第三十七話 ラストダンスは超絶デンジャラス?
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(三十七)
午後七時三十一分、回転寿司店「ツカン寿司」。
アイシアとヴェルチの「握り寿司一〇〇皿大食いチャレンジ」は、開始からすでに三十分が経過していた。制限時間は一〇〇分。つまり二人の挑戦は、のこすところあと一時間あまりとなっている。
「んーっ! この蒸し穴子も、ほくほくしてて美味しいですね! 煮詰めの甘さが、絶妙ですぅ」
アイシアは割り箸でつまんだ寿司をひとつひとつ頬張りながら、ネタの感想をいちいち口にしていた。隣の席のヴェルチが、そんな様子を見かねて思わず声をかける。
「……なあアイシア。なにもそこまでひと皿ひと皿、味わって食べなくてもいいんじゃないか?」
「え? なんでですか、ヴェルチさん」
アイシアは、湯飲みのお茶を飲みながら答えた。まったく意に介さない彼女に、すこしあきれたように続けるヴェルチ。
「そんなにのんびり食べてると、制限時間にとても間に合わないぞ? それに、いちいち醤油をつけてたら、飲むお茶の量が増えて腹がふくれるし」
「でも、たしか制限時間って一〇〇分じゃないですか? で、食べなきゃいけないのが一〇〇皿」
「ああ」
「だったら、ようするに一分でひと皿ずつ食べればいいんですよね?」
「いやそりゃまあ、そうなんだけどさあ……」
「それに、こんなに美味しいお寿司を、お醤油なしで食べるのなんてもったいないですよ!」
「しかし……」
「へいお待ち、イカと玉子!」
板前の親父が、アイシアの注文した寿司の皿を直接手渡した。
「わあ! 私、玉子焼きって大好きなんですぅ」
アイシアはそう言って、新しいネタに箸を伸ばした。
「んんーっ! これこれ! 故郷のお母さんの味、思い出しちゃいますぅ」
マイペースすぎるアイシアの食べっぷりを横目に、ヴェルチは肘をつきながらガリをかじった。自分は、もうすでに五十皿以上は平らげている。しかも、まだまだ腹には余裕が感じられた。
(やれやれ。これは、少なくとも私だけは成功しないとな)
ヴェルチは後半戦を戦い抜くために、両手で頬を叩いて気合を入れた。
「よぉーっし! 行くぞ!」
「……ヴェルチさん、このカリフォルニアロールってもう食べました?」
「まだ」もぐもぐ
午後八時二十七分、バニーメイド喫茶「XANADEW」。
嵐のような店内で、時間は瞬く間に過ぎていった。新人バニーメイド・シクヨロの接客は、本人のノリの良さもあり、すっかり板についている。そして、開店当初こそ恥ずかしさと緊張でさんざんだったマルたん(愛称)も、長時間の勤務によってしだいに慣れ、自然な客あしらいができるようにまで成長していた。
「ありがとうございました、ご主人様! いってらっしゃいませ♥」
そんな台詞が、マルタンの口から自然とついて出てくる。際どい衣装を着て他人に媚びへつらう仕事なんて、と思ってたけど——
(ああ……)
(かわいいねってちやほやされるのって……)
(なんだか、ものすっごくキモチいいーー!)
マルタンは、店を出て行く客にニッコニコで手を振りながら、そんなことを感じていた。うん、女の子ってのも、悪くないかも。
「なんだい、楽しそうじゃねえか。ええ? マ・ル・たん♪」
「ヤハリ ソノ格好ガ オ気ニ召シマシタカ マルタンサマ」
そんなマルタンの背後から、シクヨロとイーゴーがからかった。
「……べつに? ぼくはただ、GPのためにやってるだけさ」
振り向いたマルタンは、ふだんのクールな表情に戻って淡々と答えた。シクヨロとイーゴーは、顔を見合わせてニヤニヤと笑ったように見えた。
「お疲れさま、おふたりさん。ちょっといいかしら?」
そんなシクヨロとマルタンに、オーナーのカミィラが声をかけた。
「ラストステージ? オレたちが?」
シクヨロは、店内の一角にあるステージの方を見ながら声を上げた。そこでは、従業員たちが交代で、歌や踊りを披露していたのだ。そういったショー的な要素も、この店の売りのひとつであった。
「ムリムリ! 接客だってはじめてだったのに、ぼくらにステージなんてできるわけないよ!」
「でも、今日この店をいちばん盛り上げてくれたのは、あなたたち二人なんですもの。お客様の期待に応えて、一曲だけ踊ってほしいのよ」
「しかしなあ……ダンスの曲だってほとんど知らねえし」
「舞台には、ほかの従業員もいるわ。見よう見まねで十分だから。お願いよ!」
シクヨロとマルタンは、けっきょくカミィラの要望を聞き入れた。ステージの端っこで、賑やかしていどにしていればいいか、と軽い気持ちだった。一日中続いた労働の疲れで、すこし気持ちがハイになっていたのかもしれない。
「姉さん、報酬弾んでくれよな」
簡単な打ち合わせをすませたあと、シクヨロはマルタンとともに本日のラストステージに上った。たった一日で、すっかり顔が売れてしまった二人は、この店の常連客から熱狂的な拍手とともに迎えられた。
「どうすんの? シクヨロ」
「ん、踊りか? ま、適当」
「だよね」
短い会話を交わしながら、シクヨロとマルタンは観客に向かって手を振った。
「うおーっ! シックヨロさーん! 愛してまーす!」
「マルたん! マルたん! マルたん! マルたん!」
やがてステージに、アップテンポの音楽が流れはじめる。騒然とした一日を締めくくるのに、ちょうどいい軽快な曲だ。店内の熱気が、ぐんぐん高まっていくのがわかる。
「……あら、二人とも、なかなかいい動きしてるじゃない」
舞台袖にいたカミィラは、思わずそうつぶやいた。周囲の動きと曲調に合わせようと、必死でステップを踏むシクヨロとマルタン。外したところもあるにはあったが、二人の物怖じしない思い切りの良さが、それをカバーした。
「やるじゃん」
「そっちこそ」
いつしかシクヨロとマルタンは、自然とステージの中心へと押し出されていた。音楽はサビ、そして終盤へ。付け焼刃なはずの二人のダンスに、満員の店内はもはや一体となっていた。
「シクヨロさーん!」
「マぁルたぁーん!」
曲が終わった、ちょうどそのときだった。
最後のターンのあとに両手を広げた瞬間、激しいダンスに耐えてきたシクヨロのブラウスのボタンが弾け飛んだ。すべてが解放されるように、ノーブラだった豊満なバストトップがあらわになった。
マルタンのほうも勢いよく両手を挙げると同時に、余裕のありすぎたバニースーツが一気にずり下がった。申し訳ていどのささやかなふくらみとピンク色の幼い突起が、ライトに照らされて揺れた。
「ちょ、ウソでしょ?」
「オレ、知ーらねっと」
期せずして、二人のバニーメイドの四つの生おっぱいがご開帳となった、本日のラストステージ。一瞬の沈黙と、直後の狂喜。かくしてXANADEWは、開店以来もっとも大きな絶叫と興奮に包まれたのだった。
「オイオイ マジデ 最高カヨ」
続く




