魔術師団団長の孫と嫁
魔法学のさわりだけ習ったけど、俺のスキルに当てはめられるかさっぱり分からん。
今もこうしているうちに爺さん…じゃなかった、団長様が来てしまう。
なんか、あの変態気質な先生に相談するのは気が引けて、結局何も用意出来てねえ。
「トキトゥ様、ドバース卿がお越しです」
「どーぞー」
来ちゃった。さては爺さ、げふん、団長様は10分前行動派だな?
「しばらくぶりだな、トキトゥ。
息災だったか? 」
「まあ一応」
「そうか。
今日会いに来たのはな、進捗を聞きたかったんじゃ」
でしょうねー。
「いや、ほんとすみません。全く進んでません」
「ほ? 」
「 (馬鹿正直過ぎます、トキトゥ様) 」
しまった。ストレートに言ってしまった。
オスカー君にあれ程、言われてたのに。
やべえ、オスカー君の方見れねぇ。
かと言って真正面の団長様は、固まっちまった。
「ふむふむ、まあそうか。
ジーク坊から教育を開始したと聞いているからな。そうではないかと思っておった」
教育に間違いはないけど、言い方がなんか違う気が…。
あとお見通しなんですね。釘を刺しに来たのかな?
「すみません」
「よいよい。トキトゥは歳のわりに正直だな。もうちと、誤魔化す事も覚えた方が良いぞ」
「ドバース卿の仰る通りです」
「 (オスカー君まで?! ) ええー」
「ーーしかし、トキトゥ。
そんか態度であったか?
何やら今日は距離を感じるんじゃが」
貴方様が偉い人に加えて、チーターだと判明しましたからね!
俺は保身でいっぱいなんだ。
「認識を改めただけです」
「ふむ、別に前のままで構わんよ。
8人目の孫が出来たぐらいにしか思っとらん」
いやそれだいぶ大事。
親しい若者と孫って、全然定義ちがうからな。
オカンに引き続き、祖父まで手に入れちゃったよ、俺。
ある意味、心強いな。
「…じゃ、遠慮なく。
怒らないで聞いて欲しいんだが、ウイリアム爺さんって呼ぶのは、さすがに無礼? 」
「ホウ! よいよい!
それでいこう、決まりじゃ! 」
やったー、本人公認の爺さん呼びGETだぜ。
てか7人も孫が居て、まだ欲しいのか。
「ありがとう。
明日、休みなんだけどお嫁さんに会えたりする? 」
ダラケても怒られなさそうだから、親戚の爺さんだと思って接しよう。
その方がゆとりを持てる気がするっつうか、第2の家族みたいな存在が出来て、ホッとしている自分が居た。
気付かぬ間に、ホームシックだったのかも知れない。
ーーなるか。普通なるよな、うん。異世界だぞ、恥ずかしくない、当たり前だ。
よし、そう思おう。
「会えるぞ。孫は知らんが、嫁は家に居るからな」
「本人が大丈夫だったら、行って良いっすか。近い? 」
「馬車で30分くらいだったかの。
朝一で良いか? 」
爺さん、いきなり連れてけって言った俺も酷いけど、朝一はヤバくないか。
お嫁さんも嫌なんじゃ…。
「いや、あくまで本人の許可取ってからだから、ちょっと」
「ん? 問題ない。トキトゥの話をしたらな、いつでも来てくれと言っておった。
何も気にせんで良い」
「あ、意外とノリ気なのね、お嫁さん。
ならいっか、朝一で」
「決まりじゃな!
ワシから宰相と殿下には話を通しておく。
そうじゃ、朝食も向こうで食べれば良いな」
「えっ(いったい何時からのつもりなんだ) 」
「起きたら出かける準備をしておけ。
お腹は空かせておくんじゃぞ。今晩は控えめにしておくのが良かろう」
いつでも来て良いと、朝ごはん食べさせろは=じゃないぞ、爺さん。
俺、初対面から嫌われるのは嫌だよ。
「そこの執事、そのつもりで動いてくれ」
「かしこまりました」
オスカー君?! 良いの? 嫌がらせ以外の何ものでもないよ?
「どうした、黙り込んで。
なんなら泊まっても良いぞ」
「なあ。お嫁さんとの仲は良好か? 」
「さあな。用がある時しか顔を合わさんし、喋る事もないからのぉ」
不安だ。俺だったら迷惑でしかない。
「こうはしておれんな。孫に連絡して来よう。
トキトゥ、約束じゃぞ。寝坊せん様になっ」
「あー、はい」
「何だその気の抜けた返事は。シャキッとしろ、若者よ」
爺さんは、勝手に決めて嵐の様に去って行った。
「オスカー、俺嫌われないかな」
「…ドバース卿には可愛がられていらっしゃるかと」
「いや、お孫さん夫妻に」
「……私には分かりかねます」
君は道連れにしてあげよう。
「そっか。君も一緒に行くからね」
「はい? 」
「だって俺の執事じゃん」
「かし、こまりました」
顔に巻き込むなって書いてんぞ、おい。
もっと違う場面で、年相応な反応をしてもらいたいね。
「おはようございます、トキトゥ様」
「おはよう、ミレーさん」
そう言えば、レン様呼びからトキトゥに戻ってんだよなー。
ハッ! まさかさり気なく距離を置きにきているのか?
むしろその意思表示!?
ツライ。好感持たれていると思ってただけにダメージがデカい。
「あの、どうかなさいましたか? 」
「何でもないです」
「そうですか?
あっ見て下さい、この顔。昨日トキトゥ様がして下さったおかげで、いつもより肌ツヤが良いんです! 」
「ああ、まぁあんだけリンパ詰まってたらね。そりゃ変わると思いますよ」
「りんぱ? りんぱとは何ですか?
それが何の関係があるんです?
私でも出来るでしょうか! 」
朝から元気だなー。
おぉ? ミレーさんや、体勢体勢。
めっちゃベッドに乗り上げてるよ。
もうアプローチかと勘違いしそうなくらいに。わざとなら虚しくなるから、止めてくれ。
「あー、出来ると思います」
「本当ですかっ!? 」
「うん。でもとりあえず、どいてもらえません? 」
「はい? 」
ニッコリ笑いながら、俺の太腿に置かれたミレーさんの手を指差すと、彼女は顔を真っ赤にして飛び退いた。
んー。だんだんミレーさんのイメージが崩れていくな。
おっちょこちょいな方が素なのかも知れない。
「もももっ申し訳ありませんっ」
「大丈夫。気にしないで下さい (わざとでないなら) 」
「はい…」
やっぱり被験者には別の人に頼んだ方が良いか?
これ以上ミレーさんからの好感度が下がるのも嫌だし。
「それではお支度の準備をしますね」
「お願いします」
こうして必要最低限の会話のみの気まずい雰囲気は、爺さんが迎えに来るまで続いた。
途中、オスカー君が部屋に入ろうとして、何か察したかの様にドア閉めた事はあったが。恐らく勘違いしてるな。
後で訂正しよう。
何より王子に報告されない様にしないとね。
初めての馬車は、漫画で見た様な立派な物だった。
不思議と揺れもなく、クッションのおかげか尻も快適で感動した。
さらに、初めての城外で俺のテンションはかなり上がっていた様だ。
アレコレ目に入ったモノを片っ端から聞いたせいで、爺さんにもオスカー君にも生温かい目で見られている。
ーー現在進行形で。
「フォッフォッフォ!
いや~、トキトゥ。ワシは新しい孫じゃなくて曽孫が出来た様じゃの」
「ブッ」
くそっ、揶揄いやがって。
つかオスカー君、笑うのは酷くないか?
吹き出してんじゃん。良くないよ。
「じゃあトキトゥさんは、僕の甥っ子かな? 」
「エリックさんまでっ!
止めて下さい、物珍しかっただけなんです」
「アハハ、ごめんごめん。
でも爺様がこんなに気に入るのは珍しいからねぇー、僕は全然構わないけど」
朝っぱらからの訪問にも気を悪くする事なく、朗らかに出迎えてくれた孫のエリックさん。
彼は32歳で、結婚3年目らしい。
おっ? てことは姉さん女房か。
いいなー。
「それより、朝から押しかけてすみません。…しかもその、朝食まで」
「良いんだよ! 久しぶりに賑やかな朝食になりそうだっ。あっ、妻が下りてきた様だ」
エリックさんの視線の先を追うと、ヴェールを被った女性が階段を下りて来た。
手すりにかかった手には、手袋がはめられていて、全身を布で覆う様に隠されている。
とてつもなく失礼だが、正直不気味だ。
「お待たせしてすみません。お祖父様、トキトゥ様」
「朝からすまんな。
さっそくで悪いが、食事を頼めるか?
ワシは君が作ったスープが好きなんじゃ」
爺さんっ、孫のお嫁さんに対して、なんて図々しいんだ!
「ええ、すぐにご用意しますね」
ヴェールで顔は見えないけど、意外と怒ってなさそう?
声が見た目に反して、すごく明るめな気がする。
「あっ、奥さんすみません!
はじめまして、レン・トキトウです」
「はじめまして、夫からお話は聞いております。テレーズです。
今日は、私のためにありがとうございます」
深々と頭を下げ、少しトーンの下がった声で、テレーズさんは挨拶してくれた。
やっぱり、いきなり他人に会うのは嫌だよな。事情が事情だし。
メンタルもフォロー出来れば良いんだが、そっち方面はさっぱりだからなー。
爺さんには期待出来ないし、エリックさん頼みだな。
お願いします。俺が帰るまで、家に居て下さい。