とある婚約破棄の裏側で。
まったく姉様ってば!
可愛い妹を放っておいてどこをほっつき歩いてるのかしらっ!
って思って密偵に調べさせたのだけど姉様どこに行ってると思う?
なんと、街の酒場よ。
それも大商人たちの下品な金ピカのところじゃなくて、街外れのボロい酒場。
姉様がお酒が好きなのは知ってたけど何もあんなとこで呑まなくてもって私は思っちゃうんだけど。
え? あ、そっか。
姉様って私たちにお酒が好きなのバレてないと思ってるんだもんね。
態々遠くまでコソコソ出かけていく姉様……子供みたいで可愛いねっ?
あは、同じこと思ってたって?
もぉーやっぱり気が合うじゃん!
一度は、裏切り者めぶっ◯してやるって思ったけど間違いだったね!
ん? 冗談じゃないよ!
私は有言実行の女なんだから。
あはは、そんなにヒかないでよー!
あははっ、はぁ……だからこれから言うことも冗談じゃないんだ。
姉様……酒場で男と会ってるみたいなの。
ちょっとちょっと!
剣なんか持ってどこいくつもり!
もう、そそっかしいんだから。
誰を斬るべきかもまだ分かってないでしょ?
これ……。
うん、射影器で撮ってきてもらったんだ。
後ろ姿しか写ってないけどね。
私だって文句言ったよ。
これじゃ獲物が分からないじゃんって。
でも密偵が言うところによると、どうやっても顔が撮れないんだって。
こっちの位置を把握してるみたいに自然な動きで顔を隠されちゃってさ。
他にも何枚かあるけど見る?
殆どおんなじ感じだけど。
密偵もそう言ってた。
身なりはそこらの人と変わりないけど、高度な訓練それも隠密に向けた対策を取られてるって。
他国の密偵か暗部の人間か……それは判然としないけどいずれにせよ姉様に危機が迫ってることに違いはないわ。
それはそれとして何処の馬の骨とも知らない男が姉様に気安く話しかけていることも癪に障るけどねっ!
姉様も警戒心がなさすぎなんだよっ!
誰に向けても優しいのは姉様の誇るべき美点だけど人は選ぶべきだよね!
姉様は可愛いんだからみんな勘違いしちゃうよ!
そう思わないっ!?
うんうん!
そうだよねっ!
姉様の愛を独占することなんてあっちゃならないから!
……君もそう思ったからこんな大それた真似したんでしょ?
小さい時にした約束を守ってくれるなんて思わなかったよ。
だって忘れて黙ってたら姉様と一緒になれたんだよ?
夫婦だったら、キスとか、その先まで……ああ! ナシナシ! ……まぁ色々出来たのにそれを蹴ってまで私との約束を取ってくれたのは本当に嬉しかった。
大切な友を失うわけにはいかない?
あは、なにそれ。
物語の勇者様みたいなこと言って。
……あー今は同じようなものか。
そういうの似合っちゃうのずるいよね。
泣き虫だったくせにさー。
私、実はずっと心配してたの。
君は大人になっていくにつれてどんどんカッコ良くなってくんだもん。
姉様がいつ君に惚れちゃうかって気が気じゃなかったんだよ?
あははっ! そうだね!
姉様の中でも君はずっと泣き虫のまんまだっ!
うん、でもその反面感謝してるとこもあったんだ。
社交界にデビューしていけすかない下級貴族の次男坊三男坊が姉様に群がってたでしょ?
そいつらが君のこと見て逃げてくのホントに面白かったんだから。
そりゃあこんな容姿端麗な男が常に隣にいたら身の程を知るってもんだよねー。
あ、そういえば……あれ覚えてる?
ひとり物分かりが凄い悪い奴がいたじゃない。
そうそう、クリステンの末弟。
アルフレッドって言ったっけ?
姉様に素気なくあしらわれて「強気な女は好みだ。俺の女にしてやる」とか鳥肌ものの妄言吐いてた奴。
うぅ! 思い出したら寒気してきた!
なにを勘違いしたか君に「決闘だーっ」とか言い出しちゃって。
剣まで持ち出したくせに、君にパンチ一発でのされちゃってさー!
もう笑いを堪えるのが大変だったんだから!
えっ、私笑ってた?
しかも指を差して?
あれー? そうだったっけー?
確かあの一件でうちの父様が君を婿にするって決めたんだよね。
あの時の私の落ち込みっぷりったらなかったなあ。
姉様取られちゃうー! って。
まー、こうやって杞憂に終わったんだけどね?
って、私は何昔話なんてしてるのかしら。
今は姉様の話! わかった!?
まずはこの不埒者の正体を暴くとこからね。
どうすれば良いと思う?
……姉様を尾けてみる?
それも良いかもしれないね。
でも問題もあるよ。
あれ? 分からないかな?
私たちはね、目立つの。
君もそろそろ自分の容姿が優れているのに気づいた方がいいよ?
美男美女が連れ立って歩いてたら嫌でも目につくの。
なら顔を隠せばいいって?
浅はかね。
うちの領地の治安が良いのは伊達じゃないのよ。
優秀な衛兵たちにすぐに目をつけられるんだから。
怪しいやつは問答無用でしょっぴけって父様が口を酸っぱくして言ってるもの。
そうだよねえ……だから密偵を放ったけど結果がコレじゃね……。
あ、そうだ。
フランに聞いてみようかな?
姉様のお付きのメイド。
うん、うちの執事長の娘さんでね。
私とは歳も近いから子供の時から仲がいいの。
君も何度か会ってるはずだよ?
そう、その黒髪のお下げの子。まんまるメガネの。
姉様愛も私に負けないくらいで夜は一緒に姉様談義で盛り上がったなー。
いっそのこと私たちの関係も明かしちゃって仲間に引きいれちゃうのもアリかも。
……え、いいの?
冗談で言ったつもりだったんだけど。
あ、少しは本心も入ってるけどね。
私のこと信頼してるから、って……。
ちょっとー! カッコいい顔でそんなこと言うのズルいよー!
わ、私じゃなかったら今ので惚れちゃってるよ!
気をつけてよっ? もうっ!
あーやだやだ……!
なんでほっぺたが熱くなっちゃうかなあ……そういうんじゃないのに……!
この婚約はあくまで仮面なんだから。
姉様を守る同盟と言うべきものなの。
私の一番は姉様……一番は姉様……!
よしっ!
なんでもないよー!
君、乙女の独り言を盗み聞きするなんて下品だよ?
してない?
そう、ならいいの!
今は姉様のことが最優先なんだから!
じゃあフランに協力を仰ぐってことで決定!
いいよねっ?
姉様を誑かす不埒者めえ……!
すぐに正体暴いてやるから待ってなさいよーっ!
……ところでもう遅いけど君は今日どうするの?
えぇ! 私の部屋に泊まるぅ!?
何言ってんの!?
父様と母様からそうするように言われたですってぇ!?
一体何考えてんのよ! うちの両親は!
婚前の娘の部屋に泊まっていけなんて常識ハズレにも程があるよっ!
下手に断ると怪しまれると思ったぁ……?
……それは分からないでもないけど……母様やけに鋭いもんね……。
でもベッドは一つしか無いしー……年頃の男女が同衾だなんて……ってなんで床に寝転がってるわけ?
ゆ、床で寝るなんて!
貴族の嫡男が地べたで寝るなんてダメでしょ!?
今は戦時中じゃないの!
緊急事態でもないの!
だったら……ってぇ。
…………。
もう、分かったよ!
分かりましたよっ!
私も次女とは言え貴族の子女です……!
覚悟を決めるよぅ……!
はい! ベッド、そこ使って!
こっちは私の領土だから!
勝手に入ってこないでよねっ!
いいのかって決心鈍らせるようなこと言わないでよぉ!
大丈夫! 子供の頃だって一緒にベッドでお昼寝してたもん!
同じことだよ! ……同じ……そう同じなの……!
ぐだぐだ言ってないで早くベッドに入る!
明日は忙しくなるんだから寝不足なんて許さないからねっ!
おやすみっ!!
春の陽気は過ごしやすくていいものですね。
夏なんて永遠に来なければいい……!
希望があれば、また同じ世界観の短編をあげるかもです。
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