第四十一話 迷宮探偵、ホントの力を見せたげて
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(四十一)
「迷宮探偵、だと? いまどきは、そんな職業があるのか」
邪鬼竜は、およそ迷宮の探索者らしからぬシクヨロの姿を、品定めするかのように見回した。
「いや、迷宮探偵はオレだけだ。いまんとこ、この世にオレひとり」
「ハンッ! 見たところ剣も鎧も魔法も持たず、力や技の素養もまるで感じられぬ。そのおまえが、我の相手だと?」
鼻息も荒く、邪鬼竜は吐き捨てるように言った。
「ちぇ、言ってくれるなあ。……まあ、ほぼその通りなんだが」
そう言いながら、肩をすくめるシクヨロ。だがすぐに気をとりなおすと、眼前に人差し指を立てた。
「それじゃあここで、邪鬼竜さんにクイズをひとつ。さっきの嚙みつき攻撃、なぜオレたちに当たらなかったんでしょうか? 制限時間は十秒。九、八……」
「ああ? なんだと……?」
その質問の意味がわからず、思わず聞き返してしまう邪鬼竜。だがカウントダウンをはじめるシクヨロに、誘われるように返答した。
「なぁにをくだらぬことを! おまえは、とくになにもしておらぬ。ただ、運が良かっただけではないか」
「ピンポンピンポン! 正解!」
「ぬう?」
「そうなんだよな。ただ運が良かった、それだけ。でもな、そこが一番重要なんだぜ」
シクヨロは、背広の裾を正しながら言った。
「じつはこのオレ、とにかくメッチャメチャ運がいい男なのさ」
「おまえがなにを言っているのか、さっぱりわからぬ! いったいどういうことだ?」
「おっ、邪鬼竜ちゃん、オレの話に興味が出てきたかな」
邪鬼竜は渋々、その場にしゃがみこんだ。古今東西、現実であろうと遊戯であろうと、胡座を組んで座っているドラゴンを見た者など皆無ではあるまいか。
「さて、と。ちょっと長くなるが、聞いてくれるかい?」
シクヨロの方も、そのへんにある適当な大きさの岩を見つけて腰を下ろすと、タバコを取り出して火をつけた。
「運がいいっていうのは、べつに例え話でもなんでもねえ。じつは、この世界には『隠しパラメータ』ってのがあってな。まあこれは、ほとんどのヤツが知らないことなんだが、言ってみれば生まれつき備わった性質を数値化したものだ」
「隠しパラメータ、だと……?」
「ああ。そしてその中に、『運気』ってのがある。これは文字どおり、生まれついての運の良さのことだ。平均的な一般人の数値は三十あたりから、高くても四十そこそこってとこ。運気のポイントを上げる特殊なアクセサリーかなんかでゲタを履かせたとしても、まず五十以上にはならねえ。だがなあ——」
シクヨロは、タバコの火をつま先でもみ消しながら言った。
「転生を経たオレの、現在の運気ポイントは九十九だ」
「運気が九十九だと! いや、そのまえに——」
邪鬼竜にとって、シクヨロの話は到底信じがたいものだった。気が焦り、つい自分の首をシクヨロの眼前に大きく突き出した。
「つまり、おまえは一度死に、その直後に転生を経験しているというのか? だが、この世界のルールにおいて、転生は断じてありえぬ!」
「へへ、しかも一度や二度どころじゃねえぜ?」
シクヨロは巨大な邪鬼竜を相手に、まるで勝ち誇ったように言った。
「驚くなよ? オレはこれまでに、あわせて『四千九百四十五回』死んでいる。しかもそのたびに、まったく新しいパラメータを備えた別の自分に転生しているんだ」
「なんと……」
「だれもが死んだら終わりの『ドラゴンファンタジスタ2』で、どうしてオレにだけそんなことが起こるのかは謎だ。そもそも、昔のオレがどんな所業をやらかして、こういうふざけた呪いを背負ったのかもわからねえ。なにしろオレは死ぬたびに、自分の名前も素性も、なにもかも完全に忘れちまうんだからな」
シクヨロはマッチを擦り、新しいタバコに再び火を灯した。
「そのくせ死にザマだけは、今でもくっきり鮮明に覚えているときた。四千九百四十五回分の自分の最期、その全部だぜ? いったいオレに、なんの恨みがあるっていうんだかな」
そう言って、紫煙を吐き出すシクヨロ。邪鬼竜は微動だにせず、黙って聞いている。
「だがな、オレは四千九百四十六回目の転生となった今、気づいたんだ。迷宮の中にいるときだけ、なぜかオレ自身の運が異常にいいってことにな」
シクヨロは、話を続けた。
「そこでオレは、とあるツテを利用して、自分の隠しパラメータを確認してみることにした。これには時間と労力と人脈とカネが、かなりかかったぜ」
すると、邪鬼竜が口を挟んだ。
「そうしておまえは、自分の運気ポイントが九十九であることを知ったのか?」
「そういうこと。ちなみに運気九十九ってのは、いかなる要因があろうとも、百回挑戦したら九十九回成功するって意味だ。この世の摂理として百パー成功ってのはありえねえから、実質これが最大値ってことになるな」
「迷宮の中にかぎっては選択にほぼ失敗しねえし、死ぬこともまずありえない。オレは、四千九百四十六回目となるこの命を心に刻むために、4946という数字を自分の名前にして生きていくことに決めたのさ」
「まあそうは言っても、オレの運気以外のパラメータは正直ひどいもんだ。運だけでは魔物は倒せないし、迷宮の罠も超えられねえ」
「だから、オレは迷宮専門の探偵になった。強くて経験豊富な仲間を雇って、迷宮探索の依頼を受ける。探索者としてはなにひとつ役に立たなくても、仲間の安全だけは運気の力で保証する。それが、オレの業務だ」
「なるほど、そういうことであったのか……」
長々と語ったシクヨロに対し、邪鬼竜はようやく納得したような言葉を発した。
「ところでおまえ……いや、シクヨロとやら」
邪鬼竜は、ひとつの疑問を投げかけた。
「そもそも、どうしてこんな話をわざわざ我に話したのだ?」
「んんー? ……いやあ、へへっ」
そのとき、邪鬼竜の背後から大きな呼び声が聞こえた。
「シクヨロさーん! この宝箱の中にありました、ありましたよ! これ、間違いなくマカラカラムの護符です!」
アイシアはそう言って、複雑な紋章の入った大きなメダルのようなアイテムを、右手に持って振って見せた。
「BINGO!」
アイシアの姿を確認し、指を鳴らすシクヨロ。そして、愕然とする邪鬼竜。
「なにぃ! いつの間に?」
「邪鬼竜ちゃ〜ん。いくら自分がラスボスだからって、玉座のそばのあんな目立つとこにしれっと宝箱を置いてちゃイカンだろ! 重要アイテムが入ってるの、丸わかりだぜ?」
「お、おのれぇ〜〜〜〜っ!」
あわてて立ち上がった邪鬼竜は、口を大きく開けて炎の息をシクヨロめがけて連射した。
「はい外れ! 外れ! 外れ! また外れ! ……っと危ぶねっ、けど外れ!」
シクヨロは炎の弾丸を避ける素振りすら見せず、棒立ちのまま。それなのに、邪鬼竜の攻撃はかすりもしなかった。
「ぬおおお! 当たらん! 当たらん! ぜんっぜん当たらんぞおおおおお!」
「運気九十九ってのはな、逆に言うと百発に一発は命中するってことだぜ? も少しがんばんな」
邪鬼竜が孤軍奮闘する間に、壁伝いに走ってきたアイシアが、シクヨロのそばへと駆け戻ってきた。
「シクヨロさん、大丈夫ですか?」
「おう、ご苦労さん。あの宝箱、よく開けられたな」
「はい。いろいろ試したんですけどダメだったんで、けっきょく断魂で叩き斬っちゃいました」
「さすがだな、アイシア! やっぱお前さんは、超一流の剣士だ」
「シクヨロさん……」
この冒険中、シクヨロにはじめてちゃんとほめられたように感じ、アイシアは思わず赤面した。
「さあ、そのマカラカラムの護符の力を使って、あの邪鬼竜に強烈な攻撃魔法をお見舞いしてやんな!」
「えっと、でも私……」
「どうした?」
「魔法、いちども使ったことないんですけど……」
続く




