんな風に少女()が目の前の眷属に声を掛ければ

他の眷属や式神、彼らの特殊な技と書いて特技と読む

それらを駆使して作る為、人間の様に

無茶な注文と言うわけでは無いらしい。

しかも、摩宵の気まぐれは少女()と言う最愛の

花嫁が出来た事で先や動機が幾分解り易く成った事で

対応が楽に成ったらしく、その事も有って

今回の着物一式は眷属達から少女()への

感謝の気持ちも含めたいのだと言う。

眷属の彼にそこまで言われてしまえば

少女()に断ると言う選択肢は無く成り

その後は満面の笑みを浮かべた摩宵の

着せ替え人形になるだけだった。












現在夜の8時。


山奥のお社の傍に新設された神楽殿にて

今年の巫女に当たった子供が神楽鈴を手に

しずしずと舞を舞っている。

シャンシャンと響く鈴の音が夜の山に響く

周囲に設置された行灯の柔らかな明かり照らされ

神楽殿の周りには村人と、この祭りを目当てに

態々やって来た観光客…。




そして……。





「いやはや、今年で十年ですか」

「早い物ですなぁ」

「そう言えば皆の者聞いたか?」

「おぉ!聞いたぞ聞いたぞ!」

「我々の様な低級の妖では中々御目にかかれる

お方たちではないからなぁ」

「ん?ややや!噂をすればだ!上じゃ!」

「摩宵様じゃ!摩宵様がいらっしゃった!」

「お隣に奥方様もいらっしゃるぞ!」





ざわざわと葉が擦れ鳴る音に

沢山の何物かの話声が紛れる。

時々辺りをキョロキョロとする人や

木々の影にギョッとした顔をする人

数はとても少ないがどうやら見える側の人が

何人か居たようだ。

"今"が特別な時だからか普段よりも

見える者、聞こえる者が多いようで

声に誘われるように上を見上げたその場所。


本殿の屋根の上に降り立つ夫婦神の姿。

瞬間柔らかな光が当たり一杯に降り注いだ。

その場にいた人は一斉に上を見上げ口を開ける。

ざわめきが大きくなる。

降りたのが高位の神な為か今この場に居る全員が

二神の姿が見えているらしい。

唖然と口御明け放心する者

泣き出す者

意味の無い言葉を叫び出す者

中には気絶するものまで…。



「おやおや、ちょっと神気の出力が強すぎたかな?」

『結構な人数が発狂してますけど』



多少驚いた、程度の人間は本当に少数の

精々両手で在りる程度であった。

そんな阿鼻叫喚と言ってもいいような現状を

摩宵はケラケラと嘲る様に笑い、その摩宵に

腰を抱かれながら彼に寄り添う竜胆は

小首を傾げながら人々を眺める。

そのまま屋根の上に座ると、摩宵はひらりと軽く

手を上に振り上げる。

すると今の今まで発狂していた人々は

ハッと目が覚めた様に顔を上げた。



「ほらどうした?態々僕たちが降りて来たんだ

神楽舞を続けなくていいのか?」



そらそら、と催促する摩宵の姿に

真っ先に我に返り動き出したのは

10年の月日に少しだけ老けたように見える

何時かの神主の男性だった。

役員の村人達に呼びかけると、摩宵と竜胆に向かい

跪き深々と頭を下げると二神の為に

改めて初めから神楽を始めたいと申し出た。

それに摩宵はチラリと膝に抱きかかえた

竜胆に目を向ける。

目を向けられた竜胆は無言で頷いた。






三種の笛に三種の太鼓、そこに琵琶と琴の()

厳かに、そして雅に重なる。

舞の動きに合わせて鳴る軽やかな鈴の()

耳に心地よく響く。


神と人と妖とが混じり合い

同じ祭りに参加する。

科学の発展したこの現代において

まるで夢物語の様な、けれど間違いなく現実のひと時。











「神主様、あの子は…私の娘、竜胆は

どんな姿をしていますか?

私、涙で前が霞んで見えないんです」


「…そうですね、彼女の今の姿は恐らくそのままに

成長したであろう15歳頃でしょうか

衣服は艶やかな黒地に輝く銀の刺繍の着物姿です

結い上げられた髪をあの日の、選別式の時に

授けられた簪で止めております」


「成長、しているのですか…?」


「えぇ、まだ幼さも感じますが

とても美しくお育ちになっております。

既に神として成立している様にも見えますね」


「本当に、あの子は神に成ったのですね…」


「はい、けれど…何も心配する事は無いでしょう

竜胆様は今、摩宵様の元で

とても幸せそうに微笑んでおられますから」






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