第三十九話 この扉の向こうにはナニがあるの?
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(三十九)
「ウーム、ヤハリ 尊イ労働ノ 果実ノ味ハ 格別デスネ」
シクヨロの頭の上にとまったイーゴーは、彼らが稼いだ四〇〇GPの紙幣を、なんとムシャムシャと食べてしまったのである。
「ってめえ、食ってんじゃねえよ! あーもう、もったいねえなあ……」
「はー。イーゴーさん、山羊さんみたいですね。お札って美味しいんですか?」
シクヨロやアイシアの言葉もまったく意に介さず、紙幣をむさぼりつくしたイーゴーはふたたび羽ばたきをはじめた。
「サア、ミナサマ。マイリマショウカ」
つぎの瞬間、シクヨロたち探索者パーティーはふたたび迷宮の中にいた。晴れやかな早朝の街角から、湿っぽくて薄暗い迷宮へと急に転移したことで、彼らは軽い眩暈のような感覚を味わった。
「おおっ! オレたち、帰ってきた……のか?」
「そのようだな。どうやらここは、昨日いた『体』の試練の扉の前のようだぞ」
「ソノトオリ デス。オカエリナサイマセ」
シクヨロやヴェルチに応えるように、イーゴーが言った。
「ちょ、ちょっと! ぼくらのカラダを元に戻してくれるんじゃないの?」
「ゴ心配ナク。モウ トックニ モドッテイマスヨ、マルタンサマ」
「えっ?」
マルタンは物陰にダッシュすると、履いているハーフパンツの中をそおっとのぞいた。そして自分の股間を目視と感触でしっかり確認すると、長いため息とともに、これまでに見せたこともないような安堵の表情を浮かべた。
「はあ〜〜〜〜」
「よかったですね、マルタンさん! おちんちんが戻って」
「うん。やっぱりぼくは、男の方がいいや」
「で、アイシアの方は女に戻ったのかよ?」
やはり、元の無精髭のおじさんに戻ったシクヨロが聞いた。
「はいっ! 正真正銘、元のお姉ちゃんになりました! 証拠は見せられませんけど」
アイシアは敬礼するようなポーズとともに、元気よく応えた。
「それで、イーゴー。私たちは、この迷宮のすべての試練を乗り越えたということなんだよな」
ヴェルチの問いに、イーゴーは静かに答える。
「ハイ。ミナサマハ 心・技・体 三ツノ 試練ヲ 完全ニ クリアシタ ハジメテノ 探索者パーティー デス」
「ええっ、私たちがはじめてなんですか? ということは……」
「つまり『マカラカラムの護符』は、まだだれの手にも渡っていないってことだよね!」
イーゴーは、マルタンの言葉にうなずいたような動きを見せたかと思うと、羽根を大きく振るって彼らの背後に回った。気づけばそこには、また新たな扉が出現していた。
「サア、オ手持チノ 鍵ヲ 使ッテ コノ扉ヲ 開ケテ クダサイ」
「この扉の向こうに、マカラカラムの護符があるってのか?」
「ソレヲ 確カメルノハ アナタガタ デス」
シクヨロは、アイシアに向かってうなずいてみせた。彼女は、懐から紋章の入った鍵を取り出した。
「ついに、究極のレアアイテムが手に入るんですね! うー、なんだか私、緊張してきました」
アイシアは高まる気持ちを抑えられないかのように、震える手でその鍵を鍵穴に差し込んだ。そしてゆっくりと時計回りに回すと、カチャリ、と小さな音が鳴った。
「……開きました!」
その声と同時に紋章の鍵は、まるで砂のようにサラサラと崩れ去った。最後の扉を開けたことで、その責務をまっとうしたということか。
「シクヨロさぁん……」
「その扉は、アイシアの手で開けるんだ。落ち着いて、ゆっくりとな」
アイシアはシクヨロの声にうなずくと、扉のノブに手をかけ、慎重に押し開いた。その向こうにあったのは、彼女の予想を超えたものであった。
「これは……階段、です……」
アイシアが見たのは、漆黒の闇の中へと果てしなく下っていく一本の階段だった。
「ミナサマ、私ノ 仕事ハ ココマデ デス」
イーゴーは最後に、別れのあいさつを述べた。シクヨロは、その場でホバリングしているイーゴーの右脚を軽くつまんで、奇妙な握手を交わした。
「ああ。いろいろありがとな、イーゴー」
「イエ、コチラコソ。チナミニ 私ノ 正体ハ、最初ノ 『心』ノ試練ニイタ『ガーゴイル』。アノ石像ノ中ノ 赤イ眼ガ 変化シタノガ 私デス」
「えーっ、そうだったんですか? ぜんぜん気づきませんでした。イーゴーさん、ありがとうございました!」
「そう言えば、妙に言葉遣いが丁寧なところが、あのガーゴイルに似ているな。まあ、世話になった」
アイシアとヴェルチも、シクヨロに続いてタッチを交わす。
「ガーゴイルの中? ……ああ、『ガ(ーゴイ)ル』で、『イーゴー』ってことか。なるほどね」
マルタンはそう言いながら、自分がかつて倒した相手であったガーゴイルのことを思い出し、不思議な気持ちになった。もっとも、イーゴーの方はなんとも思っていないようだが。
「シクヨロサマ、アイシアサマ、ヴェルチサマ、マルタンサマ。ミナサマガ 悲願ヲ 達成サレルコトヲ ココロカラ オイノリ シテイマス。クレグレモ オ気ヲツケテ。ソレデハ!」
そう言ってオウムのイーゴーは、いずこかへと飛び去っていった。
「……あれ? よく考えたら、言うほどお世話になってなくないですか?」
アイシアの言葉に、彼らは黙って顔を見合わせた。
「……なあ。これ、一体どこまで行けばいいんだ?」
先頭を歩くヴェルチが、とうとうこらえきれずに口を開いた。シクヨロたち四人の探索者パーティーは、迷宮の奥へとつづく階段をずっとずっとずぅ〜〜っと、ただひたすらに降りつづけていた。あたりは薄暗く音もなく、単調な一直線の階段を歩いていると、まるでだんだんと五感が麻痺してくるような感覚である。
「さあな。もうかれこれ三十分……いや、一時間以上は歩いてる気がするぜ」
シクヨロは、休憩してタバコの一本でも吹かしたい気分だった。
「おかしくないですか? さっき私たちがいた地下十三階層は、この第十三迷宮の最深部のはずですよね。この階段は、いったいどこへつながっているんでしょう?」
アイシアの疑問に、マルタンが反応した。
「うーん。もうこの迷宮に、そういう常識的なことは通用しないんじゃない? いままでだってさ、なんかなんでもアリってカンジだったじゃん」
「なんでもアリでもなんにもナシでもいいけどよ、とにかく早いとこ着いてほしいぜ。正直、帰りのことを考えると憂鬱になってくるからよ」
「大丈夫ですよ、シクヨロさん! マカラカラムの護符さえ手に入れれば、無尽蔵の魔法の力であっという間に地上に戻れますから」
あくまで楽観的なアイシアに、いつものシクヨロたちならやれやれと思うところであったが、いまはそんな彼女の存在が逆にありがたく感じられていた。
「ん? これは……」
そのとき、ヴェルチがなにかを察したようにつぶやいた。野生の虎が、風に乗った獲物の匂いを嗅ぎ分けるように、彼女は慎重かつ注意深く鼻腔をヒクつかせた。
「なんだ、この匂い? 魔物にしては……いや、いままでに嗅いだことのない匂いだぞ」
「どうした、ヴェルチ。なにかいるのか?」
最後尾のシクヨロが、ヴェルチの異変に気がついた。
「わからない。だが、かなり大きくて異様な気配を感じるんだ。これはいったい——」
ヴェルチは、急に足を止めた。いつの間にか、あたりが暗くなりすぎていて気づかなかったが、ちょうどそこでこの長い階段が終わっていたのである。とうとう彼らは、この迷宮の本当の最深部に到着したのだ。
「シクヨロさんっ!」
「マルタン、頼む。火だ!」
シクヨロが叫んだ。マルタンはすぐさま右手を掲げ、短い呪文を唱える。火球魔法が打ち上がり、まるで即席の照明弾のように周辺を明るく照らした。
シュボッ! パアアアアッ
「なん……だと……?」
「そんな! まさか……」
「うっ、うそでしょ?」
「いや、こいつは確かに」
四人の前に、到底信じられないものが立ちはだかっていた。
それは——ドラゴンだった。
続く




