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始まりの祭り



その日、少女()の…

香山竜胆(かやまりんどう)の意識は覚醒した。


それは少女()が5歳に成る年の夏の夜だった。


少女()が住むこの村は毎年この時期に

ある祭りをやる。


村中の5歳~12歳の子供の中から巫女役の

子供を出し、村の奥の山にあるお社で

一晩を明かす。


そんな祭りだ。


祭りと言っても、山奥の小さな村で

村人だけでやる様な小さな祭りなので

出店が有るわけでも無く

ただ一つの祈願の祭り…。




意識が覚醒する前、〈私〉の精神は

ただ少女の中でうつらうつらと

まどろんでいるよ様な状態だった。


ふわふわ、ゆらゆらと

宙を…或いは水の中を漂っている様な…


そんな状態だった。


コレは所謂(いわゆる)転生と言うモノなのだろうか?

それとも、憑依?二重人格?

死んだ覚えは一切ない。

しかし、ただの五歳児にしては

異様に精神が発達している。

まるで思考や精神だけが先に

大人に成長してしまったかの様だ。


覚醒()も前も少女が<自分>だという

認識はある。

しかし、どうも視点がおかしい様な気もする。

きちんと自分の意志で身体を動かせるが

何か…、例えるならVRゲームの視点とでも

言うのだろうか?


手を見て、体を見て、足を見て…

鏡越しに自分の顔を見て…。


どれも自分のモノだと解るのに

画面越しに見ている様な気になるのだ。



意識が覚醒した切っ掛けは恐らく、

少女()の誕生日会を家で父母祖父母と

お祝いしていた時だ

ケーキを食べていた少女()

「竜胆ちゃんも今年で5歳になったから

お祭りの巫女様の選別式に出られるねぇ」

と、祖母がニコニコして言った。


それを聞いた瞬間だった

パチン、と視界が弾けた様な感覚が

したと思った次の瞬間…


<私>の意識が覚醒した。


この村の【祭り】と何か関係が

有るのだろうか?


そもそも、この祭りの始まりは

遥か昔、まだ人と神の距離が近く

曖昧だった時代の話だ。


その時、この村は立地が悪かったのか

何なのかは未だにハッキリと解らないが

とんでもない災厄にみまわれたらしい。


ある夜の事

当時、村の長老だった翁の夢枕に

神が立ち、お告げを下したらしい。


「村の子供の中から一人差し出せ

さすればこの村を守ってやろう」


そんなありがちなお告げだったらしいが

度重なる災厄の処理に追われ

精神的にも疲弊していた長老は

藁にも縋る思いでそのお告げに

従う事にしたらしい。


こう言うお告げではそこそこ珍しく

差し出される子供の性別は

問われなかったらしく

翌日、長老は早速村中の子供たちを

山中の集会場になっている小屋に集め

子供の選定を始めた。


しかし、ただの人間が自己判断で

決めては、神は気に入らないかもしれない

そんな風に思った長老は子供達を一人ずつ

順番に別の小部屋に通して

「お告げの神様、自分は〇〇です」

と名乗らせ、神様に子供を

選んでもらう事にした


全員の名乗りが終わり

さぁこの後どうするか、となった時

座っていた一人の子供の膝の上に

美しく輝く玉虫色の小さな石が降ってきた。


それを見た長老は、それを神の選択とみなし

石を落とされた子供を巫女とした


子供が召し上げられた後は

今までの災厄の数々は何だったのかと

思う程あっさりと負の出来事は

ピタリと止み村に平穏が訪れた。


その後、その集会場には

お社が建てられ、毎年同じような方法で

子供が巫女役に立ち、社の一室で

一晩を明かし、村の平和を祈願する

祭りとなった。




そんな始まりの祭りは、時が流れ

神の存在が曖昧に成った今も

変わらず続いている。


残っているのはカタチだけかと思えば

そう言う訳でも無く

村が平和な時は巫女役に選ばれた子供が

ただ山奥の社に一晩泊まるだけで終わるのだが

村に良くない事が近づいた時

その年に選ばれた巫女役の子はその度に

忽然と姿を消すのだ。


この化学が発展した時代でもそれは同じで

監視カメラを付けても、朝まで残る子は

なんの変化も無くカメラに映り続けるが

子供が消える時は決まってその時だけ

神楽鈴の音が入ったかと思うと

カメラが映らなくなり、数分の(のち)

映像が戻ると、そこには寸前まで人が

居た事が解る布団だけを残し

誰も居なくなっているのである。


そんな訳で未だにこの村では

神の存在が村の外よりも

強く信じられているのだ。



平和な年の巫女役は気楽なもんさ。

美味い料理をたらふく食べて

祭りの時に巫女役と世話係だけが

入れる大きく綺麗な風呂に入って身を清め

自分の気に入った良い匂いの香油を

塗られて、これまた上等な生地の

着物を着せられて平安の貴族の寝床を

模した部屋に泊まるだけなのだから。










20**年の8月9日。


この日は神様に今年の巫女を選んで

もらうために山のお社で

自分の名前を告げる日。


丁度その年は少女()が5歳の誕生日を迎え

意識が覚醒し、体と精神のチグハグさに

四苦八苦しながら数日過ごした後の夏の日。

巫女の選定に参加するために

母に手を引かれ、今年選定に参加する

他の子供達と一緒に山を登った。


お社につくと、そこには何人かの

大人たちの姿が有った。

一週間後に行われる祭りの準備をしているらしい。


この年は平和な年とも厄年とも言い難い

とても判断に困る年だった。

村の中では何事も無かったのだが

問題は村の外。


新種の病気が流行った

行方不明事件が有った

どこぞで殺人事件が有った…


ニュースで数日少しだけ騒がれた程度では

有ったが、それでも大なり小なり

【厄】が有った事は間違いない。


偶々(たまたま)この村が無事だっただけか

それとも例の神様が厄を避けてくれていたのか

それは祭りが終わってみなければ

解らない事だろう。


最後に子供が神様に召し上げられたのは

もう何十年も前の話。

それこそ戦争が行われていた様な

時代が最後だった。

その関係で少女()の父母以下の世代は

この祭りの深い所をきちんと

理解していない人も中には入る。

祖父母の世代以上の人たちの

この祭りに対するある種異様なまでの

気合の入り方に首をかしげる人や

「古い時代の人たちだから

こういうお祭りや迷信を深く

信じ切っているのだ」

なんて言って居たり…。


少女()の母も、祭りの事は祖母に聞かされ

知ってはいるが彼女の年代では既に

祭りの巫女はただお社に泊まり

翌朝には何の問題も無く普通に帰ってくる

と言う形が長く続いたために

神様に巫女になった子供が召し上げられる

と言うモノは何処か遠いむかぁしむかしの

御伽噺の様に、実感の無い話でしかなかった。

彼女の夫、少女()の父が外からの

婿入りだったと言うのも大きいかもしれない。









お社の奥の小部屋、

名乗りの間と呼ばれている部屋に

順に通される。


この名乗りは年齢の高い順から

行われる。

少女()は、ついこの間誕生日を迎えたばかり

なので、順番は一番最後だった。



今年名乗りに参加した子供達には

村の外にも噂が流れる位に可愛い子や

都会にあるエスカレーター式の

有名な学校から声がかかる様な

頭の良い子に、村一番と言ってもいい位に

代々信心深くこの祭りの神様を

信仰している家の子供だって居る。

その他にもチラホラと選ばれても

何ら可笑しくない子供が何人か居た。


少女()も正直、選ばれるのはそう言う子

なのだろうと思った。

だから、外から見ても解らない…

ただ異様なほどに精神が発達しているだけの

特別な特技なんかが無い少女()なんて

神様は選ばないだろうと思った。

現に、有力候補と言ったら可笑しいかも

知れないが、そう言った子供とその親族

取り巻きの子なんかは最後の方に

名乗りをする子供たちを面倒そうな目で

見ながら、中には堂々と

「どうせ〇〇以降の子はやっても

意味ないんだら早く終わらせてよ」

なんて口に出す者まで居た。


それを聞きながら、鬱陶しい視線を

剥けられながら、少女()

名乗りの間に入る。


その部屋は四畳半あるかないか…

程度の広さで、入り口の正面の壁に

台座が有り、二本のろうそくに火が灯り

両端に立てられ、台座中央には

何時の時代からあるのだろうか

磨かれてピカピカと輝いては居るが

とても古い事が解る銅製の

丸い鏡が立てられている。

台座の前には丸い座布団が置かれ

そこに座り、鏡に向かって

名乗りをするらしいい。




『おつげの かみさま

    わたしの なまえは 

      かやま りんどう です』



名を告げる。

少し()を開け、無意識のうちに

詰めていた息をふっと吐く。


あぁ、やはり何も起こらないんだなぁ…


少女()は思い、早く皆が居る広間に戻ろう

と、うつむいていた顔を上げ

立ち上がろうとした時だった。



視界の端に映った鏡の中の自分が

それはそれは嬉しそうに、


ニィッコリ…


と、自分の顔である筈なのに

まるで別人の顔つきで笑ったのだ。




…普通の子供ならここで叫ぶか

それとも、硬直してしまうのだろう。

しかし、どういう訳か少女()は一切の

恐怖を感じる事も無く、ただ一言


『あ、笑った』


と言った簡素な言葉しか出てこなかった。




我ながらいったいどういう精神をしているのか

今思い出しても不思議でならないのだが

だからと言って、今更何ができる訳でも無い。

そのまま、ジッと鏡の中で笑う

自分を見続けていると、ソレは笑ったまま

口を開き、女とも男とも、子供とも大人とも

どれにも取れない不思議なノイズ交じりにも

鈴が転がる様にも聞こえる声色で


「あぁ、やっと見つけた…君で最期だね」


と言って、瞬きした次の瞬間には消え

鏡には少女()が映るだけになっていた。


不思議な事も有る物だ…と、ぼぅっと

していたが、すぐにハッとして

名乗りの間を後にする。




広間に戻るとそこに居た全員から

一斉に目を向けられる。

困惑、心配の視線、中には

苛立ちや怒りの様な視線もある。

向けられる視線に戸惑いつつも

母の元に速足で向かう。

すると母は少女()の両肩をガッと

掴むと、随分と焦った必死の形相で

三時間も名乗りの間で何をしていたの

と、募られる。

少女()は困惑しながらも、部屋の中で

起きた事をそのまま話そうとした

しかし、口を開こうとした時、母が

少女()の頭を見て顔を引きつらせる。



少女()の髪には、それはそれは

美しく輝く玉虫色の大きな石が付いた

繊細な金銀の細工が入った簪が

刺さっていたのだ。



広間のざわめきが大きくなる。

自分が選ばれるのだと思っていた

子供や、その親族はそろって

少女()を睨みつけ詰め寄ろうとしたが

それよりも早く、このお社を管理している

神主様が早足に近寄って来て

簪をまじまじと見る



そして、難しい顔をすると

何処か固い声で少女()に名乗りの間で

何が有ったのか聞かせて欲しいと言う。


少女()は話した。


名前を言って、部屋を出ようとしたら

鏡の中の自分が自分じゃない顔で

笑った、そしてその後に言った言葉



『やっとみつけたって、さいごだっていった』



神主様は少女()の話を聞く

やっと見つけた?さいご最期?まさか…最期

とつぶやいた後に簪を見てハッとした。

そして、後ろに控えていた数人の

準備係の大人たちに向くと

大急ぎで少女()に白無垢を、嫁入り道具を

準備する様に言いつけた。


我に返った母が神主様に

どういうことか、娘に何が、と

声を張ると神主様は真剣な顔で

「竜胆ちゃんは神様に最後の巫女…

いえ、花嫁に選ばれたのです」

と言った。

そして、恐らくこの村最期の巫女であるだろう、

と言う事も…


母は、ただ茫然と宙を見ながら

何で、どうして、私の子が…

とつぶやき続けていた。




今まで巫女に選ばれた子が落とされた石は

確かにどれも美しい玉虫色ではあったが

どれだけ書物を探してもどの代まで遡っても

1cm程度の無機質なただの"石"でしかなかった

本当に小石としか言えない物だった。


それなのに、今回の巫女に選ばれた

少女()の石は、5cm以上は有り

しかもきちんとカットされ磨かれ

美しいい簪にまでなっているのである。

更に、ただ上から石を落として寄越された

のではなく、結わえた髪に飾る様に

丁寧に"送られた"のだ。


古い時代、簪は今でいう

結婚、婚約指輪の様な物だったという。

これを送った神様の意図は

ただの人間程度には正確に把握できや

しないだろうが送られた物、言葉を考えると

大外れは無いだろうと神主様は考えていた。

少なくとも、歴代の巫女達とは

明らかに待遇が違うのだから。







選別から一週間

少女()の周りはバタバタと忙しかった。

何せ神様への嫁入りだ。

今までの祭りの巫女達と同じではいけない。

しかも、話が本当であるならば

今回の、少女()の嫁入りで祭りの

本来の形、言葉を選ばずに言ってしまえば

人身御供(ひとみごくう)は終わるのだ。

今後はただの、平和を祈願する祭りとして

伝統としては残りはするだろうが

正しい記憶は緩やかに消えて行くのだろう。




さて、少女()の周りが忙しかったのは

嫁入りの準備の為だけでは無かった。

茫然自失に無気力になる母と

外からの婿入りでイマイチこの村の

この祭りに理解が及んでいない父

そしてそれを嗜め抑えつつも

孫が神様の花嫁になると、この上ない

名誉な事だと嬉しそうにする祖父母…。


家だけではない、選別に参加していた

巫女に選ばれると思われたいた子供や

その親族の一部から地味な嫌がらせを

受けてしまったのだ。

偶々少女()の精神が諸事情により

少々特殊であった事で

大人とそん色ない上に、物事への

興味関心が異様なまでに両極端化していた

為に、嫌がらせをしてくる人達や

された事に対して、多少面倒くさいと

思いつつも『どうでもいい』と言う

感想しか思わなくなっていた。



周りがそんな状態なので、少女()は早々に

神主様や、代々御世話役をしている家の

小母(おば)さんにお世話になる様になった。























「あぁ…ようやく、ようやくだ…

この時が本当に待ち遠しかった。」



「この時をどれだけ待っただろう…

本来この程度の年月、神である僕には

一瞬である筈なのに…」




「ナニかを探しているってだけで

こんなにも長く、永く感じるものなんだね」




「君が産まれるのを心待ちにしていたよ」












「可愛い僕の花嫁よ―――――」













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