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創が提案するお付き合いには条件が二つあった。
一つはお互いに干渉しないこと。もう一つはどちらかの退院で必ず別れること。
これが退院後を見越した条件であることはすぐにわかった。後腐れなく、ただ今を乗り越えるためだけのものだ。
そうなると『お付き合い』という関係は恋人同士というよりも同志に近いような感じがする。
なので「友人ではダメなの?」という疑問をぶつけてみると「恋人という形を作ったほうが甘えやすくなるよ」と創は言った。疑似恋愛でも、この生活に楽しみができるなら前向きになれると。
それが本物の気持ちになってしまった時はどうするのかと思えば、結論は変わらず「別れる」らしい。
創は徹底して『入院生活の中で』をこだわった。
私は一晩考え、翌日にはその提案を受け入れることにした。
とはいっても、たった数日の関係が劇的に変化することはない。
会えば泣いている。そばで背中をさする。友人でもないのにそれ自体が普通となっていた私たちには、今のこの状況はたぶん劇的な変化ではない。
私たちの『お付き合い』の本質からして、これが今後も正解の形となっていくのだろう。
創が恋人になったわずか二日後から。
私はだんだんやってきた副作用により、日毎にベッドから起き上がることができなくなっていた。
「……うぅ……」
「吐く? 体起こそうか」
「大、丈夫……」
「吐けるなら吐いちゃいな。楽になるから」
創は手近に容器を引き寄せ、私の体を支え起こしてくれた。少し強く背中をさすられ、その上で流れ落ちる私の髪まで手で束ねてくれる。
都合がつけば日々私に寄り添ってくれていたので、ずいぶんと手慣れたものになっていた。
「吐けない……」
「横になる?」
「うん……」
また支えられたままで体を倒す。
吐けば楽なのはわかるけれど、私はなかなか吐きにくい体質らしく、それが上手くいかなかった。
背中から創の手が離れたことでまた気分の悪さが戻ってきそうだ。
「創、背中……」
「さすろうか。横向いて」
されるがままに創に背を向けると、またごしごしとさすられ揺すられる。荒っぽいかもしれないが、撫でられるだけの優しさなら気持ち悪さに勝てず意味がないのだ。
背中に創の手のひらがあることをしっかりと感じられることで、少しだけ気分がマシになる。
「ありがと……」
深く息を吐いて私は目をつぶった。
創には寝たきりの私の看病をさせて申し訳ないけれど、寄りかかることのできる存在がいるというのは確かに支えになっていた。
甘えられるけれど涙は見せたくない家族、体は任せられるけれど気持ちまで甘えられない医師や看護師。
そこに『恋人』という、友人とは違う存在はとても大きなものだった。創には甘えられるし、涙を見せられる。
そしてこの関係において、『仮初』が一番重要なのだと身に染みて感じていた。
私たちはお互いに干渉しない。名前、年齢、病室の場所。
今知り得るのはそれだけと、出会ってから見えた性格くらい。
家族構成や仕事、住んでる場所、どんな友人がいるのか。他のことは何も知らない。聞けば答えてくれるかもしれないし、答えてくれないかもしれない。それは私も同じ。
深く知らないからこそ、創が見せてくれる優しさに素直に甘えることができる。
いつか別れるから、だけじゃなく、今しか関係を持たない私たちにとって、お互いの背景は邪魔なものなのかもしれない。
私の背中で規則的に動いていた創の手がふいに止まった。かと思えば動き出し、動きを緩めてまた止まる。
気持ち悪さからようやく抜け出した私は疑問に思って目を開けた。
重たい頭を持ち上げて振り返れば、創は私のベッドに頬杖をついたままで眠りかけていた。
こく、こく、と頭が揺れている。
「創」
声をかけると、目が開くのと同時にかくんと落ちた。
体勢を持ち直した創は寝ぼけた顔で柔らかに微笑んだ。
「ごめん。寝てたね」
「いいよ。ありがとう、すごく楽になった」
「ならよかった」
創は「んー……」と漏らしながら体を伸ばした。
忘れてはいけないのが、創も病人だということ。私のものと並んだ点滴スタンドは、それぞれの主人に向けてチューブを伸ばしている。
私は創の方を向いて横になり直し、手を伸ばした。
「うん? 何?」
創は病衣を掴んだ私の手に気づき、いまだ眠たそうな瞳で私を見下ろした。
「もう病室戻る?」
「彩がいいなら、まだいるよ」
「じゃあ、まだいて」
「いいよ」
ぽんぽん、と私はベッドの枕横あたりを示して叩く。
首を傾げた創は素直に近寄ってくるので、気持ちに余裕の出た私は恥ずかしさを押し退けてこう言ってみる。甘えたい気分だった。
「一緒にお昼寝しよ」
「えっ」
創はぎくしゃくと動きを止めた。
赤らんだ頰で私をじっと見つめ、少ししてため息をついた。
「……そこまで安心されるのもどうなんだろ。男として」
「この関係にそういう事はあるの?」
「嫌なことはしないよ」
答えなようで、答えじゃない。
創は私の示した場所にぽすん、と頭を置いた。同じ高さの目線が思ったよりも近くて、くすぐったい。
管の繋がった手を出すと、創もまた管の繋がった手で私を包み込んだ。
薬液の流れる私の手はひんやりとしていて、包まれる熱が心地いい。
頰を染めたままの創が笑み、つられて私もふんわり口元が緩む。
苦しい日々の中の、一時のやすらぎだった。