メイドのプチ騒動
目の前に聳える、どこか禍々しさも感じる塔に、俺と日向子ちゃんはビビった。
「蓮さん、やっぱり荷物届けてもらいましょうよ」
「うん、イイね。そうしよう」
「何を言ってるんだ。魔術塔まで来たのに何故用事を済まさない。
お前の為にヒナコまで付き添っているんだぞ」
いやー、ベルヘルム殿下の仰る通りで。
でもね、行きたいって言ったの日向子ちゃんだし。止めなかったの、アンタらだし。
「いや、何か想像の何倍も入り辛いって言うか。
ここ、本当に人住んでます? 」
「アハハッ、面白い事言うね、レンは。
住んでるに決まってるだろう。その為の建物なんだから。
もちろん自宅から通う魔術師も居るけど、研究とか実験で寝泊まりしてる団員がほとんどだよ」
なるほど。研究室に缶詰めになる理系の社畜みたいなもんか。
…あ、一気に恐くなくなった。
「そうですか。ところで、入口が見当たらないんですが」
「ああ、大丈夫。ほら、開いた」
「「えっ!?!!?! 」」
煉瓦造りの壁から、突然空間がっ!
奥が続いて見えるって事は、これが入口? 嘘だろ?!
「ナニコレ、急に入り口がっ。
やっぱり帰りましょう蓮さん! 」
「でも入口開けてくれたのに、ここで帰ったら…それはそれで恐くない?(今後が) 」
「それは、たしかに」
「何してるの、レン。早く入らないと閉じちゃうよ」
まさかの時間制限アリ。
塔の中は、外観よりもずっと広い様だ。
誘導されるままに進むと、応接室らしき部屋があった。
「おお、早かったな。
それに殿下や聖女様まで。ようこそ、魔術塔へ」
待っていたのは、爺さんと目の下に濃いクマをこさえる20~30代の青年達。
どうしよう、挨拶もまだしていないのに同情を禁じ得ない。うう゛。
「荷物取りに来たんですけど、忙しそうですね。なんか」
「ん? そうか? はて、だいたいこんなもんだから分からんな。
おーい、あのカバンを持ってきてくれ。
あ、聖女様。お座りになって下さい。ベルヘルム殿下とベイリー殿下も」
爺さん、俺は?
「団長、こちらを」
「うむ。ほれトキトゥ、これで間違いないか?
聖女様のお持ち物はすでにお返ししてある。残りはそれが全てだ」
「ありがとうございます」
鞄を開けて見ると、パッと見た感じ全て揃っている様だ。良かった。
仕事道具のメイクBOXも目立った傷はないな。ブラシも折れてない。
「大丈夫そうです」
「そうか、良かった。せっかくだから見学して行くか? 」
「あ~、いえ。またにします(だって凄い目で見てきてますよ、お宅の部下達。仕事増やすなって顔に書いてあるから、マジで)」
どこへ行っても歓迎されるはずの聖女様も目に入らないらしく、完全に苛立ちを募らせる団員達を前に、俺も日奈子ちゃんも、そそくさと塔を後にした。
「ベイリー殿下、魔術師ってみんなああなんですか」
「断じて違う」
「え、でも…」
「レン。さっきのは忘れなさい。きっと疲れてるんだよ、そっとしてあげて」
「…はい」
日奈子ちゃんとベルヘルム殿下に夕食も誘われたが、道具のチェックを直ぐにでも始めたくて断った。
気を悪くしたかと心配したけど、どうやら殿下はお望みだったらしい。
満面の笑みで送り出してくれた。
部屋までの案内役にベイリー殿下をつけて。
「なんか、すいません。道案内なんかさせてしまって」
「構わないよ。正直、兄上とは上手くいってないんだ。だから…ちょうど良かった、かな」
ふーん。やっぱり後継者争いとかあるんだろうな。
まっ、俺には関係ないから、巻き込まないでくれさえすれば何でも良い。
そのまま本当に送るだけ送って、帰って行った殿下は、イケメンだと思う。
男だけどキュンとしたわ。
「おかえりなさいませ、トキトゥ様」
「ただいま。さっきはごめんね、オスカー君」
「いいえ、とんでもございません。
先に着替えられますか? 」
「そうだね」
俺が早く脱ぎたがると予想していたのか、着替えが揃えられていた。
ありがとう、オスカー君。
ついでに髪も何とかなりませんかね?
本当にコレ何の油なの。
着替え終わるタイミングに合わせて、メイドさんがお茶を持って来てくれた。
何で分かるんだろうか。もしやドアの前に張り付いてるのか?
「お茶は私が予め指示しておきました。
さ、どうぞ」
「俺、声に出してた? 」
「いいえ。ですがお顔が雄弁でしたので」
お恥ずかしや。情けない年上ですまんね、オスカー君。
あれ、そういえば、また違うメイドさんだったな。
昨日は固定だったのに…初回サービス的なヤツじゃねぇよな。
「オスカー君、ミレーさんは仕事? 」
「ミレーとは、昨日トキトゥ様の世話をした者でしょうか」
「そうそう」
「彼女には暇が出されました」
「ひ、ま…? 」
暇って、あの暇か?
クビって意味の暇の事、だよな。
何で急にーーーー。
「左様でございます。
彼女達は、任された客人の様子の変化に気付く事はおろか、危険に晒したのですから当然です」
「まさか」
「トキトゥ様が下々の者を気になさる必要はありません。
次期に専属のメイドも決まるでしょう。
数日は今日の様に複数のメイドが出入りしますが、ご理解下さい」
俺が、俺が神様と会ってる間に…
俺のせいでミレーさんが!?
それに給仕や着替えの人達まで、そんなっ。
あれは仕方ないだろ!
ミレーさんでなくても、必ずああなった。
むしろ直ぐに気付いてくれたってのにっ!
「もし、今朝の俺の事が原因なら、今直ぐ連れ戻して欲しい」
「はい? 」
「何の落ち度もなかったし、仕事も一切手を抜いてなかった!
だから、クビを撤回してもらいたい。
どうすれば良い? 」
「トキトゥ様がそこまで気にされる必要はないかと存じますが、そうですね。
使用人の人事は執事長の担当ですから、執事長に聞くのが1番です」
「今日中に会えるかな」
「トキトゥ様は、ベイリー殿下のお客様ですから下手に出る必要はございません。
ただ、普通であれば執事長が人事権を持ちますが、今回は恐らく違います」
何でもいいから、誰に直談判すればいいんだ。
「もっと上の方がされた、采配かと思われます。執事長にお会いになっても、撤回される事はないでしょう」
上? だから誰なんだよ。
俺のせいで、推定6人はクビになったんだぞ!?
そんなの、重過ぎる。荷が重い。胃が痛い。胃潰瘍になる。
「じゃあ誰に頼めばいいんだ」
「…そうですね。代わりに来たメイドは上級メイドばかりですし、貴賓対応を任されるメイドも数名居りました。
となれば、指示を出されたのはベイリー殿下でしょう (まあ宰相閣下という可能性もありますが) 」
「つまり? 」
「殿下にお願いする事になりますね。
因みにトキトゥ様は、ベイリー殿下に保護されている立場にありますから、本来お願い事を出来る立場にありません」
「……あ~、殿下にアポってとれる? 」
「アポ? お伺いでしたら、可能です。
しかし、今貴方がされようとしている事は、殿下の好意を否定し、突き返す様なものです。私としては、仕えたばかりの主人がいきなり消える事だけは避けたいのですが。
お気持ちは変わりませんか? 」
オスカー君、心配そうな顔でサラッと毒吐くのね、キミ。
王子が良かれとしてくれた事を断るのはヤバイよな、そりゃ。
「ごめん、殿下に話を通して欲しい」
「はぁ。ずいぶん優しいご主人に当たった様です。
ーーーかしこまりました」