第三十五話 召しませ、麗しの桃色天然ガール!
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(三十五)
「さ、着いたわ。ここよ」
カミィラはそう言って、その店の前に立った。彼女に誘われるままに、ここまで連れてこられたシクヨロとマルタンは、看板に書かれた英文字を読んだ。
「XANADEW、だって?」
「なにこれ。どういう意味?」
「ようこそ、お二人さん、私の城へ」
いぶかしげな表情を浮かべる二人に、カミィラは自慢のコレクションを披露するかのごとく話しはじめた。
「ここは俗世を忘れ、ひとときの眼福と温もりを味わう幻の桃源郷。甘い果実の雫で心を満たす、夢と理想の趣向喫茶よ」
「なるほど。それで、桃源郷の甘露ってわけね。へへ、こりゃいいや」
「で、この喫茶店のテーマって?」
「それはもちろん、こ・れ・よ!」
そう言いながら、カミィラは店の扉を開けた。そこには、この喫茶店の従業員の女性たちが一列に並び、厳粛なお辞儀と満面の笑顔を持って二人を迎え入れた。
「お帰りなさいませ〜! ご主人さま♥」
「こりゃあ、バニーガール! いや……メイドさんか?」
彼女たちの服装は、酒場のホステスの定番である、いわゆるバニースーツだった。バストや脚線を強調したその際どいラインに、オーナーであるカミィラのこだわりが感じられる。首元には小洒落た紺色のタイ、手首のカフスも艶やかだ。太ももはきめの細かい網タイツで覆われており、お尻にはご丁寧に丸いボンボンがちょこんと付いている。
だがよく見ると、腕の露出は肩口が上品にふくらんだ半袖から。下半身には純白のエプロンを下げ、トレードマークのウサ耳には、メイドの代名詞ともいうべきひらひらフリルのヘッドドレスが付属していた。
「私ね、これまでいろんなカフェやレストランを経営してきて、給仕嬢にどんな服装をさせるのがいちばんステキか、いろいろ研究してきたの。いろんな国を旅したり、書物を読んだりしてね」
「はあ」
「それで行き着いたのが、妖艶で蠱惑さが魅力のバニーガールと、貞淑と奉仕の鑑であるメイドってわけ」
「ほお」
「つまり、女性の美しさを最大限に引き出す服装、それこそすなわち——」
カミィラは、自らが着ていたコートを脱ぎ捨てた。
「バニーメイドなのよ!」
驚いたことに、彼女もほかの店員と同様にバニーメイドの服装をまとっていた。カミィラは、どこからともなくウサ耳のついたヘッドドレスを取り出し、頭に装着した。
「御説は理解したんですけど、カミィラさん」
「オレたち……いや、私たちにどうしろと?」
パリコレのモデルのようにポーズを決める、カミィラの姿に圧倒されつつも、マルタンとシクヨロは必要な疑問をぶつけた。
「じつはこのところ、ちょっとお店の方向性に行き詰まっててね。いまひとつ、刺激が足りないなって。そんなとき、あなたたち二人を見かけて、ビビッとインスピレーションが湧き上がったのよ!」
カミィラは腕を組み、ピンヒールを履いた見事な脚を披露しながら、その場をカツカツと歩き回りはじめた。
「あなたたちって、顔立ちも体型もとっても素晴らしいんだけど、なぜかふつうの女性にはない雰囲気が感じられるのよね。なんと言うかこう、もとから持って生まれた一本芯の通った不思議ななにかが」
(そりゃ、中身は男だからね)
(だまってなって、マルタン)
「ねえ、ぜひうちの店で働いてくれない? ううん、たった一日だっていいの。体験入店って形でかまわないわ。あなたたちが、バニーメイドの衣装を着て接客しているところを見てみたいのよ」
そう言って懇願するカミィラの意思を十分にくみとった上で、シクヨロはマルタンに話しかけた。
「……だってよ。どうする?」
(はあ? 冗談じゃないよ! このぼくがあんな服着て、働けるわけないだろ!)
という目をしてシクヨロをにらみつけるマルタン。まあ、聞くまでもないが。
「なあ、カミィラ。いちおう聞いとくけど、仕事内容と報酬は?」
「営業時間は、午前十一時から夜の九時まで。休憩は一時間。喫茶店の給仕だけだから、もちろんいかがわしいサービスもないし、それほどむずかしいことはないわ。最後まで無事に勤めてくれたら、ひとり一〇〇GPお支払いするわよ」
「一〇〇GPか……。悪くはねえが」
シクヨロは、あごに指を当てながら考えをめぐらせた。念のため、別動隊のアイシアとヴェルチの稼ぎが目標金額に足りなかったときのことも考えておかなければなるまい。
「できれば、ひとり二〇〇にしてくんないかな?」
「えっ、それはちょっと……。相場の倍よ?」
「んじゃ、いいよ。ほかを探すんで。じゃあ」
そう言ってシクヨロは、マルタンとともにあっさり店を出ようとした。想定外の吊り上げに、あわてて二人に駈け寄るカミィラ。
「わかったわよ! 間をとって、一五〇GP。それでいい?」
「決まり! そうこなくっちゃな」
「ちょ、シクヨロ! ぼくは、まだやるって言って……」
「イーゴー!」
「ハイ、シクヨロサマ」
「あっ、はい! やらさせていただきます!」
マルタンは、これまでに一度も見せたことのない素直な返事をした。
一方、こちらの時刻はすでに午後七時ちょうど。回転寿司店「ツカン寿司」の暖簾をくぐったアイシアとヴェルチは、一〇〇分以内に一〇〇皿の握り寿司を平らげるという大食い企画にチャレンジしていた。
板前の親父の掛け声とともに、ヴェルチは目の前のレーンを流れている皿を五、六枚つかみ取ると、素手のままで寿司をつぎつぎと口の中へと放り込んでいく。
「うん、うまいなこれ」ぐァつぐァつぐァつ
そんな彼女(元)とは対照的に、アイシアのほうは落ち着いたものだった。小皿に醤油を静かに注ぎ入れ、割り箸を横にしてゆっくりと上下に割ると、合掌して「いただきます」とつぶやいた。
アイシアは箸先でつまんだマグロに醤油を数滴つけると、最初となる寿司を味わった。
「うーん……。美味っしいです! この中トロ、脂がのってて最高にプリップリですね、大将さん!」
「そうだろ? 兄さん。なんてったって、産地直送の天然モノよ」
握り寿司をひとつひとつ口に運ぶたびに、いちいち感動のリアクションを発するアイシア。とても、制限時間のある大食いチャレンジに挑んでいるようには見えない。
「はあーん、このイクラもプッチプチ! お口の中が幸せですぅ」
そんなアイシアの、あまりにも美味そうな食べっぷりに、周りの客たちも釣られるように注文をはじめた。
「こっち、中トロふた皿ね!」
「ねえイクラとウニ、まだ?」
「あいよーっ!」
アイシアとヴェルチの挑戦は、まだまだはじまったばかりであった。
続く




