第四十三話 だから、迷宮探偵はやめられない!
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(四十三)
「おい、起きろアイシア」ぺしぺし
頬を軽くたたかれ、アイシアはようやく目を覚ました。
「……ふあ、シクヨロさん……」
ベッドに横たわっていたアイシアの顔をのぞきこんでいたのは、もはや見慣れた無精髭のおじさん、迷宮探偵のシクヨロだった。
「どうやら、元気そうだな」
アイシアは、ゆっくりと体を起こした。そこは、いまやなつかしい匂いすら感じられる場所。「4946迷宮探偵社」であった。
「はあ。私、無事に帰ってきたんですね。あの第十三迷宮から……え? どうやって?」
ようやく、あの第十三迷宮の崩壊の惨劇を思い出したアイシアは、シクヨロに脱出の方法を問いただした。
「ああ。これだよ、これ」
シクヨロが手渡したのは、今回の冒険の目的でもあった「マカラカラムの護符」だった。しかしアイシアは、護符の表面に大きな亀裂が入っていることに気がついた。
「さすがに、レア中のレアアイテムだな。魔法なんて使ったこともないオレですら、迷宮脱出魔法が一発で成功したぜ。しかし魔力を完全に使い切っちまって、いまはただの骨董品だがな」
「そうですか……。ざんねんですね」
アイシアは、マカラカラムの護符を大事そうに胸元に抱きしめた。シクヨロは、そんな彼女の肩をやさしくポンと叩いた。
「あっ! そういえば、マルタンさんとヴェルチさんは大丈夫だったんですか?」
しばらくたって、元気を取り戻したアイシアとシクヨロは、ふたたび探索者ギルドを訪れていた。冒険からの帰還を報告するためだ。そして、いちおう探索で手に入れたアイテムを換金するという目的もあった。
「ああ、二人ともこの街の病院に直行だ。とはいっても、ヴェルチはタフな魔獣騎士だからな。全身複雑骨折で包帯ぐるぐる巻きということだが、なんと全治三日らしいぜ」
「そうだったんですか……」
「あと、マルタンはクリスタルを叩き割って助け出して、ほぼ無傷だったんだがな。ずっと同じ姿勢で固められてたから、体が自由に動かせるようになるまで、しばらくリハビリが必要らしい。ま、オレの粋な計らいで、二人はあえて同室に入院させておいた」
「はあ……マルタンさん、かわいそう。別の意味で」
「やめろーーーーっ! ぎゅーってするなーーーーっ!」
「……あ、ねえ看護婦さん? 私も一週間入院するから」
「……それにしても、参ったぜ。あの修羅場から逃げ出すとき、荷物をぜんぶ置いてきちまった。探索の途中で手に入れた金貨や宝石も、まとめて背嚢の中だったからな」
シクヨロは書類にサインをして、受付嬢のメリアンに手渡しながらため息をついた。
「そうよねぇ、あれだけの迷宮を探索して、実入りゼロは痛いわよねぇ」
肩を落とすシクヨロに、気の毒そうに声をかけるメリアン。すると彼女は、アイシアが首から下げているアイテムに気がついた。
「ねえアイシアさん、その『マカラカラムの護符』、魔力がなくても工芸品として引き取ることもできるわよ? 傷物だし、そんなに高くはできないけれど」
「いえ、大丈夫です。これ、私の宝物にしますから」
「そう。あなたの最初のレアアイテムですものね。大切になさい」
「はい! ありがとうございます、メリアンさん」
「あー、ちくしょう! せめてあの地下十四階層から、なにかひとつでも持って帰ってこれてたらなあ! 今月の、ペンギン商会への返済どうすんべ」
まだ、悔しさが収まらないシクヨロ。だがその言葉に、なにかを思い出したアイシアは、胸元から尖った白い石のようなものを出しながら言った。
「……あ、あの、これってどうですか?」
「なんだそりゃ? ……く、臭っさ! すげえ匂いじゃねえか!」
「これ、邪鬼竜さんが私たちに向かって牙を突き立てたときに、折れた一部です。私のすぐ横に刺さってたから、つい拾って持ってきちゃいました。んー、ぜんぜん臭くないですよ? ずっと嗅いでると、ちょっと癖になりそう」
しかし、その二人のやり取りを聞いているうちに、メリアンの顔色がみるみる変わっていった。
「アイシアさん! それってドラゴンの牙ですって? それがもし正真正銘の本物なら、ウルトラレア級の珍品よ!」
「え? そうなんですか?」
「私のコレクター魂に火がついちゃったわぁ! ねぇ、ぜひ譲ってちょうだぁい!」
「で、でも……」
「これでどうかしらぁ?」
メリアンは、すばやく算盤の珠を弾いてアイシアとシクヨロに見せた。
「マジか! すげえ……」
「……はい、売ります!」
こうしてアイシアは、邪鬼竜の牙の欠片を探索者ギルドで換金した。だが彼女は、受け取った代金すべてをシクヨロに手渡した。
「おいおい、探偵社の取り分は半額でいいんだぜ?」
「いえ、いいんです。そのかわり、ひとつお願いがあるんですけど……」
——そして、あの第十三迷宮での冒険から一週間後。
マルタン・オセロットは無事退院し、4946迷宮探偵社に戻った。代わり映えのない、仔猫のように怠惰な生活を続けながら、たまに刺激を求めてこっそり女装を楽しんでいるらしい。
「ああ、このスカートも似合ってるなあ……。ちょっと! 勝手にぼくの部屋入ってこないでよ!」
ヴェルチ・ヴェルサーチはとっくに傷も癒え、またルビコンの酒場に入り浸っている。この店自慢のエールを飲み干しながら、彼女はまた迷宮探索に誘われる日を待ち望んでいるようだ。
「なあご主人、今日シクヨロ来たかい? ……いや、べつにいいんだけど」
そして、冠城 藍紗は——
「今日からお前さんも、この探偵社の一員か。ま、テキトーにがんばってな!」
「ほんとにいいの? アイシア。このシクヨロ、ちょっと運がいいだけだよ?」
そのとき玄関のドアを開けて、迷宮探索の依頼を手にした客が入ってきた。アイシアは、満面の笑みを浮かべながら、その客を迎え入れた。
「いらっしゃいませ! ようこそ4946迷宮探偵社へ!」
完
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
またいつかどこかで、シクヨロたちの冒険をお届けできることを願っています。
この世界の、すべての迷宮探索者たちに祝福を!
猫とトランジスタ(digiman)




