黒髪の少女とちょっとした悪戯
楽しい時間はすぐに過ぎるようでパーティはいつのまにかお開きになり、ショウは城内に用意されていた部屋で異世界での最後の夜を過ごしていた。
誰もいない大きな部屋というのは少し寂しい気持ちになる。
低めのソファテーブルには水差しとコップが置いていた。
ショウは水をコップに注ぎ、それを口元に付け、頭を上げて水を勢いよくあおった後、備え付けのソファに身体をだらしなく傾け、目を閉じた。
この世界に来てから色々なことがあった。
初めて魔物を見たときの恐怖、初めて魔物を殺めたときの罪悪感、初めて大けがを負い死をありありと想像したときの血の喪失感と匂い…それとは引き替えに得た。
初めて人から貰った感謝の念、少年少女達から貰ったお守り、人から頼りにされるという自信の創生。
この世界に来るまで想像し得なかった様々な経験をしてきたのだと今、役目を終え、冷静になって考えられた。
部屋に入るまではナコとの別れ方もあったため、空虚な表情になっていたが、今は少し広角を上げられる余裕が出来た。
一つ息を吐き、ベットに向かおうと目を開けると向かいのソファにはお行儀よく、背中をピンと立てて座り、湯気の立ったカップを口元に当て、上品に琥珀色の液体を飲む。黒い瞳、黒髪の長い髪の緊張は今は解けていてそれらを肩に垂らしており、背は低く見た目は幼いが上品な印象のある女神が昼間よりも花の香りも控えめでラフな格好でいた。
ショウが突然の来訪に驚き、目と口を開け、何か言おうとして何も言えないといった表情をしていたところに女神が声を掛けてくる。
「起きましたか、茂在君」
女神は皆がいる前では人の名前はフルネームで呼ぶがショウと二人きりだと何故か君付けで呼ぶ、少々楽しげな表情をしながら
「起きたよ」
ショウも女神に対しては普通に話しかける。
彼女の元々の性格は見た目通りやや幼い。
たまに悪戯をするようにショウが気を抜いた瞬間をめがけて現れてはショウの驚く顔を楽しみにしている節があった。
こんなやり取りをもう5年は続けている。
「あなたと直接お話しする機会もこれで最後ですね」
「そうだね」
「茂在君、今、表情が明らかにホッとしていました。何を考えていたのですか?」
「いや、メイの急なお願い(ほぼ命令)に振り回されていた日々を思い出していただけだよ」
ちなみに女神は「ジェイド=メイヤー」と呼ばれている。名前ではないのだがショウはメイと呼んでいる。女神もそれを気にしてはいなかった。
「そんなこと、ありましたか?」
「山ほどあったよ」
「でもいいじゃないですか、結果的には人助けが出来たのですから」
「…まあね」
「ところで茂在君。確認なのですが、貴方はこちらに来てから散々おっしゃっていた「元の世界に戻りたい。」というお気持ちに変わりはありませんか?」
「はい」
「そうですか…、私としてはこちらに残って貰いたいという意志はあります。それでも駄目でしょうか?」
「はい。すいませんが、こればかりは…」
「そうですか…、残念です。でも最後にもう一度だけお願いします。」
「…。」
メイがショウに近づき、ソファに座るショウの右隣に座り、ショウの右肩にゆっくりと頭を当ててつぶやいた。
「ショウ、私の側にいて」
ショウの目の前には小さな頭とさらさらの髪があった。花のいい香りを強く感じる。
ただ、ナコよりも更に気軽には触れないそれを見ながら答えを返す。
「ごめん」
「…私の頭は撫でてはくれないのですか?」
「…気軽に触れるものではないでしょう、女神?」
「今なら誰も見てはいません、お一つ如何ですか?」
「…はぁ」
メイに請われたため、おっかなびっくり頭に手を当て、サラサラの柔らかい髪を慎重に撫でる。
「…。」
「この程度で勘弁してもらえませんか、女神」
「ふふふ、茂在君に手を出されてしまいました」
「変な意味になるからやめて頂けませんか、女神」
「そうですか?事実だとは思いますが仕方がありませんね」
悪戯っぽい微笑を蓄えながらメイはショウの右肩から離れるが、まだ隣に座っている。
「…。」
「…。」
しばらく沈黙が続いた後、メイが口を開いた。
「では明日、貴方を元の世界に移します」
「?、ああ、お願いします」
「あちらの世界での貴方の活躍に期待します」
ショウは女神が個人に対して、あまり言わない労いの台詞を聞き、やや慌てつつも謝辞を返す。
「ああ、ありがとう。メイ、本当に世話になった」
彼女はアルカイックスマイルをしながら返事を返す。
「ええ、ではまた明日の夕方に」
そう言い残してメイは光を放ち消えた。
「ありがとう、メイ」
そう一人、呟き、ベットに潜り込んだ。
面白いと思って頂けたら、嬉しいです。
道 バターを宜しくお願いします。
他にも作品をアップしています。
作者ページを見て頂くと、なんと!?すぐに見つかります(笑