オカン宰相の悩みの種
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1ヶ月前。
ジークは報告書を手に、大きなため息を吐いた。
「これはどういう事だ」
「ハッ。宮内については、メイドが中心になっている様です。こちらは確認が取れました。トキトゥ殿がスキルで“スキンケアアイテム”なる物を生み出し、希望者に配っているとの事です。
次に、街での噂についてですが。
こちらは魔術師団団長のご令孫が関係している様ですが、周りの者が噂しているだけなので、確証は得られていません」
部下の報告を聞きながら、ジークは苦々しい顔をした。
以前から再三問い合わせがあったフランシア王女付きの侍女達による配属替え希望。
これが最近、より直接的になってきていた。
その理由が判明したのだ。
つまり、鴇藤の試作品が欲しいからにほかならない。
侯爵令嬢と伯爵令嬢が入手出来ない物を、下級貴族や平民のメイド達が使っている。
さぞプライドが傷ついた事だろう。
「…そうか。
団長の件は、本人より報告を受けている。
報告ご苦労。戻りなさい」
「ハッ。失礼致します」
2週間程前、ジークは鴇藤付きのメイドをミレー、トリス、ハリス、男爵家のメルンの4名を暫定的に決めた。
当然、侍女側から抗議があったが、鴇藤のスキル強化に協力(被験者)している為の措置だと、執事長に突っぱねさせたのだ。
だがどうだ。彼女等は諦めるどころか、より熱意が増した様に見える。
「どうしたものか……」
ーーコンコン
「入るぞ、ジーク」
宰相と言えど、序列は第二王子が上。
入室の許可を得る事なく、ベイリーが勇ましくドアを開け、ジークに詰め寄った。
「…いかがなさいましたか (殿下は普段この様な行動は取られない方だが、何かあったのだろう) 」
「マズイ事になった。ジーク、お前は何をしていたんだ」
「 (要領を得ない。やれやれ仕事が溜まる一方だ) 何に対してですか」
「レンの事に決まっているだろうっ!」
「 (トキトゥだと? 今度は何をやらかしたんだ!…いや、トキトゥは別に悪事は働いていないな。だが、何故こうも問題ばかり)
トキトゥがどうされました」
ジークは外面を装備するのも忘れ、どんより濃いクマをこさえた顔で、ベイリーの目をじっと見た。
「ぁ、ああ。
ウイリアム卿がレンの後援を申し出て来た」
「後援? しかしトキトゥは芸事や発明の才はなかったと聞いておりますが」
「近頃メイド達が騒いでいる、レンのスキルだ。彼が作る“スキンケアアイテム”が皮膚炎に効く塗り薬だそうだ。低級ではあるが、治癒師の魔法でも治らなかった孫の嫁の皮膚炎が完治に近づいているらしい」
「ウイリアム殿は、それをトキトゥに販売させたいと言う事ですか」
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そうか。彼のスキルは肌ツヤが良くなる、美人になるなどと噂されていたが、治療薬としても効果を発揮するのか。
ならば良い申し出かも知れん。
トキトゥの希望は自立し、王都で暮らす事であったからな。
職を見つけたと言う事だ。
ウイリアム殿が支援するのであれば、安全性も約束され、表立って邪魔をする者も居ないだろう。
「そうだ。
レンを保護しているのは、この私だ!
それをウイリアム卿は奪ろうとした。もう店の準備まで始めていると言うではないか。
何故勝手な事をさせた!」
ほう。準備まで始めていたのか。
これはいよいよ本気だな。
ベイリー殿下はトキトゥをかなり気に入っておられる。
侯爵令嬢の要求を突っぱねられたのも、殿下の名前が大きい。
しかし、トキトゥにとってウイリアム殿の提案の方が喜ばしかろう。
何か双方の落とし所を見つけなければならないな。
そもそも、いくらウイリアム殿がついているとは言え、まだ今の知識では心配だ。
悪意を持った奴に食い物にされる可能性が高い。
「分かりました。この件は私が預かりましょう」
「頼んだぞ」
「はい。ーーしかし、トキトゥが店を持つなり、品を卸すなりするのは賛成です」
「何?」
「殿下、トキトゥの要望をお忘れですか?
彼の自立に、資金源を作る事は必須です」
「……それは私が!」
「ベイリー殿下。貴方が仰る方法では一生自立出来ません。
支援と無償で金を与える事では、全く違います」
「そう……だな、レンは望まないだろう。
だが、私はレンを部下にしたいと思っている。そう簡単には手放せない」
……やはり。
殿下は、王位に就く気だ。
聖女殿の効果は絶大だ。
だが、ベルヘルム殿下は御しきれていない。
聖女殿が今言う事を聞くとすれば、恐らく同郷のトキトゥ。
合間を縫って、度々会いに来ているとも報告されている。
理由が同郷だけであれば、ベルヘルム殿下もここまで苦労はしなかっただろう。
彼女はトキトゥに少なからず好意を寄せている。
彼女自身が自覚するのも時間の問題だ。
「ハァ。まあ、そうでしょうね。
私としては、現段階でどちらに付くかは決めていません。
あまり、異世界の若者を巻き込まないで頂きたい」
「ジーク。私がいつその様な事を言った? 兄上に誤解を生む様な発言は控えろ」
隠す気もないくせに、白々しい。
トキトゥの事を気に入っているのは、本心からだろうが、出来ればそれ以上の欲を出さないで欲しいものだ。
「……それは失礼を」
「では頼んだぞ」
「ハァ」
ダメだ。ため息が止まらない。
一度彼にも意思を確認しておくか。
「呼んだか。ジーク坊」
「ええ。ベイリー殿下がご立腹でしたよ」
「ほっほ、殿下も若いのぉ。
ーーじゃが、トキトゥはワシがもらう」
やれやれ。眠れる獅子を起こしてしまったか。
「それは、魔術師団の為ですか。
それともトキトゥの為ですか」
「もちろんトキトゥだ。
彼には恩もあるし、報酬の件もあるからな。知り合いの医者に相談したんだが、前例がなく相場が分からないと突き返されてしまった」
金の代わりに、稼ぐ手段を提供すると言う事か。
筋は通っているし、賢い選択だ。
さすがウイリアム殿だ。
「報酬は払わなければいけない。
良いでしょう。私も良い手だと思っている。
ですが、条件があります」
「ほう? 何だ」
「トキトゥの意思を尊重した上で、店を構えるなり、商品を卸すなり自由にさせる」
「当然だな」
「ただし、住まいは王宮のままとする。
まだ彼だけでは、経験も知識も足りない。
私とベイリー殿下の両名から許可が下りた時のみ、王国の管理から外れる」
「ふむ。ーーてっきりワシはジーク坊もトキトゥを気に入っていると思っておったんだが、勘違いじゃったか」
ウイリアム殿は気付いている。
私が死んだ弟とトキトゥを重ねている事を。
そして私があの時弟よりも、ハズバンドの誇りを優先させた事も。私が同じ道を選ぶであろう事も。
「ウイリアム先生、私は今も昔もハズバンド家のジークであり、国を発展させる事が、私の使命です」
「……頑固者が。
ワシはトキトゥを潰させはしない。
そのつもりで行動を選ぶ様に」
分かってますよ。
困った男だ、トキトゥ。お前がただの無能な異世界人であれば楽だったものを。
せめて私がトキトゥに引導を渡す事にならなければ良いのだが。
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「お店って、え?!
店主になるって事かい!
じゃあ、王都を出てしまうのかっ?」
何でエリックさんが、そんなに取り乱すんだよ。
「いや、王都です」
「王都でっ!?
まさかトキトゥさんは異国の貴族か何かだったのかい?
まてまて、そもそも団長の爺様が貴族でもない異国の青年と知り合う事がないっ。
トキトゥさんっ! いや、トキトゥ様!
とんだご無礼を」
「全く違います」
何でエリックさんは、こんな的外れな勘違いをしてるんだ?