美少女JKに巻き込まれた
渋谷駅直結の百貨店B1Fフロア、『Carina』の店内は賑わっていた。
「普段ピンク系が多いと仰ってましたが、この様なオレンジ系も良くお似合いですよ」
「ほんとだっ、難しいと思ってたけどイイかも! 」
鴇藤 蓮は、カウンターで新作のオレンジリップをタッチアップした女性に、にこやかに話しかける。
いつもと違うメイクに、女性は満足そうに応えた。
「でも、急に変わり過ぎたら職場で浮くかな〜」
「それでしたら、こちらのコーラルピンクはいかがですか?
ちょうど中間の色味なので、違和感なく使えますよ」
「うん、これにするわ」
「ありがとうございます。せっかく気に入って頂けたので、お試しされたオレンジも休日用にいかがでしょう」
「う〜ん、お兄さん上手だから一緒に買うわ。
ねっ、次もお兄さんにお願い出来る? 」
「ええ、もちろん。居ない日もあるので、事前にお電話頂けると確実です」
「分かった、そうするね。
ーーーーじゃぁ、またね、鴇藤さんっ」
「はい、お待ちしております。佐藤様」
「おーおー、最近絶好調だねぇ、鴇藤ぅ! 」
「サブ、痛いっすよ」
閉店作業を進める鴇藤の背中を、サブリーダーの中谷がバシンっと叩いた。
周りのスタッフも、その光景を微笑ましそうに見ている。
「ごめん、ごめん。パワハラで訴えないでね、鴇藤くぅん」
「え、何すか、気持ち悪い…」
「おい、仮にも上司だぞ、私は。
まぁいいわ。ちょっと話あるから、バックヤードに来て」
半ば引きずられる様に連れて行かれると、スーツをかっちり着こなした男女が居た。
「お疲れー中谷サブ、鴇藤君」
「お疲れ様です、エリアマネージャー。訪店日でしたっけ?
石田さんまでいらっしゃるし」
「あら、アタシの事知っててくれたのぉ! 直接話すのは初めてよねん、蓮くん」
オネエ言葉で話す、石田と呼ばれたヒゲマッチョは勢いそのままに彼の手を握る。
若干引きながらも話を聞くと、それは鴇藤にとってまたとないチャンスだった。
「本当ですかっ! 俺がメイクアップアーティストに!? 」
「そう。男性BAが少ない中で、鴇藤君は東エリア売上TOP5に入る渋谷店で結果を出してくれてる。先月は、サブとリーダーの予算越したでしょ?
だから、本部としても男性BAは貴重だし、実力もあるから挑戦させてみても良いんじゃないかってなったの。
どう、試験受けてみる? 」
「っはい! やらせて下さい! 」
「分かった。今日休みだけど、店長からは事前に許可もらってるから。
来月から週2出勤、週3石田さんのアシスタントとして働いてもらうから。
良かったわね、売れっ子アーティストの石田さんに教えてもらえるなんて」
「はい、ありがとうございます!
石田さん、宜しくお願いします!! 」
「よろしくねーん。蓮くん可愛いから楽しみだわぁっ」
「え゛、はは…」
「じゃ、そう言う事で悪いけど、来月のシフト△1で調整してくれる? サブ。
他店にヘルプもかけるから、人数足りないところ早めに教えて」
「かしこまりました」
「ありがと。質問とかある? なければ仕事戻って良いわよ、サブは残ってね」
「パッと思いつかないので、戻ります。
ありがとうございました」
「「「お疲れ〜」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆
よっしゃあー!!
新卒入社して、2年。お客さんには避けられるし、同僚は女性ばっかだしで初めは苦労したけど、辞めなくて良かったぁっ。
同期の男は8人しか居なかったけど、もう残ってるのは、俺を入れて3人。
マジ頑張った、俺。
今日は、高いビールとつまみ買っちゃおうか。たしか、あそこの高級スーパー23時までだったよな。
「寄り道、寄りみーーーぢっっ?! 」
何だよ、アレ!?
人が光ってるっ?
電飾とか、そんなもんじゃねえ。もっとこう、人間そのものが光ってる様な……。
「ーーかっ、誰か助けてっ!! イヤアッ!? 」
「女の子っ? 救急車、いや警察ーーちょっと待ってろ、すぐ助けを! 」
ーーガシッ
「へ? 」
「待って! 置いてかないでっっ! たすけ…てーーー」
「えっ、えっ、ええ゛っ?! ちょ、何だこれ、光って、うわあっ」
「ん、ここ…は」
気を失ってたのか、俺。
何処だ、ここ。建物の中か?
誰かが運んでくれたみたいだな。病院じゃないよな、警察でもなさそうだ。
「あれっ、私、急に光って」
「起きたのか」
「え? 誰? ーーーあ、さっきの」
どうやら俺も彼女も混乱してる様だな。誰か人を、んん゛? 何か囲まれてね、コレ。
しかも外人コスプレ集団。年齢層高! 外人オーラすげ〜。
「おおっ! ようこそ、おいで下さいました! 聖女様っ!! 」
「えっ、せいじょ? というか日本語お上手ですね? 」
いや、それな。つか聖女って何だよ。ラノベかよ。
あ〜、アレだな、一般人をドッキリにかけるヤツだ。
その場合、俺が一般人だから、彼女は仕掛け人か?
何だよ、心配しちゃったじゃねぇか。
「あの〜、ここは何処でしょうか。家に帰りたいんですが」
「聖女様! 私は魔術師団の長ウイリアム・ドバースと申します。
この度は、私共の召喚に応じて頂き、誠にありがとうございます! 」
聞いてねぇ、この爺さん。シカトかよ。
「ウイリアムさん? えっと桜田 日向子です。あの、聖女って私、ただの高校生で。
とにかく困ります、これ何ですか? イベントとかですよね。
私、そんなの応募してないんですけど…」
もしかして、この子も一般人なのか?
瞳デカイし、髪の毛サラサラロングだし、スレンダーだし、もう美少女だし。
てっきり、売り出し中の清純派女優かと思った。対してフツメンの俺。そりゃ、彼女に意識集中するよな、うん。
しかし素人2人に、こんな大規模なドッキリは荷が重くね。早く帰して。
「すみません、帰って良いですか。というか終電間に合うんですよね。俺、明日早番なんですけど」
「嗚呼、サクラダ・ヒナコ様と仰るのですね! なんて神々しい響きなのでしょうっ」
「えっ、泣いてるんですか。大丈夫ですか、ウイリアムさん」
「聖女様が私の名を二度も! 嗚呼、ウイリアムと名付けた両親に感謝します」
何、コイツ。大丈夫か。
演技コテコテすぎん?
もう騙す気とかないだろ。何処から連れて来たんだ、この擦りまくった俳優さん。日本語ペラッペラよ。
カメラどこ〜。テレビNGなんだが、ウチの会社。
「すみません、本当に困るので帰して下さい」
役に入り込んでる爺さんとエキストラ?に向かって、話しかけるも無視、無視、無視。
どこのテレビ局だよ。文句言ってやる。撮れ高が期待出来ないからってあんまりだ!
「さっ、お疲れでしょう。こちらへ、聖女様」
「あ、はい。あの、私そろそろお家に」
「あの〜っ! 俺の話聞いてます? 」
「何を仰います、貴方様の住まいは本日よりこちらですよ」
「「はい? 」」
いくら何でも、女子高生に説明なくそのドッキリはマズくないか。
コンプライアンス的に問題があるんじゃ。
「冗談…ですよね。あの、何のイベントなんですか?
もしかして、テレビ? 」
流石に愛想笑いが尽きたのか、不安そうに爺さん達を窺っている。
むしろ遅い。心が広過ぎだ。
「テレビ、とはどの様な物でしょう。申し訳ありません、聖女様の問いにお答え出来ず」
「もう、演技とか大丈夫ですよ?
とりあえず説明してもらえませんか。お母さんも心配してるだろうし」
「演技などしておりません! 私共の聖女様を信仰する気持ちに偽りはございませんぞっ!
どうか信じて頂きたい。母君に関しては、大切な聖女様を立派に育てられた事、感謝申し上げます」
「何、言ってるんですか、ねぇ、帰してっ」
何だこの違和感。胸が騒つく。
演技なんかじゃない。まるで当たり前の様に話てる。本心? 役者って役に入り込んだら、ここまで出来るのか?
そもそも、ここまで彼女が取り乱しているのに、何故誰も止めに来ない。
責任者は居ないのかっ。
「聖女様、どうか落ち着かれて下さい」
「イヤ! 離してっ」
やり過ぎだ!
「おいっ! いい加減にしろ、泣いてるぞこの子」
「あっ、助けて。私、帰りたい! 」
彼女と爺さんの間に割り込み、彼女を背にやると、ぎゅっとしがみついて、いよいよ本格的に泣き始めてしまった。
「キサマ、何処から侵入した! 聖女様から離れぬか! 卑しい奴め」
「はっ? アンタ何言ってんだよ」
「この者を捕らえろ! 聖女様をお護りするんだ! 」
「「「「「ハッ!! 」」」」
何だよ、これ。本物の槍?
何人居んだよ。嘘だろ、軽く30は超える武装した連中に取り囲まれちまったぞ。
「悪ふざけもいい加減にしろ。アンタ達が勝手に連れて来たんじゃないか!
この子も、俺も! 」
「ほざけ。我々がお喚びしたのは、聖女様だけぞ」
「はあっ? 人の事拉致しておいてよく言う。警察を呼ぶからな、彼女にも手を出すな」
「何と愚かなっ! 聖女様、今お助け致します」
「来ないでっ! この人が言ってる事は全部事実じゃない!
早く私達を解放して! でないと訴えるからっっ」
おお、美人が怒ると恐いって言うけど、美少女も然りだな。
迫力があり過ぎて、クールダウンしてきたわ。
「なっ?! まさか本当に聖女様と同郷の?
ーーーーーー何という事だっ。関係のない人間を召喚してしまうとは」
「今帰してくれたら、穏便にすますんで。ね? 」
よしよし、やっと話を聞く気になったみたいだな。
「ーーーーせぬ」
「ん? 」
「ーーーだ。異界の者を召喚出来ても、還す事は出来ぬのだ」
「おいおい、爺さん。いつまでそんなーーーおい、あれは何だ」
だんだんと冷静になって、周囲が見えてくる。
室内だと思っていたココは、確かに建物の中ではあるが、窓がなかった。
壁画だと思ったそれは、外の景色で。
生温い風が頬を撫でた。
何でこんな異常な光景に気付かなかったんだ、俺は。
「? ああ、ワイバーンの事か? 」
「わい、ばーん…」
鳥の恐竜みたいな生き物が、人を乗せて空を大きく旋回している。
俺達の足元には、大きな魔法陣の様な絵。
初めて俺は、ここが自分の知る現実世界でないと理解した。