第三十六話 バニーでメイドなオレたちなのよん
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(三十六)
「うわぁ、見て見て! お姉さんキレーイ!」
「ホントぉ、お化粧したらすごく色っぽいね」
XANADEWの従業員たちに囲まれ、控室でメイクアップを受けるシクヨロ。当然すっぴんの状態であったが、彼女たちには元・男であることはまったく気付かれてはいないようだ。それどころかファンデを塗り、チークをのせてリップを引くだけで、艶っぽさがグッときわ立つイイ女がそこに現れたのである。
「そう? あ・り・が・と」
シクヨロは口元に指を当て、軽い流し目で応えた。この店にはめずらしいオトナの魅力に、悲鳴を上げる従業員たち。
「ねえお姉さん、この衣装も着てみて?」
バニーメイド服を受け取ったシクヨロは、トイレに行って着替えることにした。女性化したというものの、身長や体格は男のままだったので、いちばん大きいサイズでもバストやヒップがかなりキツキツである。また、下着もいま身につけている男性用のものしかないので、これは脱いでしまうしかない。ノーパンノーブラというのは、いささか心もとないが。
「なあこれ、おかしくないかい……かしら? 胸がちょっとキツいんだけど」
着替え終わって、控室へと戻ってきたシクヨロ。従業員たちはその姿を見て、さきほどを上回る歓声で讃えた。
「キャー! ホントにステキー、お姉さん!」
「スタイルも最高よね! マジすっごぉい!」
いままで、見た目でほめられた経験などほとんど覚えがないシクヨロは、生まれてはじめての女装に言いようのない高揚感を味わっていた。
「こりゃあ、女の姿も悪くねえな。いやー、美人でよかった!」
そう独り言をつぶやくシクヨロに、となりの控室からべつの従業員が声をかける。
「ねえねえ、こっちの娘も完成! さ、早く早く」
「やだよぼく、もう……」
彼女がムリヤリに引っ張ってきたのは、おなじくこの喫茶店の制服に着替えさせられたマルタンであった。ドアの前に立っているのは、いつもの魔導師の黒ローブを脱ぎ捨て、可憐なバニースーツに身を包んだ、どこからどう見ても正真正銘の美少女である。だが、こちらのほうはシクヨロとは逆に、胸のあたりがブカブカではあったが。メイド調のブラウスも、Sサイズすら合わなかったようで羽織ってはいない。
「いいじゃんいいじゃん! よく似合ってるぜえマルタン!」
「あーんもう、やめてよぉ!」
耳まで真っ赤になって、手のひらで顔を覆うマルタン。
「熟練魔導師ともあろう者が……。情けないっ」
だがイヤイヤ言ってるわりに、ウサ耳からハイヒールまで完全装備しているところを見ると、案外心の底では気に入っているのかもしれない。
「ていうか、この衣装さあ……。前はエプロンがあるからいいんだけど」
そう言いながら、マルタンはその場で百八十度ターンした。
「後ろこれ、おしり丸見えじゃない?」
マルタンは、網タイツで覆われた後姿を従業員たちにお披露目した。彼女たちから、ヒューっという歓声が上がる。思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、シクヨロはマルタンの肩に手をあてて言った。
「大丈夫だマルタン。そういうのはあんまり気にしねえで、今日一日をぶじに乗り切ろう!」
「うう……」
「さあ、みんな準備はいい? そろそろ開店するわよ!」
手を叩きながら、従業員たちに声をかけるオーナーのカミィラ。彼女はシクヨロとマルタンの姿を見ると、満足そうにウインクした。ふたりはカミィラに、最高にぎこちないウインクを返した。
バニーメイド喫茶「XANADEW」の店内は、営業開始と同時にほとんどの席が埋まってしまった。どうやらここは、ツカンドラの街でも屈指の繁盛店らしい。
客層は、言うまでもなくほぼ男。しかし、なかには女性客の姿もちらほら見受けられる。バニーメイドたちのキュートで華やかな衣装は、この街で広く万人に支持されていると言えそうだ。
「あらぁ、お帰りなさいませ、ご主人さまぁ♥」
あらかじめ、店の女の子たちからかんたんな接客のレクチャーを受けていたシクヨロは、さっそく初仕事としてホールに立った。はち切れんばかりの胸元を、むしろ強調するような姿勢の大胆なお辞儀。さらにとびきりの笑顔をトッピングして、客を座席に迎え入れる。
「ど、ども。お姉さん、し、新人のかたですか?」
その気弱そうな若い男性客は、少々つっかえながらシクヨロにたずねた。だがシクヨロは、彼の視線が自分の胸の谷間に釘付けになっていることを見逃さなかった。
「そうなの。体験入店でね、今日だけって約束でオーナーのカミィラさんに頼まれちゃってぇ」
「あ、そ、そうなんですか。今日だけ……」
「でもぉ、ご主人さまにご贔屓にしていただけるんなら私、このお店に就職しちゃう・か・も?」
そう言いながら、人差し指をその男性客の唇に当てるシクヨロ。そしてその指を、そのまま自分の口元に添えてニコッと微笑んだ。その言葉を聞いたとたん、目の色を変えてメニューにかじりつきはじめた彼に、シクヨロは軽く会釈をしてテーブルを離れた。
「やっべえ、バニーメイドすっげえ楽しいんだが」
迷宮の冒険のことも「体」の試練のこともすっかり忘れ、心の底から女性の姿を満喫しているシクヨロであった。
「ねえお嬢ちゃん、お名前は?」
「あのぅ……マ、マルタンです」
「マルたん? かわいいねえ!」
でっぷりと太った客からからまれ、ではなく声をかけられたマルタン。あまりの恥ずかしさに、手に持ったお盆で身を隠すようにしながら、たどたどしく返事をした。そんな初々しい美少女の姿に、その客はいっそう鼻息が荒くなった。
「で、マルたんはいくつなの?」
「ぼ、ぼくは……十二歳、です」
上目遣いで答えるマルタンに、その男のボルテージは最高潮に登りつめた。
「じゅうに歳! ボクっ娘! ちっぱい! かわいい! マルたん、優勝!」
すると、その声に合わせるかのように、周りにいた男性客たちからも一斉に拍手と歓声が沸き上がった。
「マルたん! マルたん! マルたん! マルたん!」
「マルたん! マルたん! マルたん! マルたん!」
それをそばで見ていた従業員のひとりが、心配そうにカミィラに耳打ちした。
「オーナー、どうします?」
「レフェリーストップ。いますぐ助けなさい。お客どもに食われる前に」
あまりの興奮と熱気に、気を失いかけていたマルタンを、従業員たちが大急ぎで抱きかかえ、控室へと連れ帰った。
「やばいわね。ポテンシャル高すぎだわ、あの子」
もしかして、とんでもない原石を見つけてしまったかもしれない。うすら笑いが抑えられないカミィラであった。
続く




