第四十話 最大サイキョーの敵、ここに現る!
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(四十)
いま、シクヨロたち四人の探索者のまえでは、見上げるほどの身の丈を持つモンスターが、刺すような眼光でこちらを睨みつけている。それはまるで、生きて歩く砦だった。
鋼鉄にも似た漆黒の鱗で全身が覆われ、隆々とした腕には鋭い鉤爪。巨木の幹のごとき二本の脚で大地を踏みしめ、根のような長い尾を這わせて屹立している。背には一対の翼、頭には二本の角。そして、口元からのぞく無数の牙。
「これ、ドラゴンですよね……?」
アイシアが、だれにともなく聞いた。だが、だれに問われても答えられるはずなどなかった。なぜなら——
この『ドラゴンファンタジスタ2』に、ドラゴンは存在しない。
それが、この世界の定説であり、常識だからである(タイトルにあれだけ大きく表示されているにも関わらず、だ)。だれも見たことがないのだから、目の前にいる「もの」が、いったいなんであるかなど知るよしもない。
それなのに彼ら探索者たちは、これがまぎれもなく「ドラゴン」であることを確信していた。まるで、生まれる前からあらかじめその知識を刷り込まれていて、いまここでその記憶が呼び起こされたような……そんな感覚だった。
「ようこそ、探索者の諸君。我の名は、邪鬼竜。オウガドラゴンと呼ぶがよい」
「邪鬼竜……」
そのドラゴンが名乗った名前を、シクヨロは反芻した。つーか、ふつうに言葉しゃべれるんだ。さすがドラゴン、魔物の中の王様だな、と思った。
「ここは、いったいどこなんだ?」
シクヨロは、邪鬼竜にたずねた。話が通じるならこっちのものだ。まずはとにかく、すこしでも情報がほしい。情報が得られなければ……知ったことか。
「ここは第十三迷宮の最下層のさらに下。地下十四階、といったところか。無論、いままでここに足を踏み入れた探索者など、だれもおらぬ」
「迷宮の地下十四階に、邪鬼竜……。そんなことって……」
その言葉を聞いたマルタンは、信じられないといった感じでかぶりを振った。魔導師として歩んできた短い人生の中で、考えたこともないような事態を目の当たりにして、軽いパニックを起こしているようだ。
「あのう、魔法の護符は……。『マカラカラムの護符』は、あるんですか!」
アイシアは、いきなり核心を突いた質問をぶつけてきた。早い、早いよ駄エルフちゃん! もうちょっとお話をうかがってから……と、シクヨロの口から出かかったが、正直これが吉と出るか凶と出るかは、もはや神のみぞ知るところである。
「それが、そなたらの望むものか。ならば——」
邪鬼竜は全身を震わせ、迷宮すべてに響き渡るような咆哮を上げた。
「我を倒して、手に入れるがよい!」
うわっちゃー、凶だったわ。シクヨロは口元を歪めた。
「正々堂々、勝負するというのだな。いいだろう、邪鬼竜!」
そう言って、ヴェルチが一歩前に出た。彼女は王国魔獣騎士団『薔薇の牙』の魔獣騎士として、幾多の戦場を渡り歩いてきた歴戦の勇士だ。もちろん、巨大で凶暴なモンスターも、自慢の斧槍で数え切れないほど斃してきている。ヴェルチとは、対峙する相手が手強くあればあるほどに「燃える」女であった。
「我が名は、ヴェルチ・ヴェルサーチ! 魔獣騎士道にかけて、キサマを成敗するッ!」
その口上を聞いて、背後にいたシクヨロが思わず軽く吹き出した。
「……おまえのフルネーム、ヴェルチ・ヴェルサーチだったの? へー、知らなかった」
「あのなあ。茶化すなよ、シクヨロ」
振り向いてそう言った、まさにその直後だった。シクヨロの視界から、ヴェルチが消えた。
「ヴェルチ?」
シクヨロにはそのとき、なにが起こったのかわからなかった。だが右の方を向いたとき、ヴェルチが遠くの壁にめりこんでいることに気がついた。邪鬼竜がその長い尻尾を振るって、彼女を壁に叩きつけたのだ。
「そんな……。薔薇の牙の魔獣騎士が一瞬で……」
目の前で起こったあまりの出来事に、マルタンは驚愕した。パワーも、スピードも。これまでのモンスターと比較しても、圧倒的に次元がちがっていた。
「ヴェルチさん!」
アイシアはヴェルチのもとに駆け寄ったが、瀕死の重態であることは明らかだった。
「……ぼくがやる」
「行けるか、マルタン」
「マルタンさん……!」
軍帽をかぶり直し、魔法の杖の装置を手早く再起動させたマルタンは、目を閉じて呪文の詠唱に入った。ヴェルチの有様を目撃した直後だというのに、この十二歳の少年は驚くほど冷静だった。
「…………………………」
レベル四十七の熟練魔導師、マルタン・オセロット。王国でも指折りの実力を持つ彼の核撃魔法を受けて、無事でいられる者などいない。マルタンの周りに、光の粒子が集まってくるのを、シクヨロとアイシアは息を呑んで見守った。
「ふむ。若いのに、なかなか落ち着いているな。だが——」
邪鬼竜は、マルタンが詠唱を終えても平然としていた。
「……食らえっ!」
しかし、核撃魔法が発動しないことに気づき、マルタンはようやく動揺した。
「えっ? ……なんで?」
「自らの魔法力切れに気づいていないとは! 冷静に振舞ってはいたが、偽りであったか」
「ちがう! ぼくは……」
この光景に、不思議と既視感を抱いたマルタン。つぎの瞬間、彼は透明なクリスタルの柱の中に閉じ込められた。相手の自由を奪う「水晶捕縛魔法」である。邪鬼竜にとっては、上級魔法ですらお手の物のようだ。
「レベルは高いが、若さゆえに魔法力の容量が足りぬ。やはり、我が敵ではなかった」
「マルタン……。ちっきしょう!」
シクヨロは、目の前でその動きを止めたマルタンの姿に触れ、怒りをあらわにした。
「さあ、つぎはだれが相手だ? そこのエルフの女剣士か?」
邪鬼竜はそう言うと、牙をガチガチと嚙み鳴らして威嚇した。
「し、シクヨロさんっ!」
「こっちだ、アイシア!」
シクヨロは、アイシアに覆いかぶさるようにして彼女をかばった。邪鬼竜は口を大きく開けると、二人に嚙みつかんとして一気に首を伸ばした。
「んむ? ……んぐぐぐっ」
鋭い牙で、二人を確実に仕留めたと思った邪鬼竜だったが、ギリギリのところで外れていた。その牙は、アイシアが倒れているすぐ横の地面に突き刺さっていたのだ。
「おのれぇ!」
邪鬼竜は、地面から牙を乱暴に引き抜いた。その先端がすこし欠けてしまったが、それは邪鬼竜の攻撃力の低下には、なんの影響も与えなかった。
「なあアイシア、ちょっと聞いてくれ」
「えっ? なんですか、シクヨロさん」
シクヨロは、そばに横たわったままのアイシアに短く耳打ちをした。
「——————————。わかったな?」
「そ、そんなぁ! シクヨロさんは……」
「オレのことは気にするな。じゃあ、頼んだぞ」
シクヨロはゆっくりと立ち上がると、土ぼこりで汚れたダークスーツを手で払った。
「おい、邪鬼竜! つぎは、このオレが相手してやんよ」
「だぁれだ、おまえは!」
帽子に手をかけると、彼は力強くその名前を言い放った。
「オレの名は、迷宮探偵4946だ」
続く




